ああぁ!選挙カーがうるさい!!


市議会と首長の選挙らしい。商店街のおっさんからすると両陣営知り合いだったりして対応にこまる。 選挙カーがうるさい・・・。公職選挙法見直そうよ、というか、現在の議会制民主主義みなおしてほしい。
選挙カー禁止、まちなかのポスター禁止。選挙活動が一週間だけのとかいう期間縛りもなくそう。お前らもうちょっと普段から活動しろよ。

供託金なくそう。

宣伝行為で立候補する人が居るから立候補者からは300万とか供託金をとる必要がある。市議会議員は30万か。
得票数が一定未満だったら供託金は没収。
いや方便だろ。競争相手を増やしたくないだけでしょ。
供託金廃止して、推薦人50人集めるとか本選の前に立候補予定者500人のなかから予備選挙やってとかにしたほうがなんぼも健全じゃないか。立候補者が増えると公正な選挙のための管理費用が嵩む? この情報化社会の時代にお前は何を言っているだ状態。

立候補と選挙権年齢と揃えなよ。

18歳から投票できるなら18歳から立候補できていいじゃないか。高校卒業してそのまま議員になりますって若者いたらよほど応援するわ。年齢が若いから分別がないとか、経験がない? え、そんなのあたり前じゃないか。でも文鎮と化した良識派の重鎮よりもそういうやつが混じってたほうがいい場合もあるよね?

町中の立候補者ポスター。いらんでしょ。

あんなのもナンセンスだし、景観上も害悪しかないわ。
どんだけ化粧してフォトショ加工してんねん。商店街に参加するようになって議員の知り合いがやたらと増えたけど、写真のお前ら誰やねん。猫とか犬の写真でも貼っておこうか。
万歩譲って必要だとしよう。だが、だったら選管が立て看板立てるときに、貼ってから立てればいいじゃないか。立ててから選管が承認した証紙わざわざノリで貼って認められた枚数を候補者や支援者が板まで貼りにいくってどんだけ非効率なことをさせてるんだよ。供託金よろしく、これも組織を持たない候補者が活動できないようにするためだけの新規参入障壁でしょ?

選挙カーやめてください。懇願。

禁止されてる国もあるぐらい、ナンセンスだし全面禁止にしてほしい。
公職選挙法が意味わからなくなりすぎて逆に名前の連呼しかできなくなってもーてるやん。議員に聞くとあれがないと年配の支持者からうちの地域で活動してないんじゃないかと言われるそうで、もう本末転倒だよね。最近は録音されたものを流してるだけとか、本人乗ってもないやつあるし、うぐいす嬢なんていう言葉ができてる時点でちょっともうどうかしてるんだよ。

選挙公報紙。紙??

おれはだいたいこれを見て決めるんだけど、これもナンセンスだよね。
紙面の都合上、四つ切とかになってるけど、限られた紙面枠のなかでフリーフォーマットで書きたいことが書かれてるだけ。なんなんだろうね。変わった人はわかるぐらいの情報量はある。むしろ変な人いた! おもしろい!! のためだけに選挙公報みてる。

いまは、エグゼクティブ・サマリーというかアブストラクトだけの選挙公報紙で終わってるけど、要論だけの選挙公報とは別に本論はあるべきじゃね?

続きはWEBでってか? いや、独自にサイトを建てさせたらイメージ戦略だけになるじゃないか。A4を30枚ぐらいの本論書かせた選挙管理委員会がまとめた公報サイトをつくれよと思う。アブストラクトと本論が読めるところ。本論がなかったら、法案作成能力とか実務系の能力がどこまであるのかわからないじゃないか。
本論があれば、変な人じゃなくて、凄い人もわかる。

辻演説や公開討論。

口の旨さと品行方正さが議員の条件と行ってもいい。でも、そんなのは本当はいらないよね・・・。ただの地元名士の名誉職か、特定の背景をもった組織から送り込まれた利益誘導者になってしまってるんだよ。今のままだと支援政党や辻演説や公開討論が唯一の候補者の人となりを見る手段となってしまっているけれども、そんなのバッドハックだよね・・・。よくない。

議会の形式。

そもそもが議会、議論とか討論で物事を決めるってのが無理スジなんだよな。
例えば会社が討論で多数決で意思決定して会社運営してたらすぐ潰れるよな。役員会的な意思決定機関と、機動部の従業員にあたるのが議会と行政なのかもしれないけどさ、役員会が毎回議論や投票で決める組織がどこにあんだよ。それは揉めた時用の解決手段で、役員に必要なは饒舌さではないよね。いや、饒舌さも必要だけどさ。

議会も議場に議題がかけられるときは各党派や部会で決められたことで投票行動しているだけだっていうじゃない。議員に必要なのは立法能力や、それを評価する力、またはそれぞれの支持者の利害を代弁することだが、そもそもそれも、同一人物の利害ですら時間粒度を変えれば意味合いが変わるので、本当に必要なのは、もっと別のことだけど、選挙の仕組みも、議会の仕組みもそうはなってないから議員の良識に頼るしかなくなってんだよね。

本当にやってほしいのはそれぞれの現場で最前線現役で働いているいろんな分野の人に出張ってきてもらって決めてほしいんじゃゎぃ。

立候補?

やる気も無いやつにやらせるのは不幸でしかないとか言うけどさ、小中学校を思い出して欲しいんだけど、クラス委員とか誰がやっても同じかもしれないけど、やりたいやつにやらせるより「~~さんがいいと思います!」のほうが、クラスは纏まるよな。数十人の人数のクラスでさえそんなだぞ。
地元に居るので同級生のあいつにとかに議員やらせたら街がよくなるだろうなって人は居るので、どうせならそういう人を推薦したい。
でも、現段階で議員なんかやらせたら人生狂っちゃうし、そういう人はもっと稼げる仕事をしてたりする。そういうのをやめさせてやらせることなんてできないし、そういう人には職業「政治家」になんてなってもらいたくない。
職業政治家を維持するためには、針小棒大な成果をあげつらって、自分を権威化するしかない。あれは俺がやったっていう「あれおれ詐欺」が跋扈してもーてる。よくないよ。

市議会議員200人一人20票6ヶ月毎選挙

以上のようなナンセンスな選挙制度で投票行動ができないのは当たり前だ。自分の一票で勝敗がかわるわけでもなしと選挙にいかなくなる。当たり前だ。組織票の効果が薄くなっちゃうので、投票させないように、立候補させないようにと頑張ってきた先人たちの間違った努力の努力の結晶である。

「政治家」は職業として単離されるべきものではないような気がする。特に町議会や市議会レベルでは。 日本にはここに特殊性があるそうで、諸外国の議会では兼業などが当たり前なのだそうだ。日本の議会も議会日数は事前の活動などを入れても100日程度しかないという。

選挙に必要なものは地盤、看板、鞄というが、職業が政治家でなくなっても行きていける人しか立候補できないのでこれも当たり前のことだろう。供託金がある程度まとまった額なのは、かつての株式会社や有限会社の最低資本金みたいなもので、300万とか1000万とか用意できないやつはどうせすぐ潰れちゃうから創業するんなよっていう優しさのようなものなのかもしれない。

でも、人々の声を代議するといっても20万人とかの意見を代議するのに20人とかは少なすぎるんだよね。20万人の会社の役員20名は多すぎるかもしれないけど、カンパニー性で執行役を入れた会社組織だとするのであれば少なすぎる。専業の議員は10人とかで、あとの200人ぐらいは兼業、兼任の政治家でいいと思うんだ。

これは例えば、PTAだとか防災委員とか住民協議会とか、商店街とか町内会とかマンションの組合とか、そういうのが実質的には下位の議会として職業をもったひとたちが兼業無償で実務を担っているから、地域の運営をなんとかしているんであって、これと議会が分離しているのがちょっと違うんじゃないかなと思う。でもこういうのはもう制度として持たなくなってるんだよね。

外国では、地方議会などは議会を夜に開催して職業を持った人たちが議論に参加しているというけども、日本でも立派な議場でやられているお飾り政治が別れすぎたんだと思う。
現在フリーフォーマットで運営されている防災、防犯とか、消防とか、地域、居住環境、商業、工業、各タスクフォースごとに下部リーグを制度化した議会化するというか、ITつこーて情報を整理するだけで、だいぶ世の中がよく変わるとおもう。任期を2年とかにして、参議院みたいに6ヶ月ぐらいに新しい人が入ってくるようにしておけば淀まないし、いいんじゃねぇかな。
なにかの利権の「顔」化しちゃうと、まあ最初は立派な人でさえ、スポイルされちゃうのはしょうがないんだよ。志を立派で議会に入っていっても、実質なにもできないことに愕然として腐っていくさまは見るに耐えない。ほんとなんとかしたほうがいい。

あぁ、もうほんと選挙カーなくしたい。まじでなんか考えようかな。


未成年が危険とされる海外に渡航することについて


海外に一人で飛行機に乗って行くようになったのは中学生の頃。その頃、親がイギリスに住んでたからだ。最初の頃はあちらで空港に迎えに来てもらってたり姉と一緒に行ってたがそのうちに一人でいくようになった。ハリー・ポッターのように9と4分の3番線の駅で乗り換えにどぎまぎしていたのはかの本が書かれるより昔の話だが、いつの時代も慣れぬターミナル駅というのは子供にとってはドキドキするものらしい。田舎にいくために東京駅で乗り換えをするようなものだ。

初めて宿も決めずに出た一人旅は、夏休みに暇を持て余した高校生が考えそうな事で16歳の頃だった。お小遣いを貰って英国の家を後にしてスコットランドの方に旅立った。絵葉書かなにかで見かけたエジンバラに行ってみたかったのだが最初に泊まったグラスゴーは当時最悪の治安で、夜、響く銃声を前に、安いユースホステルの薄いドアの前に部屋の椅子を並べて気休めのバリケードを作ったのを今でも覚えている。

父は、仕事の関係で渡航が多くパスポートを増刷するタイプの人でいろんな国に行っていたので相当旅慣れしている方だと思う。あちらでは夏休みが長く、家族でヨーロッパにも足を伸ばしたりした。いつしかローマで合流ねとかやってもなんとかなる家族になっていた。

そして、どこに行ってもなんとでもなると調子にのった19歳の私はインドに一人向かった。 ジョジョの第三部も読んでいたし、河童さんの本も読んでいた。地球の歩き方とかなぞも持っていった予習はばっちりだ。

某難関国立大出身の男性が『インドの貧困が見たい』と言ってインドに入国したら、身を持って『貧困』を体験する事になってしまった話
togetter.com/li/1319757

そんな自分もニューデリーからアーグラ行きの車に一人乗せられて車窓から風景を眺めることになった。もう20年も前の話し。外国人で目立つ姿である以上あのイベントは避け得ないと思う。ツイッターでは事前に情報を調べないのかとか、平和ボケだとか、バカなのではないかとかいう批判があるが、あんなものはいくら旅慣れてしていて情報を事前に収集していたところで不可避だ。避けちゃいけないのだ。どちらが平和ボケだ。

相手はそれまで何百人何千人と相手にしてきた警官、駅員までぐるのプロ集団である。素人がいくら情報武装していったところで多勢に無勢。スキップ不能なチュートリアルに近い。
もし強引にチュートリアルをスキップしてしまうハードプレイをすると遠からず死ぬ事になる。リスクは回避するだけでなく不可避な場合は許容してコントロールすることも大事だ。当時のインドの場合、どうやったら騙されないかではなくどの人にぼられるならダメージが少ないかで行動しなければならなかった。駅員を買収するぐらい勢力があるところならそこまで無茶なことはしないだろうと割り切るよりない。

これに忌避感を示したり、騙されたと怒っていてはどんどんと死に近づくのだ。札付きの悪から逃れようとすると札なしの悪を個人で個別に相手にしなければいけなくなる。札もつかない小悪党は限度を知らない。どこの国でもそうだが脅して奪うより、殺してから奪うほうが楽であるから、そうしてしまいがちなのだ。命を守るためには奪うのが殺すよりも楽な状態にしておかねばならない。

空港の両替所だってちゃんと両替してくれるかわからないし、タクシーが強盗のこともあるし、マージンを貰える怪しいホテルに送ろうとしてくるし、駅でチケットを買おうとすれば外人はあちらだと怪しいパラダイスツーリストを案内され、旅行代理店は旅行客が減った紛争地帯を案内してくる。だから彼らがもらう予定の金額より、いくばくか色をつけて逆買収をせねば安全が確保できないのだ。

自分のときは当時紛争地帯だったカシミール送りを避け、帰りはカルカッタから出るからという嘘も方便で、アーグラへの片道だけの車に乗り現地についてから程よく儲けさせてあげてさよならした。旅の資金の半分ぐらい(4万ぐらいかな?)をここで毟られたが、まあ必要経費の範囲だと思う。前の人が強引に突破をして無茶をするとそこから学習されて次の人が死ぬことになる。ぼったくりグループに次の日本人には優しくしてねと朗らかにして分かれることぐらいがせいぜいだ。

インドのホテルでは行方不明になっている日本人の張り紙などが沢山ある。死体はガンジス川に流す風習だし、道端には何某かの動物の死体が落ちているのが日常だ。不幸に見舞われた人の現実は死ぬ以上に厳しいものがあると聞く。不幸な話しも多く聞いたし、北に行って刺されちゃったというような人も居た。見聞を広げるための勉強代にしてはちょっと高いかなと思う。

百聞は一見にしかずという。
人間同士のコミュニケーションには言語化されたバーバルコミュニケーションと、非言語なノンバーバルコミュニケーションがあるが、機微に敏い人ほど対面形式とテキストなどで得れる情報量は違うだろう。
異文化への接触も同じだと思う、感受性の高い子が見ず知らずの場所に実際に行くことで得られるものはある種の社会集団(民族)とかにとってもまさにプライスレスだと思う。そういうはみ出しものがいたから人類は絶滅せずにこんな極東の島国にまでたどり着いたのだ。日本という遠く困難な場所にまでたどり着いた子孫のアイデンティティは無視してほしくない。

気候や風土、食べ物の味や風や匂い、行かないとわからない事は多い。
いくらインターネットで情報過多になった時代とはいえ、それはあくまで誰かが発した二次情報でしかなく今でも本物に触れないとわからない事だらけなのだ。

とくに思春期には、価値観ができあがってしまった大人が旅するより気がつくことも多いし、得られる影響も大きい。大人はそれまでに獲得したものさしの範囲でしか物事を測ることができなくなるが、思春期の子たちは触れたもので異なったベクトルのものさしを獲得できるゴールデンタームだと思う。

ただ、裸足で全米横断したいとか、虚栄心や功名心のために愚かなリスクテイカー、危険感受性が麻痺した人たちが確率的に存在しているので、ここに合わせる必要はないが、もがく思春期の子たちを大人の目が届く安全の範囲に子供を押し留めておくのもよろしくないと思う。

安全に楽しむ観光なら歳をとってから十二分にできる。
おだんご屋のおねーちゃんは還暦超えてから、ジンバブエはじめあちこちに行っているが危ない目もあわずに物見遊山できているのは金を積んだ添乗員付きのツアーだからだ。

安全は金で買えるが、これは経過観察と参与観察ぐらい違う。旅には体力と若さが必要だ。 若くないと適応も回復もできずに死ぬ。

マダガスカルの熱帯雨林に行って寄生虫にやられてこいというのを薦めているわけでないない。ただ、慶長遣欧使節や天正遣欧少年使節が地球を回った頃より、いろんなところに安く気軽にいけるような時代になっている。その分フロンティアがどこだかわからなくなってしまっているかもしれないが、危険は知識や知恵で回避できる。不確実性は減っている。

安全バッファーを多めにとるのは守るものができてからでも遅くない。若い人には愚かにはならずに見聞は深めてほしい。

ちなみに、インドは2週間の滞在で病原性大腸菌O-1に感染して日本で栄養価が高いものを食べたら倒れた。翌年、インドがなんとかなったんだから中国ぐらい余裕だろうと思ったが3日で倒れた。
世界は広い。


与太郎さん100年未来を考える


有識者とかお偉い未来学者とかが考える100年先の未来とかは公演されてたり白書になったり本になってたりする。でも商店街のおっさんが現場で働く感覚で予想する未来予測ってあまりない気がするので書いてみることにした。きっかけは先日の三鷹でおこなわれた「100年先を見据えたまちづくりを考える」から。

想像力たくましく結論から言うと、多分人類は海洋に都市をつくってムー大陸とかアトランティスとかニライカナイとか名付けるんだと思う。・・・こう書き出すと、読むの辞められちゃいそうだけど結構真面目。でも与太話。どっちだろ。

人口推計は人類が予測しうる未来予測のなかで確度の高い予測。これをベースに100年前はどうだったのかを考えながら未来がどうなるのかを考えたい。あと、今ファクトフルネス読んでるのでちと影響うけてる。

子供

日本固有の問題ではなく東アジアでの少子化は苛烈。特に韓国、中国は日本よりその人口動態の変化速度が早い。 日本では1920年代は100人の労働人口に対して子供40人だったが現代は20人。待機児童問題などと言われるようになったが子育ての社会負担は減っている。世界でも子供の数は頭打ちになっているので、人口増加は近いうちに平衡に達するだろう。

離島性仮性知的障害のように、幼児が接触しうる人間が少ない離島や僻地だと知的発達に問題があるという研究がある。園庭がある幼稚園とない保育園ではその後の運動能力にどのような差が出るかを調べた論文とかは見つけられなかったが、園庭の状態で運動能力には差がでるという調査はあったので、それなりの影響があるだろう。ざっくりとした感想だが、ある程度子供が集まるところ、かつ、体を動かすことができる場所で育てたほうが良さそうだなという仮説が立ちそうだ。

おらが商店街は今年度は2件の保育育児施設加入があった。 保育園などが子供を遊ばせる公園はあちこちにあるし、1〜2キロも行けば井の頭公園やもっと自然に近い野川公園など巨大な公園もある。うちの街では子供の未来は明るそうだ。相乗効果でもっとよくなるだろう。フィードバック効果がありそうなので、悪いところは余計悪くなるかもしれない。

老人

うちのばーちゃんは100歳だ。100年先の未来というと途方もなく先な気がするけど齢100を前にすると大して未来でもない気がしてくるから不思議。

100人の労働人口に対して、1920年は老人10人だったのが現在は40人に増えている。2050年ごろには従属人口指数は120となる。

梅崎 昌裕「現代社会に生きる人間の生態」ー公開講座「人間は進歩しているか?」2014

10:2だったものが10:12になるということのは今までと同じやり方は維持しようもない事を意味する。解決手段は老人を老人でなくすか、掛ける人手や費用を1/3にするかである。
費用1/3については、努力とか工夫、人件費の安い国から人を入れたぐらいの伸長では達成しえない数字なので、無人化などイノベーションを起こすよりない。

単純平均ではなく、高齢者になるまで存命した人の平均を考えると現在でも女性は平均90まで生きているそうで、老齢期になってからの生活が40年もある状態だ。QOL、健康寿命を伸ばすために廉価で簡便な再生医療が開発されるだろう。強化外骨格のようなウエアラブルな補助装身具も汎用品になるかもしれない。・・・100年だとサイボーグ化とかバイオロイド化は無いと思うんだけどどうだろうね。あるか。あるかも。

労働と職業

労働は経済的価値を産まなくなる。
現在の多くの生産活動は人を介在させない無人化する方向にある。人間は居てもその人の能力に依存させないよう交換可能なモジュールとしての労働力にするよう務められている。

過去から参考する。産業革命で1ヘクタール耕すのに人類は下記のような進歩をたどった。

人間 400時間 194,000キロカロリー
畜力、牛(2頭) 65時間  31,525キロカロリー
トラクター(50馬力) 4時間   2,400キロカロリー

産業革命でこの99人は失業し、別の職業に従事できるようになった。大量生産品などの企画、製造、販売に従事だが、IT革命でこれらからも99人が失業することになるだろう。
商店街からも物売りのお店は消えていく。新規開業はそのほとんどがサービス業になっている。人間という労働力が必要な職業は、反復が少なく適時対応が必要なものだ。商売とは税務署的定義では反復継続するものなので、反復しない商売をしなければいけないという背反は経済的利潤を得にくくなることを意味する。

経済的利潤を得るためには労働資本を貨幣に変えるのではなく、金融資本に働いてもらうほうがますます高効率となるのは間違いない。個人的にはどうかと思うが、まぁ、歴史からすると然り。富める人はますます富む。まあ不健康な人はますます不健康にぐらい当たり前の事ですな。行動をあらためるか生活習慣をあらためるかぐらいの話。

通貨

ブロックチェーンとかがもてはやされてるけど今はまだ未熟で未完成なものに見える。と言っても、貨幣経済の歴史を振り返っても、金本位制から抜けて、現在のマネタリーベースとかの世界的な積み上がりを見ると、ここらへんもう制度疲労だよね。

企業価値を評価する手法がある。同じように社会資本や教育資本など、いままで貨幣経済のものさしの上にのってこなかったものをバリエーションする方法が開発されるだろう。ブロックチェーンみたいなピア方向の評価によるものなのではないか。お金では買えないものなんだよ!っていう思い、将来はもっとふわっとせずに他人に伝えることができるようになるかもね。

例えば価格があってないような美術芸術品などは、現在取引発生時に競りによる貨幣評価が行われているが、これが貨幣に兌換する必要がなくなる可能性がある。
トレーディングカードゲームなどで、一度中古販売店に売って金にしてから別のカードを書い直すより、カード同士で交換されたほうが、価値の毀損がないよね。貨幣という共通利便性と分散と信用の変化は大きくあるとおもう。

国家観

自由貿易を取り入れた共産主義や、監視統制をひきたがる資本主義など、お互いがいいところ取りで発展していくのであれば、国際間の通貨制度のアップデートと同じようなタイミングで、なにかしらの全球的なシステムが導入されるかもしれない。

イデオロギーの問題もあり、もし世界的な移行がおきても日本やその他先進国ではその移行は遅行するかもしれないが中堅国が牽引してくれることだろう。シンガポールポジション。EUやTPP、ASEAN経済共同体のように、貿易経済圏ができて、国家間の衝突も避けられるようになれば、国という枠組みは、市や県や州といった地方自治組織の一つのレイヤーとなりうる。日本も一律悉皆的に地形も人口密集度も産業も違う地域に同じシステムをデプロイするのは非効率だ。憲法のアップデートよりもハードごと替えた方が早いってなるかもね。

法律

日本の法律は目的が1条一項に書かれてたり書かれてなかったり、修正修正のバッチだらけだったり、改修も100年単位でできていなかったりする。動いているんだから触るな状態。法律もコードと言うが、同じコードでもプログラミングで言ったらコーディング規約すらない糞コード集だ。

運用でカバーされてたり、バッドハックや判例法などで動いてしまっている面も多くあり、こういう大規模システムはシステム開発に習えばぶっちゃけ更新できない。できるわけがない。憲法はこれらの最上位にある基底OSのようなもので、俺の感覚では更新できたとしても小手先の表現だけで、リファクタリングすら困難なのではないかと思う。小さい改変でも影響範囲がでかすぎるのだ。
明治維新みたいに既存のシステムをディストラプトして更新なんて荒療治をせずに、ソフトランディングさせようとするなら、システムの並行稼動をするよりないと思う。それは、特区制度のような部分的なものぐらいが精々かもしれないが、動かしたこともないシステムをローンチするよりは混乱がなくてすむ。

江戸時代の北町奉行所、南町奉行所みたいに最初から輪番制にしておいて、システムを冗長化しておいて並行稼動させておけば、アップデートも簡単なのにね。現在法律はその国の自然言語で書かれているけど、これはコンピューター、ことAIには判読させづらいから、100年内には論理記述に変わると思う。裁判官の仕事も変わるだろう。

移動・流通

おらが商店街はちいさい病院が多く遠方から年寄りがくるのが大変だからミニバスを通してくれと先生がたが息巻いている。健康な人だとバス停行くより歩いて駅とかまで行ったほうが早いぐらい路線バスのバス停離れてるんだ。ミニバスも通ってるんだけど、なぜか路線バスと同じ路線を通ってるらしく意味がない状態。行政はめんどくさいから変えたくないのもわかる。文句もでるだろうしね。

でも、100年先を考えたら自動運転さすがに来てるよね?
幹線道路と生活道路を明確にわけて、車両侵入禁止にする道路とかを法律で区分の準備はもうしないと数十年先にも間に合わないんじゃないかと思う。パーソナルモビリティももしかしたらドローンタクシーみたいに空を飛ぶようになるかもしれない。そうなってくると落下したときのために、電線の上にネットを貼ってこの上を飛びましょうとか、そういう既存インフラの再利用がなされると思う。これも日本は世界から15年ぐらいは遅行しそうだ。 できれば一部都市だけでも先行してがんばってもらいたい。がんばれよ!

化学

これから100年先、いや30年ぐらいかな?もっとも変化が激しいのは化学合成の世界だと思う。 今まで五里霧中の試行錯誤であったものが、莫大な演算力の獲得で力技によるシミュレーションができるようになる。試行錯誤速度の爆速化はこれは創薬や有機合成、素材化学のような分野に効いてくるだけでなく、いままで巨大化してきた化学プラントのような製造の現場にも効いてくる。この業界におきることはかつて鉄鋼や造船といった業界に起きた小型化、モジュール化が待っているのだ。

例えば今まで化学肥料などの製造に必要な窒素固定は膨大なエネルギーが必要であった。これに耐えうる構造のために湾岸部に巨大な工場を作らざるを得なかったが、小屋サイズでそれらが一気通貫に製造できるとなれば、消費地生産が可能となる。これはかつて街が炭鉱で賑わったというような、都市構造変化をもたらすだろう。

生物

再生医療のようなわかりやすいものだけでない。
生物の中には、深海の熱水鉱床という数百度の温度で活動する細菌などがいる。熱水で壊れない蛋白と、水素原子1個で動くような生体モーターをもっているわけだ。鋼鉄より硬い蛋白を合成する生き物もいるし人類が研究室レベルですら中間体も合成できない薬効成分を持った植物もある。これらが遺伝子解析により合成できるようになる、バイオプラントが実現する公算は高い。
メタンガスを発生させるメタンアーキアや、石油を作る藻類のオーランチオキトリウムなど、生物による炭素固定ももっと種類の研究や、高効率株の分離などがおこなわれるようになるだろう。 トンボの羽の風を捉える能力とか梟などの風切り羽の静音性とかバイオミメティクスは、工業、医療などの産業にも基礎的なアプローチになる。

物理

自然界にある4つの力のうち何故か重力だけが距離による減衰がない。そのため宇宙は力としては弱い重力によって支配されている。アインシュタインは一般相対性理論に宇宙定数をぶっこみまたそれを後悔したりと迷走しているが、現代になり超弦理論や重力波、ニュートリノ、ダークエネルギーあたりの研究がすすめばなにかここらへんで解決できる説明ができるようになるかもしれない。この分野よみきれない。
量子テレポーテーション、量子のもつれとかをつかって光速を超える通信が可能になったり、もしかしたらもしかしたら次元情報伝送とか、4次元ポケットとかつくれるようになるかもしんない。なれ!なったらいいな。

飛行機・船

飛行機が飛んだのが115年前。その頃の飛行機による死亡事故数はとてつもなく多かった。現在の飛行機の事故による死者は鉄道よりも少ない。

飛行機や大型輸送で問題になるのは騒音問題であるが、エネルギーが音に変わって漏れていることにほかならず、それだけエネルギーを無駄にしているということを意味する。
化学プラントが巨大になる原因と同じものがここにはある。流体は流速と流体の粘度、またそれとこすれる表面摩擦係数によって、乱流になるか層流になるかが決まる。レイノルズ数2100(だっけ?)を越えると乱流になってしまって渦巻いちゃってどう流れるかわからなくなるので、管幅を広く、ゆっくり流さなければいけない。これが巨大化や製造効率にも影響してきた。

電車もとんがった流線型のモデルになってきているが、これも高速になればなるほど空気と表面部分の摩擦係数で、進行体の周りに乱流(渦)が生じて騒音になったりエネルギーロスになってしまうからだ。
流体が乱流になってしまうと複雑系になってしまうので化学工学ではとてもじゃないけど計算ができない。できなかった。だけれども量子コンピューターほどまでに演算力があがれば、正確な計算はできなくとも、確率的にこう流れるはずというシミュレーションはガシガシできるようになる。

それが意味するところは、飛行機のジェットエンジンが回すタービンのプロペラの風切り音なども、どんどん無駄なく静音性を増すということだ。100年内に飛行機はひゅんひゅんとUFOのように飛ぶだろう。

船も航行のエネルギーが少なくて済むようになる。複雑に流れる風をコンピューター制御で捉えてその推力を正確に計算できれば、最新の船は実は帆船になるという未来すらあり得る。そうしたらそうだな・・・、海賊王に俺はなる!

自然脅威

地球温暖化は世界的な懸案事項だ。IPCCなんかが驚異を話しあったりしているが自分はちと疑問を覚える。エネルギー消費の無駄をなくしましょうという理念には共感を覚えるが、地球の気候を人間がコントロールできるとは思わないほうがよい。というのもなによりもでかい地球の気候変動の主ファクターは人類ではなく地球、そしてなにより太陽だからだ。

地球の歴史過去300年ぐらいは比較的気候が安定していたが、その300年間でさえ、浅間山や富士山の噴火による天候不順による飢饉はおきている。その前はマウンダー極小期でもっと寒い。寒すぎたおかげで大航海時代や産業革命がおきた。

それよりもっと昔。縄文期より前になると、50年ぐらいで年平均気温が10度ぐらい変わるダンスガード・オシュガー・サイクル(短周期気候変動)になる。50年で10度もの平均気温の変化があった。これじゃ果樹業や林業もままならないよね。人類の大移動は気候変動により発生している。

地球の気候が安定して温暖なのは地球の歴史上は珍しいことであり、その中でも特に安定したこの300年間ぐらい。人類はこのわずかな間隙を縫ってよくもここまで進歩できたものだと関心する。

アメリカさんなぞは進化論すら未だ否定されてしまうので紀元前の話しなぞ無視されてしまってもしょうがないのだが、日本の方は冷静に思い出してほしい。次の100年で地球の平均気温が3度上昇する?まじで?10度上がったら?10度下がったら?
5000年前の縄文大海進の頃、海水面は平均で7メートル上だった。それより前は100メートルも低かったが、どちらもほんのこの1万年の間の出来事である。

日本の都市計画、そんなに局所集中で大丈夫かと思う。約7,300年前に噴火した鬼界アカホヤ火山は九州の縄文文明を全滅に追いやった。約75,000年前のトバ・カタストロフで人類はほぼ数千人という絶滅の縁にまで追いやった。30万年単位の破局噴火まで100年先のタイムスパンで考慮しろとは言わないけど、あと100年もあれば3年ぐらいは人類を飢饉においやる天候不順をもたらす規模の噴火はおきるし、想定はしておいたほうがいい。

海洋進出

経営戦略では経営資源に近いロケーションが競争の源泉になるという。ここでいう経営資源は、販売業であればお客さんであったり、労働資源であったり、生産業であれば原材料やエネルギーへのアクセスである。

はたして次の100年、資源になりうるものはなんであろうか?
かつて空気からパンを作るといわれた窒素固定の技術は、ここに来て大きな変化のタイミングを迎えようとしている。窒素固定も炭素固定も小さいモジュールでおこなえるようになる未来を考えると、資源となりうるのは水や空気、そして太陽光である。その他は地球にほぼ無尽蔵にある元素だ。あとは半導体やバッテリー、太陽光発電などでいくらかの希少元素が必要となる。

これらを解決するロケーションは海洋上である。海底にはコバルトリッチクラストやマンガンノジュールがあるし、素材科学の進歩で鋼鉄以上の強度と経年耐性を持ったバイオプラスチックがつくれるようになれば浮かぶ高層ビルと呼ばれる豪華客船よりも安定なメガフロートを安価に建造できるようになるかもしれない。まさに浮く大陸が技術革新の如何によっては最もロケーション優位になりうる地点だと思う。

宇宙進出

海とくれば宇宙か。 宇宙への実験的移住はあるかもしれないけど、適地生存しようとしたら熱帯で進化したホモ・サピエンスの遺伝子情報は大幅に編集する必要がある。それはもう遺伝的には人類とは別種なので、考えるのをやめた案件。

あれこれ参考

梅崎 昌裕「現代社会に生きる人間の生態」ー公開講座「人間は進歩しているか?」2014
youtu.be/BfoW4Pi0Ekg

鎌田 実「超高齢社会に向けて変わらないといけないこと」ー公開講座「変わる/変える」2013