生姜紅茶もあるんだから、わさび紅茶もあってもいいだろって、少しだけチューブわさびいれて、うぇーええ゛ぇ苦ぇぇえってなった経験、みなさんもありますよね?
「わさびの日本史」という、栽培起源とかを遺伝的系統関係と、文献的検証、がしがしフィールドワークをされていてとても面白い本がある。岐阜大の応用生物科学山根 京子先生の本。
わさびの近縁の仲間(大陸のわさび属植物)は大陸にも自生しているが、日本のようなつーーんとなるような辛味成分を持つものではないそうだ(大陸わさびを食べたことがないので、正確な表現がこれでいいかはわからん)。
わさびは流通する野菜の中では珍しい、日本で栽培が始まった日本原生の在来植物だ。では、わさびの原生地はどこか?いつからわさびが栽培されているのかが謎となる。
現在、日本で栽培されているわさびは、主に3系統で「真妻、だるま系、島根3号」
ちなみにだが、出来合いのお寿司や、わさび風味とか、粉わさびとかでつかわれているものは、「わさび」ではなく、ホースラディッシュ(西洋わさび)で、そもそもわさびではない。種どころか属から違う。遺伝的には一千万年程度前にわかれたグループ。イギリスとかのスーパマーケットでは大根枠で「ホースラディッシュ」が売られているが、これはたぶん・・・違うやつ。たぶん。
科 : アブラナ科 Brassicaceae
属 : セイヨウワサビ属 Armoracia
種 : セイヨウワサビ A. rusticana
科 : アブラナ科 Brassicaceae
属 : ワサビ属 Eutrema
種 : ワサビ E. japonicum
三鷹の大沢と言われる地域では栽培起源が謎い上記3系統から外れる「わさび」が江戸時代ごろから栽培されていて、それが一体どこから来たのか、その謎を解き明かすみたいな研究と復活のフィールドワークがされていて、たまに先生が三鷹にこられて公演するのを楽しみに聞いている。まあそれはそれで面白いんだけど、これはこれで本一冊以上になるので、今回はそこからは離れて味覚、特に苦みの話。ここ数回このブログで書いている味覚と遺伝子、紅茶とコーヒーの話しにつなげる。
ここまでなげぇ枕話。ようやく本題。
赤ちゃんや子供は苦みの感受性が豊かだ。
ハーブティーを飲んで「にがい」と言った子供が居たが、その親御さんや周りの大人たちはその苦みがほとんどわからなかった。多分、ごく少量入ったタイムとかの苦みを感じ取ったのだと思う。
子供は大人にはわからないほどの苦みを感じることができる。
苦みの感受性は、こんな風に年齢でもかわるが、昨今の研究により遺伝子レベルで違いがあることがわかってきている。
ブロッコリーやクレソンなど、ある種のアブラナ科の持つ「苦み」を感知できる遺伝子グループとできないグループがある。
苦みを感じることができるための遺伝子「TAS2R38」と名付けられたそれには、PAV型(高感受性型)のAVI型(低感受性型)があり、”日本では”99.2%ぐらいが三つの遺伝子型 AVI/AVI(18%), AVI/PAV(47%), PAV/PAV(34%)に分類される。
日本でおこなわれた2000人規模を対象とした調査研究では、これらの遺伝子と食べ物や飲み物の嗜好の接触頻度やBMIには違いがみられなかったそうだが、アルコール摂取頻度のみにAVI/AVI型では有意に変化があったそうな。(データを見るとそこまで劇的にというほどでもなかった。)
ちなみに苦みに、低感受性型のAVI/AVI型は消化器がん患者が多いそう(18K18442 研究成果報告書)だが、まあ、これもそこまででもってぐらいの差かな。もしかしたら将来的にはここらへんについても研究がすすんで新しい発見があるかもしれないが、まあ、今はそういう気配があるなぐらいだけ。
この研究では「お茶・紅茶・コーヒー等の嗜好飲料接種頻度」で括られていたが、紅茶屋としては茶葉で紅茶を常飲する層と、したことがない層で、この苦み受容体を調査したらもしかしたらかなりの統計的有意差が拾えるかもねって思った。
「日本では」と注釈したのには、日本には0.8%しかいないマイナーアレルグループが、他のエリアでみると、アフリカ人で28.1%、白人で10.2%、中央アジア人で0.4%の確率で出現するからだ。これで海外で日本人が飯に困ったらインド人街か、中華街に行けと言われる謎も解けるかもしれない。
出現頻度が0.3%ぐらいになると確率分布的にはほぼ±3σの例外値とみなせるが、1割ともなるとそれを例外と扱うには大きすぎる。
苦みに対する感受性で、高感度側のはずれ値、低感度側のはずれ値が社会集団にどれだけ存在しているかは、その文化圏を象るのに重要な要素となる。
漫画には海原雄山だの薙切えりなみたいな神の舌設定の漫画、料理が爆発したり、暗黒物質を作り出してしまうようなバカ舌設定があるが珍しいからキャラ付けできるのであって、10人に1人ぐらいの特徴だと血液型のAB型ぐらい(日本では人口の10%)の珍しさでしかない。ちなみに日本人のRh血液型0.5%だが、これが白人になると頻度15%となる。なんか似たような枠。
さて、血液型の話題も出たらからちょうどいい。
ちょっと遺伝の初歩の振り返り。
両親からA+Aか、A+Oを遺伝していたらA型みたいなんは義務教育で習うと思う。
O+Oの時だけO型になるみたいなの。(習うよね?)
顕性遺伝、潜性遺伝(昔は優性遺伝、劣性遺伝と記述されていたが、優勢と劣勢の字面から意味を取り間違う人の言葉狩りにあい今は顕性と潜性と書くようになっている。)
苦み受容体のPAV型、AVI型も似たような感じで、両親からどちらが遺伝されるかでAVI/AVI、AVI/PAV、PAV/PAVに分かれるわけだ。
もしかしたら「野菜苦い!キライ」なあの子は苦みにごく敏感なPAV/PAV型なだけかもしれないし、「健康にいいから残さず食べなさい!苦くないでしょう甘いじゃない!」っておっつけてる先生はAVI/AVI型でとくに苦みを感じにくい体質なだけかもしれない。
腐敗などによるアルカリ化や自然毒の特徴としても多い苦みやえぐ味。苦みを感知できたほうが生存戦略上優位な環境や時代もある。アブラナ科やらウリ科などの栽培植物が優勢になれば、苦みなどは感知できないほうが生存戦略上優位になる時期もあろう。これが均質的なものになってしまうと、環境変化で一蓮托生に滅んでしまうので遺伝子の多様性が大切なのだ。
フードロス対策でクラフトビール製造時に出る廃棄ホップをなんとか料理に再利用できないかという、挑戦料理を食べたことがある。ひとくち、あまりの苦さに全身の毛穴がぶわわわぁと開いた。最初にビールにホップを入れるようになったのはなぜか? リカちゃん人形の靴が、子どもが飲み込まないよう異様に苦いが、もしかしたらビールの苦みも、子供や動物や菌に食われないようにとそういう工夫が始まりなのかもしれない。
ある遺伝グループにはとても苦くて口にできたものではないが、こちらのグループにとってはぎりぎり大丈夫なラインを攻めれば食料は奪われにくくなる。腐敗には敏感な肉食草原遊牧文化と定住栽培文化の衝突時には非常に重要な要素になるだろう。アブラナ科の遺伝的分岐と栽培起源あたりが興味深そうだ。
苦み、甘み、うま味は共益型受容体のため、知覚に個人差が出やすい(と予測する)。ニホンわさびがその進化の過程で鹿に食われないように辛味を獲得したのと同じように、人間も分岐したのだろう。
苦み受容体をコードする遺伝子(TAS2R)はヒトだけでなく、サルやチンパンジー、はたまたイヌやウシでも持っている。他の遺伝子と比較して、高い種間差異や種内多様性を持っているそうだ。まあ、わさびのように、少し海を隔てただけで保有成分が違うから動物側も適応しないとだめだもんね。
特に日本人はその進化適応の過程で海藻類も栄養素として消化酵素を持つに至った。
そりゃ、わさびの辛味の前駆体である多糖類の味覚感知や、アミノ酸、グルタミン酸などへの感応度が違うなんてこともあろうってもんだ。
優劣ではなく、そもそもが違うということを理解しないまま、インクルーシブだとか、ダイバーシティだとか言っても始まらない。
もしかしたら、ここらへんが、日本人が外国の料理に満足できず料理を魔改造してしまう原因なのかもしれないが、味覚や嗅覚は同じものを前にしても、受け取る信号がヒトによって違くて、その違いを互いに共有できないという前提がある。
チンパンジーは賢いのだが、トイレだけは覚えさせることができないそうだ。
犬猫でさえ排泄には対応できるのに、なんでだろうとおもったら一部の霊長類は嗅覚が退化してるそうなのだ。
彼らは糞からあまり臭いを感じないのかもしれない。
知覚できないものに気を配るのは人間でもなかなか難しい。
甘い、苦い、旨い論争はこれからも続いていくことだろう。
参考、引用元
TAS2R38 の遺伝子多型はヒトだけでなくニホンザルやチンパンジーでも観察される
TAS2R38 の遺伝子多型と食行動及び PTC の苦味感受性変化との関係沼部令奈 1,今井啓雄 1(1. 京都大・霊長研)
www.jstage.jst.go.jp/article/primate/36/0/36_32_1/_article/-char/ja/
www.jstage.jst.go.jp/article/primate/36/0/36_32_1/_pdf/-char/ja
個人の味覚感度の数値化に成功 – リソウ – 大阪大学 ResOU
resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2023/20230619_2#:~:text=%E8%8B%A6%E5%91%B3%E7%89%A9%E8%B3%AA%E3%82%92%E5%8F%97%E3%81%91%E3%81%A8%E3%82%8B%E8%8B%A6%E5%91%B3,%E6%80%A7%E3%81%AE%E9%AB%98%E3%81%84%E9%81%BA%E4%BC%9D%E5%AD%90%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82
ワサビにおける農産物直売所が果たす役割と文化地理学的傾向 ―道の駅の聞き取り調査から― 山根 京子 岐阜大学応用生物科学部
www1.gifu-u.ac.jp/~kyamane/michinoeki.html
ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%82%B5%E3%83%93
ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5
キャベツ、カリフラワー、ブロッコリーは同じ種(B. oleracea)なのに形態は実に多様。これは兄貴分のアブラナ、白菜、カブ(B. rapa)と比較して、遺伝子の可動部(トランスポゾン)が多いがゆえの遺伝子の個体差(構造多型)の大きさによるという発見。この事実を含めて噛みしめると一味違うかな。
twitter.com/VirtualSoil/status/1759182737435766943
味覚受容体と食物成分のかかわり味の感じ方は生き物それぞれ 戸田安香
katosei.jsbba.or.jp/download_pdf.php?aid=1108
PAV/PAV、AVI/AVI グループ間で継続的に有意差が観察された。遺伝子型と食物の苦味感覚及び嗜好性については有意な相関が見られなかったが、苦味が強いものほど嗜好性と負の相関が見られる傾向にあった。
kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-15K14728/15K14728seika.pdf
18K18442 研究成果報告書
kaken.nii.ac.jp/en/file/KAKENHI-PROJECT-18K18442/18K18442seika.pdf
霊長類における苦味受容体遺伝子の分子進化と生態適応 京都大学霊長類研究所 早川卓志
TAS2R の塩基配列は一般の遺伝子に比べて、高い種間差異や種内多様性を持っている。更に、個体間のコピー数変異や種間のレパートリー数の差異も非常に高い。
repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/199153/2/drigk04102.pdf
嗅覚受容体遺伝子の比較が明らかにした霊長類嗅覚系の退化
www.jst.go.jp/pr/announce/20180411/index.html
血液型について
www.bs.jrc.or.jp/kk/hyogo/donation/m2_02_01_00_bloodtype.html