COVID-19コロナウイルスと経済毒


ウイルスを殺すことはできない。
なぜなら、ウイルスは生きていないからだ。
ウイルスは生物ではない。

世間をみていると知識人とおぼしき人でも菌とウイルスの区別がついているのかいないのか、ウイルスを除菌などといってるのを聞く。ウイルス対策ソフトのことをウイルスソフトと呼称する人がITの専門家と名乗る程度に不安になる。菌とウイルスはまったくもって別物だ。

私は感染症専門医ではなくただの街の紅茶屋さんでしかないが、学部生だったときバイオハザードが設置されている研究室にいたこともあるので、なんとなくだが、この世間に賑わいというか、誤解というか狂騒の前提とされている知識に偏った部分を見咎めてしまう。

正しく畏れるなんていうが、ウイルスと菌の区別がついているひとのほうが少ないであろう現時点で政治家がとんちんかんな対応をするのもやむないことなんじゃないだろうか。

ウイルスって?

生きているという定義には当てはまらない。
生物と非生物定義の間におちたような、あえて言うなら半生物である。
ウイルスは生物の細胞増殖に相乗りする形で増える。
生きていないので殺すことはできない。
だが分子なので壊したり、不活化させることはできる。

中国語ではウイルスのことを生物毒と書くようだが、まさに毒のようなものだ。
お薬が生き物ではないように、生き物がそれを取り込むことで作用する。

バイキンと混同される。どちらも目に見えないほどものすごく小さいという点では同じだが、大きさのスケールはまったくもって違う。

アニサキスのような寄生虫を数ミリとするなら、カビ(真菌類青カビ)は0.1ミリ、菌(大腸菌)は0.002ミリとまさに目には見えない小ささだ。だが、ウイルス(ノロウイルス)の大きさはさらに小さく0.00003ミリしかない。コロナウイルスは0.0001ミリメートル。ちなみに、スギ花粉は直径28~45マイクロメートルだそうなので0.03ミリはある。

ウイルスがどれくらい小さいかというと、よく喩えられるのだがウイルスは素焼きの植木鉢をどこにもひっかからずに通り抜けるぐらい小さい。水がしみ出る程度の隙間があれば余裕のよっちゃんでおいっす!って顔パスするのだ。マスクは効果ないとか言うのは、ある側面からは当然でN95マスクのような業務医療用マスクのように息苦しさがあるものでも95%程度の補足効果しかない。息ができないと死んてしまうので、そのギリギリのところで確率的にあるていどはひっかかるってぐらいのことを期待するしかない。

菌類や真菌類が出す毒素は人間にとって害をもたらすものだけれども、取り込む時点で数百万単位で増えた状態で体にとりこまないと毒にはならないので、多少腐ったり、カビがすこし生えてる程度なら人体には問題がないことのほうが多い。人間は自身の細胞よりも、大腸内にいる大腸菌の数のほうが多いので、それらをちょっと取り込んだとしても腸内細菌や、人間の免疫システムが頑張ってくれる。

だが、例えばノロウイルスのようなものは最初にわずか数コもあれば発症に充分であったりする。なぜなら、宿主の細胞増殖に伴っていっしょに倍々ゲームで増えるからだ。

ちょっと脱線するが、菌類でも発病に少ない菌数しか必要としない強毒なものもある。病原性大腸菌などは取り込んだ時点がわずか数百程度で発病に充分であると言われてる。つまようじの先ほどに菌をつければ数時間後には数百万に増える。インドのガンジス川に足をつけただけでアウトというのは本当だ。自分は病原性大腸菌O-1で身を持って学習した。うん。脱線。

菌は生き物なのでその菌が体内で増えないようにすれば、大丈夫だ。
万が一体内で毒素を吐き出すような原因菌が増えてしまっても、下痢や嘔吐で吐き出すことで快復する。

だが、ウイルスは生き物ではない。
どうやって増えるかというと、その宿主の細胞といっしょに増えるのだ。
つまり、体内に取り込まれたウイルスが増えないようにするには、その感染してしまった細胞を免疫系が破壊してくれるのをまつか、あー、なんだ、その宿主の細胞そのものが増えないようにするしかない。つまり宿主の死だ。

鳥インフルエンザや豚コレラ(最近は豚熱と呼ぶようになったそうだ。)や口蹄疫などはウイルス性の疾患である。だから、一帯まるごと感染しうる動物ごと殺処分してしまうのだ。ウイルスに感染した動物が、今度はウイルス増殖まきちらし装置になり、ゾンビウイルスよろしく、感染を広げるからだ。

ワクチン

ワクチンは発明である。
それまでの対策は、死病が出たら村ごと焼くというものであった。

もしコロナウイルスで騒いでおきながら、麻しんや風疹の混合ワクチンや、子宮頸がんなどのワクチンを打っていないひとがいたらまず行け。

インフルエンザワクチンを打っても効かない、あんなのは意味がないという人がいる。またワクチンが後遺症をおこしうるものなので危ないという人もいる。

だが、前述でウイルスの特性を説明したとおり、ウイルスが体内で増えてしまうと、あとは免疫系ががんばってウイルス細胞を破壊しつくせというぐらいしか方法がないのである。しかも、感染してウイルス増幅装置と化した個体は、他の個体にウイルスを伝播させるための中継装置となる。人間の場合は感染個体をゾンビのように殺処分するわけにはいかないので、できることは快復を望み隔離するぐらいしかない。

そもそも、ワクチンの有用性は、ウイルスを拾っても免疫系が効率よく仕事をしてくれるようになるので、重篤化しないという点で有用なのだ。免疫が仕事をすれば、他人にも感染させずに済む。
逆の言い方をすると、ウイルスの感染脅威を知りながら無策であることは、合併症、後遺症どんとこい!人にも染してやるぜ宣言だ。受験生が居る家庭のインフルエンザ持ちのようなものだ。

だが、世の中にはそもそもワクチンがないものも多くある。
今回の新型コロナウイルスCOVID-19だけでなく、中国を中心に猛威を奮っているまだなんの類似属だかもわかってねぇアフリカ豚コレラなどだ。

こういう誰も免疫をもっていないウイルスに感染すると非常に致死率が高い。エボラ出血熱や、たとえばまだ出現はしていないがヒトヒト感染型の鳥インフルエンザなどが発生した場合は、もしかしたらいくつかの文明が終焉をむかえることになるだろう。

新型コロナウイルスはヒトヒト感染をして、感染力が非常に高いものであるが、死亡率は1~2%程度である。MERSやSARSと比べると致死率が格段に低く、無症状の人もおおいため感染者数は増えたが、まあやがて抗体を獲得する人間があらわれてワクチンとかもつくられるかもしれない。

ウイルス兵器説

あほらしい陰謀論だ。
学生時代、医学部の子が「現代医学を学んでても風邪の原因が何かもわからないんだ」と言っていたのを思い出す。
咳が出る風邪のうち何%かはコロナウイルスかもしれんが、そもそも我々はそれがなんだかはわかっていないのだ。死亡している人は多くいるが、現代の医学水準では肺炎と記される程度である。

武漢にBSL5の研究施設があり、そこから秘密裏に開発していたウイルスが漏れたんじゃないかなどの話しがあったが、そもそも、高いBSLの研究施設がなければその原因ウイルスを単離することも同定することもできやしない。なんだかわからないけど達の悪い咳や肺炎が今年は流行ってるねで終わっていた可能性は高い。

日本でも数年前から変な咳をする人が多く、また去年の暮れぐらいにもまだ20代なのに肺炎で入院したとかいう話しも聞いた。だが日本には高BSLの施設は数カ所しか無く、たとえそのような肺炎が流行っていたとしても、それらの未知の病理ウイルスを特定できる可能性はとても低い。お金も人もわりふってないんだからできるわけがねぇ。

そもそもヒトヒト感染が始まり感染母体が数万を超すならば自然界(人間界)で合成される変異率のほうが高いのではないか。ウイルスをデザインして合成してばら撒いても、市中に広がればデザイン通りに広がりはしない。

要人やその周辺を暗殺する致死率の高いウイルスであればまだわからなくもないが、今回のように市井までパンデミックするウイルスだと制御はできまい。

ウイルスは感染を繰り返し変異の過程で宿主と共生できるように弱毒化、無害化する。
そもそもウイルスをコントロールできるなら、ワクチンも抗ウイルス薬も作られてる毎年インフルエンザでこんなに感染者でてない。

まあ、可能性として、中国で急速に進む高齢化をなんとかするぜぐらいの選民テロであれば、抗体獲得できない老人から殺していく恐ろしいウイルス兵器という可能性は排除できなくもなくはないけど、まあ、なんだ杞憂。

マスク

言われてる通りじゃないの。手を顔に触れないようにするぐらいの効果はあるし、口腔域の湿度高くするとかぐらいの効果はあるよ。電車にのるならどうせなら手袋でもしたら?

不潔ルート、清潔ルート

最近コロナウイルス関連のニュースを聞くと、さもありなん。というか、むべかるかなを連呼する病になてしまった。なるべくしてなってるとしかいいようもない。

不潔ルート、清潔ルートが紐でわけられてるだけじゃねぇかって盛大なつっこみがあったが、私が気になったのはその床の絨毯だ。

病院や学校の床がリノリウムなのにはそれなりに意味がある。
ウイルス吐き出し装置と化した人間が吐き出すウイルスは床とかに貯まるわけだけど、そこが絨毯だと長く溜まったうえに、歩くたびに静電気とかで巻き上がるわけですよ。

通常のコロナウイルスはアルコールや熱とかで不活化できるみたいだけど、自然界の場合は8日程度は感染力を持っているらしいので、不潔ルートを通るたびにそこにウイルスが溜まり続けて巻き上がる。

絨毯に香料でも撒いて、匂いがその一帯からいつしなくなるか考えればいい。その匂いが広がる範囲が匂いの分子が巻き上がってる範囲だ。匂いが消えるまでがその分子が壊れていない時間だ。

せめてひっこし業者のように養生するだけで、結果はだいぶかわるのにと思う。

絨毯とかはアルコールとか酸やアルカリで清拭できないから不活化されないウイルスがいつまでも貯まる。 ウイルスは生き物じゃないから、紫外線とか酸やらなんやらで壊すか壊れるのを待つかしないとだめだけど、まあ絨毯ひいてるうちは無理だよね。むべかるかな。

経済

実は、新型コロナウイルスはそのうち風物詩になるでしょぐらいで心配してないんだけど、経済がやばい。関節被害のほうがよほど死人が出る。

台風被害、消費税増税でリーマンショック級の気配がでてるところ(何でも戦後3~4番目に悪い数字だそうだよ)ここに、新型コロナウイルスが来たので、多分数字としてはリーマン級になる。
これは日本で上場企業が30社潰れる程度。

2002年の3、4ヶ月で封じ込めに成功したSARSの経済被害が3兆4,000億円の経済被害だそうなので、中国は当時のGDPから7.8倍になってるので、26兆5200億ぐらいの被害にはなるのかなと。

それで、忘れられてるけど、普通の豚コレラじゃなくて、まだなんだかよくわかっていないアフリカ豚コレラが中国でアウトブレイクしてるんじゃないかという話しがあって、この検疫をミスると日本の養豚産業も終わる。

東京オリンピックでそもそも経済被害が予想されてたところに、これがおっかぶさったので、結構、深刻。

参考

www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/9303-coronavirus.html

『続・人類と感染症の歴史』の第9章「SARSとMERS」を公開します。
www.maruzen-publishing.co.jp/smp/info/?action=detail&news_no=19784


二酸化炭素と地球温暖化2020


おけおめ!

地球温暖化は無知や疑似科学に政治とかが絡みついて毎度変なことになるね。
科学は常時アップデートしてるんだけど、義務教育のときにインストールした知識のままアップデートされてない人が多く問題を複雑化させている。

また偏った情報が発信されていることもあって、多く人々が正常な判断をできない分野として確固たる地位を確立してきている。心配。

地球温暖化は信仰に近い存在になりつつあり、少しでも教義と違う示唆や別軸からの考えをぶっこむと攻撃でも受けたかのように反撃される。だからといって放置するのもなんなので2007年のIPCCレポの頃に某増田掲示板で書いたツリーをちょいと書き直した。当時と比べ温暖化なのか寒冷化なのかの議論は既に決着してると思うので気候変動に的をしぼる。

気候変動

┌→しているよ─┬→人類の活動が原因だよ─┬→二酸化炭素を削減しないとだめだよ
│ │ │ ├→火力発電を改善しよう
│ │ │ │ ├→セクシーに高効率化すすめるよ
│ │ │ │ └→カーボンキャプチャー頑張ろ
│ │ │ ├→風力、太陽光、水力発電を推し進めるよ
│ │ │ │ └→環境への負荷も心配だね
│ │ │ └→原子力発電を増やすよ
│ │ │ └→日本人への強烈なトラウマ
│ │ ├→温室効果ガスに気候変動をおこすほどの能力はないよ
│ │ │ └→地表付近だけ気温が上昇してるよね
│ │ ├→二酸化炭素削減ぐらいしか人類にできないよ
│ │ │ ├→排出権取引などをするべきだよ
│ │ │ │ └→削減しても影響は数十年後だよ
│ │ │ └→排出量はエネルギー効率のものさしだよ
│ │ ├→森林伐採など自然破壊が原因だよ
│ │ │ ├→焼き畑は逆に二酸化炭素吸収量増えるよ
│ │ │ └→砂漠化の原因になるよ
│ │ │ └→温暖化なら緑が増えるよ
│ │ ├→都市化による吸熱、排熱が影響してるよ
│ │ │ └→アスファルトやエアコンだよ
│ │ │ └→都市化の影響は10年で0.006℃だってよ
│ │ └→雲が太陽光を反射したり熱放射を防ぐよ
│ │ ├→排ガスのNOxが地表近くに雲をつくるよ
│ │ ├→電離層や水蒸気に電波があたるせいだよ
│ │ └→飛行機のコロイドが上空に雲を作るんだ
│ ├→太陽の活動が原因だよ
│ │ └→太陽の黒点とかの活動周期のせいだよ
│ ├→地球の活動が原因だよ
│ │ ├→約25,800年周期の地球の歳差運動だよ
│ │ ├→磁極は結構激しく移動するからだよ
│ │ └→地磁気が弱まると宇宙線が上空に雲をつくるよ
│ │ └→ポールシフト!破局噴火!俺はくわしいんだ・・・
│ │ └→ 話しは聞かせてもらった、人類は滅亡する!
│ ├→北極振動などの偏西風ジェット気流の変化が原因だよ
│ └→海流の変化が原因だよ
│ ├→海洋大循環が止まったことは地球史では何度もあったよ
│ ├→海水温の変化の結果、放出される二酸化炭素が増えてるんだよ
│ └→気候はもともとが安定的なものじゃないよ

└→してないよ─┬→してるとしてもいつものことだよ評価の時間軸次第じゃない?

└→気温の観測方法、算術平均の評価がおかしいだけだよ
└→観測結果は都市化の影響をうけてるよ
└→地球規模の気象観測が始まったのはたかだか数十年前だよ

気候変動に対する個人的意見

私はどちらかと言えばナチュラリストだし、たぶんエコ派。ずぼらともいう・・・。

気候変動については、評価軸にだいたい時間と気温の2軸が使われる。
そのため観測場所は固定であったり、均すため算術平均がつかわれたりするが、熊谷の最高気温問題に見るように、観測場所の問題はついてまわるし、その他の条件や時間粒度の取扱がいい加減なことだ。

気温は昼と夜で変化する。四季を通じても変化するが、その気温の変化を均して平均化してしまったり、最高気温や最低気温だけを比べたりする。
年で追うのか、数十年単位で評価するのか、世紀で評価するのか、千年単位、万年単位、億年単位で評価するのかで異なる結論になるはずだが、数万年前の古気象でさえ、現在の気温観測のスケールで評価されて気候変動だと騒いでいる。その図、時間ログスケールだからな・・・?

近代的な気象観測が始まったのは、わずか150年程前で、高度気温観測や衛星を使っての全球的な気象観測ができるようになったのはわずか70年ほど前にすぎない。

杉並区議の小林ゆみさんが、

このツイートが少し炎上気味にバズっていた。条件反射的に否定する人たちがことの外多いことに少し不安を覚えるが、ここ数十年の、長くみても140年しかない近代気象観測の細密データと氷床コアや湖底泥からの類推できる粒度のデータを同じスケールに並べて作図したデータをぶつけるのは筋悪でしかない。

この100年で飛行機が飛び、自動車が普及し、道路は舗装され、道路上下水が完備され、下水にはお湯が流れる。屋内を暖かく、または涼しくするために、そのエネルギーは屋外に放出されるようになった。
気圧、湿度、大気組成が異なるものを温度という一軸のみで時間で丸めて評価する。乱暴だなと思うし、対数表をみてもわからない人は、急激なグラフの伸びをみて怖い!となるのもわからなくもないけどただ単に煽られてるなと思う。恐怖の存在というよりはファクトフルネス。

二酸化炭素については、暖めた炭酸コーラに二酸化炭素ガスが溶けていられないように、温まった海水からは溶存していたガスが抜ける。気温と相関はあるが因果ではないんじゃないかと思ってる。
また、温暖化が進むと砂漠化が進むと考えられているが、実際は多雨化し植物の育成に適した条件になるので実際は逆の減少が起きる。植物は二酸化炭素を吸収して酸素を吐き出すことで光合成をおこなう。植物は成長のためにはもっと濃い二酸化炭素が必要だ。グリーンハウスエフェクトというが、文字通り温室栽培においてオランダなどでは二酸化炭素を農家に販売するビジネスがあるほどだ。

気候が安定的なものであるとする前提は完全なる誤りだ。
気温が安定的であったことなどほんのこの数十年ですらないことで人類史でも比較的珍しいことだと思う。

数百年

世界最古の気象観測の継続的データは、実は日本で見ることができる。
長野県諏訪湖の御神渡り(湖面が氷結することで、湖面が割れ神様が通った道のようになる)の観測データだ。


諏訪湖の御神渡り 米山啓一

1440年頃から、律儀に記録された御神渡りの記録は、その当時の最低気温を類推することができる貴重なデータだ。1400年頃は今よりも寒く、1900年は暖かな時代であったことがわかる。
その他、和歌や日記など、24節季と梅の花などの開花時期などからも当時の気温は予測できる。平安時代などの十二単衣を着て着ぶくれしていた頃は今よりももっと寒かったであろうと考えられている。

数千年

湖底に沈んだドロに含まれる花粉や、氷床コアなどに含まれる大気組成、発掘された土器に含まれる植物オパールなどからその当時の気候が推測される。今では年単位で特定が進むようになってきたそうだ。

1万数千年続いた縄文時代。この時間スケールでみると氷河期と縄文大海進が進んだ時期を含み、気温変化が激しかったことがわかる。縄文海進の頃は今より海水面が7メートル高かったし、逆に、100メートルほど海水面が下がった時期もあった。

そんな縄文時代の1万年でさえ、古気候の分野で言うと比較的安定的な気候であったことが知られている。
それより前の1万~12万年前は、わずか50年ぐらいで年の平均気温が10度ぐらい変わる短周期気候変動(ダンスガード・オシュガーサイクル)などもあった。そんな時ですら人類は生息していたのだ。


佐藤 宏之「日本列島の人類文化の起源」ー高校生のための東京大学オープンキャンパス2017 模擬講義

原生人類がこの数万年で農耕ができるようになったのは単に気候が安定したからだとも言える。

数万年

鬼界や十和田、阿蘇のように10万年に一度ぐらい、地球は破局的な噴火を繰り返す。噴煙が地球全体を覆い数年間の急激な気温低下が発生し、地上に生物の大量絶滅をもたらす。7万年前のトバカタストロフィのときは人類もほとんど絶滅しかけた。

地球は万年単位のスケールでみれば激しく活動しているのだ。
地球の地軸はコマの軸がゆれるように25,000年周期で動いている。北極の軸が変わるのだから、当然今の気候とは変わる。エジプトでピラミッドを作っていたり、メソポタミアやインダス文明が栄えた頃、その地域は温暖で緑が豊富な地域だった。青森の三内丸山遺跡で栗を育てられたのは、地球全体ただ単に温暖だったからではない。

数十万年、数百万年、億年

数十万年単位にまで広げると、数十万年サイクルで訪れる地磁気の低下による本格的氷河期の到来を考えなければならない。また地球にエネルギーを降り注ぐ唯一の存在である太陽活動のきまぐれに遭遇する確率が高くなってくる。億年単位になると地球に天文学的単位の偶然による他の天体の衝突や、他の系外からの宇宙性放射バーストなどの影響が確率的に考えなくてはいけなくなってくる。
ジャニベコフ効果のように、地球がくるっとポールシフトしてしまう事だって、まあ無いこともないだろう。そんときはそんときだ。こんな感じで地球がくるっと回るんだろうな。

恐怖の存在

ジュラシックパークや、ER緊急救命室を書いたSF作家、マイケル・クライトンが書いた2004年の小説『恐怖の存在』は、疑似科学に政治が絡んだエコテロリズムの存在を描いており、まさに今現在地球的な政治的ムーブメントを描写している。

今年は、二酸化炭素をからめて、ちょいとスマートアグリやらなにやらをやろうと思っています。
興味ある人いたら声かけてね。

その他、参考

anond.hatelabo.jp/20071021175310

氷河期から未来まで …「湖底の泥」で気候変動の謎を解き明かせ!
gendai.ismedia.jp/articles/-/66089



アートと表現の不自由


10月22日は「即位礼正殿の儀」が行われた。令和。
「昭和天皇の即位のときの飾りは兄弟で担当して袖のボタンはわしがつくった」と、戦前金細工だった爺様が言っておったけれども、なにぶん子供のときにきいた爺さまの話しなのでその真実も今では知る由もない。袖のボタンってことは洋装だろうし、御列の儀かな?

先日閉幕した愛知トリエンナーレでは、その昭和天皇の写真と背中に和彫入れ墨を入れた尻出してるヌード写真とコラージュし、異国語のような民謡にのせてバーナーで燃やし、それを足で踏みつけて灰をにじるという映像作品の一部がネットで拡散して大炎上した。

全編を見もせずに批判するなという意見があり、20分ほどの全編がyoutubeでも公開されているというので、どれどれと思って見てみたら、断片で見たときよりもことさらにひどく、こりゃ良い子や年寄りにはみせられねぇや・・・と思った。

表現の不自由がテーマで、図録が焼却処分されたことなどエクスキューズされていたが屁理屈にもならない。

自由という権利の行使には結果が伴うし、その自由の行使の責任からも自由になるわけではない。中には憲法21条を持ち出して「表現の自由」を叫ぶ意見もあるが、ならばイの1番、憲法1条1項をなぜ読み飛ばすのだろうか。

「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」とある。「俺はみとめねぇ!!」と反体制精神を見せるのもいいが、国と国民を全方位にまとめて腐さしたらそりゃ少なからず誰かが怒ったり悲しんだりするのは当たり前ではないか?

他人の譲れない部分の信義や信条を攻撃したのなら反撃をうける。私はあなたのことが嫌いですと言って、でも、それを伝えた相手の意見は聞くつもりもない。「私は傷ついた。」という感想を持つ人に、法では禁じられていないとか、これは表現の自由だといふことに意味あるか?

世の中には色々な考えを持つ人がいるし信義信条を異にする人もいる。極端なことを言えばソシオパス、反社会性パーソナリティ障害の人もいる。すべての人の価値観、意見や感想が一致することなどはありえない。神奈川のやまゆり園障害者施設殺傷事件の犯人は、もっと社会的賛同が得られるものだと持論を皆述したように猟奇殺人犯や大量殺人犯でさえも彼らなりの言い分はある。

例えば共産主義や社会主義のように貧富の差や身分差のすべてを無くしたいという政治的思想を持つひとにとって、天皇皇室は認めがたいものであろうし、他宗教を熱心に信望するものにとっても、無意識的忌避の対象となりうるだろう。

心情を言ったり伝えたりすることは自由だ。行動に移せば責任を問われる。それだけだ。
表現の自由はある。
正直、これらの表現の不自由展で展示された作品をいくらつくろうが、わたしは問題はないと思っている。他人に迷惑をかけない範囲で好きにやればよろしい。あぁ、そういう主張をもった人達の作品なのねと思うぐらいだ。今回の作品群のなかで言えばChim↑Pomの作品は被災地の若者たちの心の叫びを演出なしで捉えたのだとしたら、なかなかに捉えがたい一瞬を捉えたものだと思う。岡本太郎の明日への神話へのいたずらは、褒めることはできないが、あのタイミングであれをやれたことは評価している。

だが、一作家が物議を醸す作品を表現したところで、今回のように誰も彼もこんなにヘイトを稼いだりはしなかっただろう。

裏切られたパブリックトラスト

いかんだろうと思うのは、今回は意図を持って作品を選択し、集め、できるだけ多くの人に見せようと努力をし実行した主体に公が絡んでいたことに大きな原因がある。

トヨタのような日本有数の大企業や、地方自治体行政、県政、はたまた国が公金をぶっこんで、このようなアレンジをしたらそりゃ、ものすごいヘイトが集まる。

テレビなどの報道では平和の少女像(aka 慰安婦像)が騒動の原因として、名古屋市河村たかし市長の座り込みも「日本国民に問う!陛下への侮辱を許すのか!」と書かれたプラカードは映さない徹底ぶりだそうだが、そりゃそうだ。皇室がらみとなれば多く年寄りにはいまだ単なる敬慕の念以上のものを持つ人達も少なくない。国内放送法の放送コードに耐えれても、老人ばかりが見るテレビで年寄りの心臓が耐えられないだろう。

教義が異なれば、異教徒の首を切って衆目に晒す主張を正義とすることもあるし、略奪して持ってきた死体を博物館に並べたり、積んだ骨を模様に並び替えて入場料をとったりする。市中引き回しのうえ打首獄門とか、河原にさらし首とか、広場に集まってみんなでギロチンを見るために集まるとか、奴隷を競技場で死ぬまで戦わせるとか、相手の生首を互いのバスケット状のリングに入れる試合とか・・・あげればきりがないほど、国や時代が変わればいまでは信じられないようなことも実際におこなわれてきた。

大英博物館にいけば他国から略奪してきたミイラが並んでいる。これはいうなれば死体展示である。教会の屋内で何気なく足元をみると、そこは墓石の上だったりする。あちらでは寄付金を多く積むといいところに埋めてもらえる。壁にミイラ状態で置いてある人さえ居る。ヨーロッパのあちらこちらでは骸骨堂を見ることができるだろう。模様状に並べられた頭蓋骨、お花模様に並べた大腿骨や肩甲骨。綺麗でしょと言わんばかりの観光スポットだ。

現代から見れば信じられないが、当時の人たちはありえるものだと思っていることは多くある。
これが保っているのは文化というコードだ。
文化というコードを揃えるために、宗教がもたらした影響は大きい。
神道の場合は道徳形成というよりは、古神道が担ってきた役割を考えると農芸化学や建築などの技能伝播と評するのが近いような気がするが、それでも、広域の現代日本人の社会風習に通底するところに神社などの文化風習が根付いている。その神社の祭司のトップが天皇であることも間違いないなくて、検証委員会で自分はキリスト教徒で天皇にまつわる作品を作ったと言う作者(小泉明郎氏 空気#1)もいたけど、宗教を掲げて宗教をディスるって危うさしかないよね。

補助金

公金が手続きなしに止められたのは表現の自由に反するだの、補助金適正化法だの住民監査請求からの議会で追求していくべきだの賛否両方から揉めている。

だけど、商店街の活動費を得るために2/3助成5万円とか10万円の補助金で、申請書かいて、予算案つくって、計画書提出して、審査会でプレゼンして、結果報告書書いて、実績報告会で報告して、領収書とか様式整えて、交付の通知を得るまで一年かけたりしてるのを実務として長年担当していると、俺のこの時間別のことで働かせてくれぇぁしあああ!!と思う。企画の内容が実施されなかったら、補助金なんかもらえないし、なんか事務的にしくじれば、返えせ!とか言われることも実際聞く。

別の町会が年寄りばかりになってしまって、街路灯を維持できなくなったので辞めたいと自治体に相談したら、街路灯を作るときに出した補助金を返すことなるぞとか脅されてひーひー言いながら維持したりしているなんて話しも聞く。引くも地獄進むも地獄。
なのに予算総額12億のイベントのほうがこんないい加減なんだなと思うとやるせない。美術館をつくるっていう仕事に噛んでみたくて、いっちょがみして少し見聞きしてみたんだけど、学芸員さんとかの経済的にひーひー言ってる世界を垣間見るに、なんとも陰鬱とした気持ちになる。なんなんだねこれは。

他国の政府の影響力工作や、特定の政治的主義主張のため、他の宗教からの他の宗教への特定方向へのディスリスペクト。これをアートという文脈に乗っけて公金で運営するって、そりゃヘイト集めるわ。

俗習、文化という暗黙的な不文律の中で我々は生活をしている。
そんなことはやらないほうがいいよと、法令や条令で行動を予め明文化しなければいけない社会など歓迎したくない。

アートには奇抜さや過激さだけではなく、熟達した技芸を競うことも忘れないでほしい。今日の儀をみて細部まで凝らされた服飾や高御座などに使われている色の発色などの技の極みをみて、つくづくそう感じた。

参考

憲法1条1項は「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」
憲法21条1項は「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」

あいトリ「燃やされた天皇の肖像」「放射能最高!」を批判するなら知っておきたいこと | 文春オンライン
bunshun.jp/articles/-/14837

「表現の不自由展」中止問題 検証委や出展作家らがフォーラムを開催(2019年9月21日)
www.youtube.com/watch?time_continue=2141&v=-p14VEv11T0