(2)Covid-19をPlague Inc Cureモードで振り返る


前回のつづき

日本はファイザー&ビオンテックのBNT162B2、モデルナのmRNA1273かな。

欧米では600万人以上、イスラエルでは国民の半分以上のワクチン摂取がなされた。ワクチンの接種率の高い、イスラエルと英国の動向に注目して現状をみてみる。

イスラエル 感染者数
イスラエル死者数
UK感染者数
UK死者数

接種率が高いのに数週間なかなか感染者数も死者数も落ちなくて、心配していたのだがようやく明確に落ちついてきた。これがどこまでドローダウンするか注視する必要がある。

ワクチンは摂取者については重症化を抑えたり、発症したりするリスクは確実に減らしてくれているようだが、感染性を抑えるかについてはまだ十分なデータがないので、逆に接種者が無症状軽症化することでスーパースプレッダーになっちゃってるんじゃないかとか、あるとすればそんな心配をしている。

さて、Plague IncのCureモードにからめて現在の状況と照らしあわせてみよう。

事業

  • 疫病の発見
    • アウトブレイクを調査(地域での伝染病のアウトブレイクを見つける)
    • 政府パートナーシップ(地方自治体の職員と連携し伝染病の発生を見つける調査員チームの設立)
    • アウトブレイク諜報機関(地域での伝染病の発生を検知する監視局を承認)
    • 現地調査員配備(対象国への監視と対応を強化するために配備)
    • 緊急ケア(専門医を配備する)
    • 感染制御(伝染病封じ込めの専門医を配備)

結局WHOの調査員が現地に調査員チームを派遣できたのは、武漢が閉鎖されてから1年以上が経った今年1月14日になってからだ。四週間にわたり最初のクラスターが発生した海鮮卸市場とは”別の”市場と、コロナウイルスに勝った記念展示会を視察して「武漢病毒研究所からウイルスが流出した可能性は低い」との見解だけ発表して視察を終えた。

日本や世界が新型コロナウイルスのアウトブレイクを検知したのは香港と、香港経由で英国船籍のクイーンエリザベス号での発症を契機にしている。武漢の突然の都市封鎖、それに伴い武漢からの引き上げチャーター便に乗っていた在外邦人800人ほどだったのでサンプリング十分で、これは市中にだいぶ広まってるぞとわかったのだ。つまりアウトブレイクを感知したときには、複数国でのアウトブレイク、パンデミックになっていた。

そしてWHOがパンデミックを宣言したのは3/11を過ぎてからだった。武漢が都市封鎖された1/23から、じつに一ヶ月以上経過したのちである。

専門医の配備状況はどう評価できるだろうか。
うちの商店街にあるクリニックの先生はDMATとかでも災害時、頑張っておられて、最初は病院をしめてなんかやってたみたい。市内の専任対策チームみたいのをつくってそこのリーダーをやってるとまでは人づてで聞いている。ローカルま医師会は結構がんばっているみたいだ。中央の医師会は・・・みなさんご存知のとおり。

毀誉褒貶、功罪あるが日本で専門医としての最初の先駆者は岩田健太郎氏だろうか。 医師ではない医学博士とか、科研データベースに出てこない大学教授とか、おらもう帰るどの先生とかがテレビなどでは重宝されているようだ。
忽那賢志氏とか、最近だとアメリカから木下喬弘氏とか峰宗太郎氏ががんばっておられる。8割おじさんのときもそうだったが、それでも害するような予告とかが行ってしまうのは”いろんな人”への暴露率の問題なのだろう。

  • リスクコミュニケーション
    • 国民に警告(季節性インフルエンザよりもはるかに深刻な伝染病であることを強調)
    • 国民アラート(ウイルスの危険性を再強調し、人々に真剣に嘆願する)
    • 現地調査員の配備(対象国へ監視と対応を強化するために配備)
    • 実地調査(科学研究者を配備する)

東京アラートはよりにもよって一番いらんタイミングで発出され、終了した。 「安全より安心」の実績は伊達ではない。三密とかそういうポップ作りは、うまいなと思う。「三密」みたいに伝える内容があってさえいれば、イソジンも東京アラートも機能したことだろう。メディアハンドラーとしてはやはりとても優秀だ。

季節性インフルエンザより深刻な伝染病であることを強調していた政治家はいただろうか?
日本の第一波で比較的感染者が抑えられ国民が病気に対して警戒できたのは志村けんさんのショッキングともいえるアナウンスメント効果に他ならなかったと思う。志村さんの件がなければもっとひどいことになっていただろう。

逆にインフルエンザはもっと死んでるとかとんちんかんなことを言っている人すら居た。日本で感染拡大をさせるためにインフォデミック任されてるのかなとすら思ったものだ。というか、たぶんそうなのだろう。発言する本人に自覚はなくとも、そのような発言をするひとをキャストしてきた選好の結果だ。

対象国への監視は弱められ、調査員の配備はなされなかった。そういうことなのだろう。 安心させるのも、科学的事実を伝えるよりも、そちらのほうが金になるのかもしれない。だが、なんとも酷いもんだ。

  • ワクチンの開発
    • ワクチンの研究開始(ワクチンの開発を開始する)
    • 研究加速(緊急雇用プロトコルを実装し実験室を転用、24時間フル稼働体制に)
    • 国際研究条約(国際協定によって透明性のある知識交換とリソースの効率的な分配)
    • ワクチンの製造(大量のワクチンを作成するために必要なインフラ、人員、機器を確立)
    • 製造加速(緊急の人員配置対策と高度な生産設備の使用)
    • 国際製造条約(国際協定によって工場のネットワーク、超コールドチェーン、製造リソースの共有)

正直、mRNAワクチンとかベクターワクチンだの組み換え蛋白ワクチンなんて、今まで聞いたこともなかった。
せいぜい生ワクチンと不活化ワクチンぐらいなものだ。それがこの1年で一気に臨床を終え、承認にまで載った。いったい誰がmRNAワクチンの実用化などというものを数年前に予想しただろうか。

それを持って危険だと論ずる人もいるのもわからなくもない。自分も20年ぐらいまえに細胞工の研究室にいたことがあるので基礎教養はあるのかもしれないが、それでもそれがなんのこっちゃわからない。現実に? 正直、もいっかいゼロから勉強し直さないといけないぐらい隔世の感がある。さっぱりわからない。

研究加速に軍事技術が使われたことは想像に難しくない。軍事研究をおこなっておらず、軍属に対して人権を無視した臨床をおこなうこともできない日本では開発で数歩も遅れてしまうのはやむえないことだ。製造加速で貢献できればいい。

ワクチンの心配。アナフィラキシーショックだの、逆転写がおきて自分の遺伝子が書き換えられてしまうんじゃないかみたいな話しはおいておくとして、私が心配するのはワクチンを打てた層と、打てなかった層の分離である。

集団免疫に達し、世界中から根絶するまでおそらくワクチンを定期的に打つことが要求されるものになるだろう。だが、すべての国々や悉皆な人々には打つことができない。RNAウイルスなので変異も多く、しかも人獣共通感染症だ。つまり根絶する未来が存在する確率は低い。

貧困国では平均寿命を数歳押し下げる要因として残り続けるだろう。それはある意味でいままでどおりなのかもしれない。
先進国では、打てた層は感染しても発症もせず感染しても重症化もしない。だが打たない選択をした層や、経済的に打てない層にとっては無症状感染者は脅威の存在だ。

活発に経済活動に復帰するワクチン組みが非ワクチン組みには生体兵器になりうる。非ワクチン組みはいつまでも自粛を迫られることになるだろう。ワクチンがあるが故、昔の穢多差別と逆の構造だ。重症化率という性能が違うだけで本質的な性質は風邪だ。どこかでずっと名前(ネームド)の病として残り続ける病に穢れのないひとたちは箱入りにならざるを得ない。

  • 経済対策
    • 一時解雇計画(検疫措置で影響を受けたスタッフ給与を支払い失業手当を増やす)
    • 社会適応(教育、健康、人権を維持する資金、リソースを提供)
    • 住宅ローン及び家賃救済(すべての住宅ローン、家賃の支払いを停止、立ち退きを禁止)
    • 国の景気刺激(訓練プログラムや減税、事業への融資、救済、インフラ支出で経済支援)
    • 的を絞った経済支(大掛かりな総合金融支援)
    • 債務救済(債務の返済猶予を確保)

世界の経済対策は苛烈のひとことだ。マネタリーベース、ストック、ここらへんを調べながらいずれちゃんと見ないといけんですよ。
日本では年末に73兆、その前と合わせると100兆ぐらいのぶっこみを行った。株価が3万円になるのも然り。

日本の雇用制度下や住宅ローンなどの関係で、一時解雇はなかなか難しいため、雇用調整助成金で雇用を維持する方向でばらまきがされた。三次補正で10兆超え、1、2次補正で約2兆8千億。

社会適応支援、テレワーク支援策 ニューノーマルでは、ネットワークの導入は相当ゆるい200万ぐらいの助成金がばらまかれたと聞く。かねてからいろいろな助成がでてはいる分野であったが、国の支援ありなしにかかわらず一気にテレワーク化は進んだ感がある。

企業むけの家賃支援給付金は、逆にものすごく申請が困難な助成金であったようだ。不動産会社と結託して悪さがあるからなどとの建前であったようだが、正直機能不全のように見えた。特に個人のほうはノンリコースローンとかがサブプライムの如く火を吹きかけているようにも見える。外国のように失職とともに住む家を追われたというような話しは日本では目立たないが、目立たないだけかもしれない。注意が必要だ。

景気刺激策。
GoToなんちゃらにあたるのだろうか。これは経済効果はあったようだが結末はいろいろひどかったと言わざるをえない。需要の先食いや普段とは違うターゲット層への対応で売上増以上のダメージがあったとも聞く。反動がひどくなる麻薬のようなものだ。アクセルブレーキの急制動で在庫調整に失敗してピンチになってる会社もあるようだ。

Goto商店街は会の担当であったために一月近くかけて書類等を用意したが採択外となった。中小企業の社長さんたちをまとめるのは大変だし、お金を用意するのはもっと大変だし、あげく、取れませんでしたは地獄でしかない。ほんとこの助成を考えたやつ○○○○よ?

飲食店への給付金や持続化給付金などは的を絞った経済支援にあたるのだろうか。うちも一応は飲食店なので、東京都の時短養成の際には申請したのだが対象外とされた。理由はわからない。電話も通じない。めんどくさいしもういいや。一日6万のほうは、お酒を出すお店ではないのでそもそも対象外だとおもう。持続化給付金のほうはありがたく頂戴いたしました。

債務救済。
条件によっちゃ返済免除の貸付があるようですが、日常の生活維持が困難になった向けの貸付制度がありましたね。個人向けは雀の涙で、申請もきついようです。そもそも知らん人のほうがおおそう。
商工業融資。こっちは貸付先に困った銀行がじゃぶじゃぶで数千万、億円単位で無目的に優良な企業に貸し出してるみたい。目端の効く経営者は目一杯借りるだけ借りてるそうな。なんか貸してくれるっつうから借りちゃったけどマンション買えちゃうよとか言ってる社長さんがいました。こういうのもバブルの要因なんでしょうね。

権限、権威

  • 対策不遵守リスクの減少
    • 権限1(パンデミックを迅速に特定し、世界各国の指導者達に説明する)
    • 権限2(パンデミックを封じ込めるため、国際的な協力と協調を得る)
    • 権限3(パンデミックを封じ込めるため、すべての人々に要請)
    • 検閲(疾病管理戦略に対する国民からの批判を防ぐため、通信を制限)
    • フェイクニュース(誤った情報を広め戦略の失敗を偽装する)

日本では暴動が起きたみたいなニュースがないので、実に忍耐強い国民性ですよね。とにかく重たいものをひっくり返すデモとか割れるものは割るとか、火をつけるとか、そういうのがなくってよかったです。

そもそも政治的にもリーダーがカリスマをもって統治しているわけでない官僚機構なので、みな、行政からのアナウンスには諾々と従うようです。マスクしろっていっただけで乱射事件とかおきない国でよかった。

通信の検閲は、日本ではいまのところ起きていない。フェイクニュースは仕掛けられているけどこれはコロナがというよりは別の要因かな。いや、コロナすらも一環かなと思うと気が重たい。権威が大暴落中の国や、権限全集中の国がわしゃわしゃしてるけど、武力衝突だけはほんと勘弁な・・・。

では、みなさまご機嫌よろちゅー


(1)Covid-19をPlague Inc Cureモードで振り返る


2/17から医療関係者への新型コロナウイルスワクチンの先行接種が始まった。 相変わらずマスメディアのとんちんかんな報道は目にあまる。専門家が議論を戦わせているところに、ステージの違う弁というか便を並列に並べて開陳しているのはさすがに見るに耐えない。玉石うんこ混交甚だしい。

写真やカメラの構造、性能議論をしている横で、「写真を取られると魂が抜かれますね」としたり顔で解説しているようなものだ。なんていうか、ない。30年ぐらい経ってから見ると超絶面白いのかもしれないが今は笑えない。

さて、Plague Incという世界に感染症を広げ人類を絶滅させるっちゅうブラックジョークな名作ゲームがあるのだけど、現実のコロナの蔓延を受けてCureモードなるものを実装した。WHOの監修をうけ、なかなか本格的なシナリオだ。このゲームを分析するついでに現実世界の対応と突合比較してみたい。

通常のウイルスを世界に蔓延させて人類を滅ぼすというPlagueのシナリオを超ハードモードをクリアしようとすると、できるだけ脅威度をあげないように病気を潜伏させ、感染力を強化しつつ、感染者が増えたところで脅威度、致死性をあげる方向に変異させるのが定石だった。
「脅威」が高い病気は早い段階で死者が出てしまうので世界に発見されるのも早く、国境封鎖などで世界に広がる前に封殺してしまう。世界がCureという万能薬の開発に一致団結してしまうまえに、世界に散らばる必要がある。気候も違う国々に病気を広めるのは至難の技だ。

これは初期に国境封鎖で検疫を強化してクリアしたパターン。このケースでは朝鮮半島が手遅れになってしまった。

Cureモードでは世界のどこかに潜む病気の発見から始まる。 資金を集め、対策を打っていかなければならないが、死者が増えると権威が落ちきるとゲームオーバーになる。
捜索団を組織してその国にたどり着いたときには手遅れなこともある。見つけるの遅いとその国が滅んでいたりすることがある。

ゲーム内で取りうる選択肢を下記に列挙分類し、現状を書き添える形にしようとおもう。

対応

  • 伝染病侵入の防除
    • 国境監視体制(国境での伝染病の監視)
    • 国境スクリーニング(国境での到着をスクリーニングする) 空港スクリーニング(全空港への到着をスクリーニングする)
    • 港湾スクリーニング(全港湾への到着をスクリーニングする)

日本はおおよそよくやっている方の国だと評価しているが、それは国民の自主的な対応によるところが多い。行政として失敗があったとするならば、まっさきに糾弾されるべきはこの侵入防除についてだ。クイーンエリザベス号のときから定まらず酷かった。アメリカが中国からの入国を禁止したのちも諾々と旧正月中のアウトブレイク国からの入国を受け入れ、結果、日本から世界に行く渡航者が世界で隔離されるようになってしまった。新型特措法施行後、第二波になってからも罰則の規定も設けられず、陽性者が抜け出しても過料金のみである。
旅行目的での入国は名目上止めたが、ビジネストラックで入国すればよいだけ。入国後の2週間の隔離も自主申告的におこなうのみで、もし空港にご友人という名目の白タクが迎えが来ればそのまま市中に抜け出すことができる。 せっかくの島国なのに、伝染病侵入の防除は尽く行われなかった。それも意図的に。

  • 検疫能力の向上
    • コンタクト・トレーシング1(検査部門と追跡部門を設立、濃厚接触者に通知)
    • コンタクト・トレーシング2(スマートフォンを使用し自動化)
    • コンタクト・トレーシング3(地域にチームを配備、追跡しガイドライン遵守を確認)
    • コンタクト・トレーシング4(セルフ検査キットを大量生産する)
    • 検査能力1(研究所で使用できる検査試薬や主要材料を確保する)
    • 検査能力2(検査スタッフを訓練、物流を改善)
    • 検査能力3(最新式の機器を入手、提供し高い感度と特異度での検査)

保健所のクラスター調査は、世界にも先駆け非常に機能していた。足で稼ぐような地道な作業には定評がある。しかし、人員、予算が着けられず、すぐにパンクした。いや、正確には予備費は早い段階で10兆円もつけられていたのに、なんの手当もされないまま、予算も3兆ぐらいしか消化されないまま冬を迎えた。

接触確認アプリcocoaは、ローンチの段階から問題がなかったわけではないがその後はさらにひどいものとなった。code forなどのoss界隈の成果をかすめ取るようにHER-SYSだかを受注しているどこぞの業者が受託したが、アンドロイドos版が去年9月以降、実質動いてなかったことを2月になって発表した。導入当時の担当副大臣だった平議員が平謝りしていたが、祇園精舎の鐘の音が聞こえてきそうな寂しさだ。

臨床検査技師や、検査スタッフの訓練は国内ではまったく手つかずのままだ。研修医などを総動員する学徒動員がかけられた程度である。人員は配備されていない。
セルフ検査キットも大量生産されなかった。自動PCRの装置は日本がつくっているのに、国内ではほぼ活用されていない。流行後半になったら、陽性となっても保健所にも通知されない野良PCRが跋扈する事態となった。

研究機関がPCR検査の負担を一部申し出てもそのまま捨て置かれたのは、厚労省の受託検査会社と試薬調達がボトルネックになってしまったのは日本が「検査能力1」で躓いたからだ。Roche社の研究用試薬の問題あたりは昨年2月あたりから本質的に変わっていない。厚労省がボトルネックになっている。

  • 感染率の減少
    • 国民意識(公式のアドバイス)
    • 手洗い(適切な衛生習慣の奨励)
    • 消毒用品(漂白剤やその他の消毒剤を配布)
    • 自己隔離(症状のある人は二週間の外出自粛)
    • 個人用防護具1(医療用マスク、フェイスシールド、ゴーグル、手指消毒剤)
    • 個人用防護具2(グローブ、医療用ガウン、人工呼吸器)
    • ソーシャル・ディスタンシング(2m以上離れる)
    • マスク着用(人々はマスクを着用しなければならなくなる)
    • ローカル・ロックダウン(地域を強制的にロックダウンする)
    • サプライチェーン改善(必需品の供給を守る)

「3密」の発見からのコミュニケーションは、なかなかによいアドバイスだった。3Cを世界に広めたのは功績といっていい。
手洗いや適切な衛生習慣がそもそも日本文化にプリインストールされていたのは、コロナウイルスのような感染症が東アジアの風土病だからだとも考えられる。握手ではなくお辞儀だし、手洗いをする文化もある。手洗いは疫病が流行った頃、崇神天皇(3世紀中頃)に神社に手水舎を設置することで広められた。柄杓の共洗いとか、土足禁止とか、食事にも手ではなく箸をつかうとか、食事の膳をわけるとか、 食事中喋らないとか は、だいた感染症対策とも通底するものがある。

自己隔離は神経質なほどに対策をするひとと、夜の街に繰り出す勢の二極化が激しいが、後者は日本では少数派かもしれない。災害の多い日本では国民のストレス耐性が比較的高いというのもあるだろう。Plagueでいうところの対策不遵守リスクがどんなに抑圧されても、あまりあがらない。

防護具は流行最初期ひどかった。東京都は防護服の備蓄などをおこなっていたがいつの間にか中国に送られたり、市中のマスクが買い占められたりした。数年後でいいので学術的な調査を積んでおいてほしい。衛生用品は、その後約一年をかけてサプライチェーン改善された。マスク増産や防護服増産などライン対応をした会社が煽りを食らっていないことを願うばかりだ。

当初、マスクはウイルスのサイズを考えれば効果がないものと考えられていた。しかし、感染予防ではなく、感染拡大防止に効果があるエビデンスが積み上がってきている。マスクが文化的に忌避されていた日本以外の国では特に劇的な変化だろう。日本の悪役は目元を隠し、アメリカの悪役は口元を隠す。 屋外でもマスクをつけろとか、ウレタンマスク警察とか変な方向も見られるが、今年小学校に入学した1年生は友達のマスクをつけていない顔を見慣れていないという。パラダイムが変わった。

ローカルロックダウンは日本ではついぞ実行されなかった。状況によっては箱根の関所が超えられないみたいな世界線もあったのかもしれない。

  • 死亡率の減少
    • 臨床治療(アセトアミノフェン、イブプロフェン、その他治療薬を用いて中核症状に的をしぼる)
    • 緊急準備(病院や介護施設での感染予防と感染対策の実践)
    • 人工呼吸器(呼吸を助けるための機械を提供)
    • 救命救急管理(最優良事例を厳密に特定し医療専門家と共有する)
    • 人員拡大(医学生を配備し、退職した職員を復職、他職業の再訓練)
    • 新しいインフラ(新しい救急救命病院と外部トリアージセンターを設立し医療能力を向上させる)
    • 治療効率(トリアージの事前評価、治療ユニットを使って感染患者)
    • ステロイド薬(デキサメタゾンなどの薬で重度の炎症を軽減)
    • 回復期血漿(病気から回復した患者の血漿を使用し治療に役立てる)
    • モノクローナル抗体治療(中和抗体カクテルをクローンし、症状緩和)
    • トリアージプロトコル(回復の可能性の最も高い患者にリソースを集中させる)
    • 急増プロトコル(待機手術をキャンセルし医療相談にビデオ通話を使用)
    • インファーフェロン治療(吸入器を介して投与するインファーフェロンβタンパク質を提供)

アビガンとかレムデシベルとかの陰謀論はどうなったのだろうか。医学的には効果が認められなかったというレポートと、その投与量じゃだめだとか、やれ、抗リュウマチ薬だとか、 抗寄生虫薬だの、処方薬の知見はたまりつつある。
特効薬はまだみつかっていないが、対処療法や処方薬のノウハウは如実に死亡率を下げ、重傷者寛解のための期間を短くしている。

介護施設での感染対策は、私が通っていた介護施設は比較的大型で常駐の医師がいたからというのもあったかもしれないが、すさまじい鉄壁ぷりだった。病院はどうだったのだろう。通っていないので実態がわからないが、大苦戦しているという報道だけは聞こえてきていた。

人工呼吸器が足りず、使えるものはなんでも使うというアメリカの自動車メーカー動員などは、戦時供給体制を彷彿とさせた。

人員拡大は日本では最後まで医師会の砦は揺るがなかったと言っていいのではないだろうか。それどころか最前線の看護婦が集団離職するなど待遇面での不遇ばかりが目立った。ワクチン注射に警察官を駆り出してトレーニングして打たせるというような緊急避難的措置は日本ではついぞ取られなかった。

トリアージの議論は日本ではかけらもなされなかったように思う。「新型コロナウイルス感染症の軽症者等に係る宿泊療養について(東京都)」などをみても思うが、法律での明文化をさけ判断を現場に丸投げして、感染者には「お願い」をするだけで済ましている。リソースがないから現場はトリアージをせざるをえないが、判断しないことによる責任の回避をしているだけにも見える。憲法上人権の制約に制限があるからとか、立法事実がとか言っていたが、言い訳にみえる。

血漿療法は、トランプなどが行った。だが、サバイバーの血漿が必要なので誰もが受けられる治療ではない。回復者が多く出たことで、上級国民は死なずに済むようになった。

ビデオ通話が診療にあたるか否かで揉めていて宿泊療養にはいつも飲んでいる服用薬の処方もできないらしい。そんなわけだから、急増プロトコルなども各病院任せだ。

監督官庁が判断をしないという不作為は誤った判断をするよりよいものだと考えているようにも見える。確かに公務員の処世術としては正しいのかもしれないが、今回の場合はそれで多くの人も死んだ。

長くなりそうなので、また後日につ・づ・く


偲ぶサイ享年102歳


祖母が亡くなられた。享年102歳の大往生である。
100歳を越えてからは養護施設に入っていたのだが、亡くなられる直前まで夜勤のかたと普通に会話をしていて、夜の見回りの際に亡くなれているのを発見したそうだ。

深夜12時20分ごろ家の固定電話が鳴る。たまに深夜に変な宣伝FAXが紛れこんだりするのが、その日は留守電を残している気配があったので階下に降りて確認したら介護施設から。至急連絡を下さいとのことで折り返したところ、夜勤の方から上記を告げられた。
幸い極近所の施設なので一人深夜に駆けつけ応急対応させてもらった。医師の死亡確認や両親は明朝になってからの対応。深夜にあなたの親が死んだと叩き起こしても、寝不足の人間を増やすだけだ。

亡くなられる前日、37度代の発熱があり翌日には下がったと両親から聞いていたので、深夜の電話にも予感はあったのかもしれない。

最後のお世話をしてくださっていた夜勤の方によると、熱は下がったのだけれども、血圧は高い状態は続いていて、本人も食欲がないから夕飯はいらないよとなどと話していたそうだ。寝る間際にベッドをリクライニングから戻し、点滴のガイドベルトなどなどが緩んでいたのを自分で直されているぐらいには元気で、ほんとしっかりしていて・・・普段と変わりがなかったのになどと会話。多くのかたを見送られたであろう施設のかたにも動揺があった。最後まで丁寧に仕事をしてくださって感謝しかない。

家から出ることもなかった専業主婦。著名人でもないごく普通に生活をし、ただただ長生きした祖母。ここで私が書き記してでもおかないと誰が追悼文をあげてくれるわけでもなし、記憶とともに偲ぶことにする。

いっとき書道が趣味で、家にいくつか作品がある。
なんて書いてあるかは読めない・・・万葉集とかかな?

最晩年

施設でも最高齢の102歳だが、頭のほうはかなりしっかりしていた。
入所されている方は70歳代でも痴呆と見受けられるかたもいらっしゃり、人の老い方には様々だと知らせてくれる。身内贔屓かもしれないが、101歳ぐらいまでは歩行補助具だけで自分でトイレに一人で行けていたのは、普通にすごいなとおもう。

耳は遠く、ほぼ聞き取れていないなかったのではないか。
最初のうちは会話はなかなか成立しないのだが、やり取りしていくうちに意思疎通できるのは、本人の推測による補完なのかもしれない。認知能力はたいしたもので、ホームでは掛け算とか漢字の読みとかを答える問題などがリクリエーションとしてあったのだが、正直、漢字などは高校生でも読めない子が半分以上いるぐらいのレベルの問題をやっていた。お花の名前の漢字シリーズなぞ俺だって危うい。

連れ合いの祖父に先立たれてからは100歳まで一人暮らしができていたというのが、そもそも驚異的なのかもしれない (しっかりしていたため要介護認定がとれなかった) 。もちろん、訪問介護やデイケアなどを利用しつつではあるし、別棟ではあるが私の店というか小屋や家があるので、目が届く範囲であったというのはあるが、足腰が立たなくなり呆けてしまうと、こうはなかなかいかない。

祖父の最晩年も頭は比較的しっかりしていたが、だんだん歩けなくなったり、電子レンジの使い方がわからなくなってしまった・・・とか、尻もちをついたとき立ち上がりかたがわからなくなってしまったとか、本人が自覚しながら自分の体の機能がだんだん停止していく。そんな風に老いがすすんでいった。祖母の場合は最後まで認知はしっかりしていた。死ぬのを忘れているんじゃないかとか、このままのペースでいったら120ぐらいまで余裕なんじゃないかとか思ったりもしたが、そんなことはないわけで、胃腸が機能不全におちいり栄養吸収ができなるパターンでいっときは個室で看取り待機となっていた。まあ、持ち直したんでそっから8ヶ月ぐらいずっと看取り用の個室だったんだけど。さすがに100歳をすぎれば時間の問題ではあった。最後は心臓が鼓動を。もしくは肺が呼吸を忘れたんだと思う。死因には老衰と書かれていた。

私の直系尊属はみなさん長生きで、102、98と99、95かな?
長命種のエルフとかドワーフなんじゃないかと思う。さしずめ母型がエルフで父型がドワーフかな。手先器用系だからって冗談だけど。単に医療技術の高度化が甚だしいのだとおもう。そして戦中を生き抜いた人たちの逞しさよ。現代科学は遠からず不老ぐらいは実現するかもしれないが、それはそれで恐ろしい世界だ。ご長寿老の人達をみてきて、長生きの秘訣があるとすればストレスのない生活と、不健康から離れていたからの結果でしかない。ストレスだらけで不調を抱え、欲望に飲まれ、ただ生きながらえるだけならば、それはそれは本当に恐ろしいことだ。胃ろうとかの延命治療だけは絶対にしないでくれとは俺が申し使っている両親からの数すくない希望ではある。

個人像

名前を「さい」と言う。わたしがごく幼少の頃は「さいは何歳?」とか、そんな言葉あそびをしていたな。
栃木の生まれで、「い」が「え」になるので、もしかしたら親とかは「さえ」と呼んでいたのかもしれない。あるいは「い」ではなく、「ゑ」「ヱ」なのかもしれないが戸籍上は現代ひらがな。ちなみに祖父は「ひ」が「し」になる江戸っ子なので子供の頃は二人にいろんな言葉を言わせるのが面白くてしょうがなかった。

祖父とは見合い結婚。両親だかが決めた結婚で、目黒雅叙園でやった結婚式だか、その前日に初めてあったと聞いた。結婚式当時どのひとが旦那かわからなかったと婆さん談。昔しっぽい。

そう、ドワーフ。
かつて士農工商に身分制度が別れていた頃なら双方間違いなく職人系の家系で、祖父方は金細工、祖母方は人形師だったと記憶している。(確認したら正式には農家?)
多分だけど、手先の器用さとか幾何系理解には遺伝要素がそれなりにあって、そういう職能目的で昔の人はインブリードしてたんじゃないかと思う。幾何系に興味を持つのはスキゾイドパーソナリティ障害(社会的関係への関心の薄さ、感情の平板化、孤独を選ぶ傾向を特徴とする人格障害)などと現代では分類されたりするが、職人像とか職人気質がまんまあてはまるよね。アスペかスキゾイドみたいなのしかいない理系男子は恋愛とかに興味が薄いひとが多いので、放っておくとオタク趣味に走るだけで結婚とかに興味を持たないことも多い。だから親というか家が適当に結婚させちゃうっていうのは、まあ、ある点では昔ながらの知恵なのかもしれない。孤独が好きっていう配向性をパーソナリティ障害とか言われてもねぇ。恋愛至上とか経済至上とかと別の世界線に混ぜても肉食に狙われるだけだし不幸だとも思う。

まあそんなわけで、祖父も祖母も喧騒とか怒りとか諍いとか妬みとか嫉みとかそういう負の感情からは程遠い人たちだった。家を建て替えるときとかに祖父母達とも一緒に住んだこともあるのだが喧嘩とかしているのもみたことがない。にこにこと穏やか。感情が平板とかいわないで欲しいな。

二竿の和ダンスを背にこたつを横に2つ並べ、電気ポットを真ん中に挟んで、ちょっと高くした座椅子に横に並んで座る。祖父が向かって右側、祖母は左側。七福神が揃いで宝船に乗っかってるぐらいの福徳さ。じいちゃんが縁側で一人囲碁の棋譜を並べているときは、ばあちゃんはお茶を飲みながらただ穏やかに眺めてたな。
私が子供の頃からお年寄り然としていて、そして亡くなるまでおじいちゃんおばあちゃんだった。

祖母の弟が家を訪れたとき、この二人を評して「なんとも福徳」と言っていたが、まさに言うて妙だとおもった。さすが人形師は言うことが違う。

さてこの、大叔父が来たときが私にとってはほぼ唯一の祖母方の実家家業を祖母以外から聞く機会だった。
祖父の金細工の商売はモノがモノなのでどちらかというと皇族とか華族、国外の王族とかが相手だったので戦争を挟んで贅沢品と禁止され、戦中は手先の器用さのために軍需に駆り出され、戦後はあれもそれもGHQに禁止されと、細工技術としては断絶した。生き残りはやがて時計メーカーとかに纏まっていって活路を見出したと聞いている。電気とか半導体とかもか。逆に人形のほうはそのまま職能として残り、なんか私が子供の頃はテレビCMとかしていたようないくつかの人形メーカーに纏まったと聞いた。最近は少子化の関係で産業事態もうないかもしれない。ひな祭り人形とか五月人形とかまだ職人さん達つくっているのだろうか? 上野の東側に仏壇屋と並んで専門街があった気がするけど、買ったなんて話しは、あまり聞かなくなったね・・・。

大叔父も、その時は、文化財みたいなすごく古い人形を直すぐらいだなぁと言っていたが、そういう伝統技術もやがては失伝していく。息子さんも継いではおられないそうだ。その時こられていた大叔父のお子さんは、数学だかの学者になったとかそんな事をいっていた。旧姓でciniiとかでググってもでてこないし違うんじゃないかと思うんだけど。まあ、ここでは本題ではないので置いておく。

旧姓を調べたら、全国人数400人しかいないみたいたので伏せておかないとね。もっとポピュラーな名前だと思ってた。ちなみに現在の姓は約7000人だ。そりゃ氏族としてはうちは繁茂はしねぇわな・・・。絶滅しかねん。

・・・。
英語だったら出てくるかなと調べたらなんかいっぱいでてきた。音でしか聞いてなかったから漢字を間違えていたみたい。こっちの漢字だと1700人はいるみたいだ。栃木に多いみたいだし、こっちか。ググったらインタビューとかが出てきちゃうし、ちょっと立場のある人みたいなので文中の特定に結びつきそうなところは遡り削除しました。ああ、出てきた顔写真の目元とかばあちゃんに似てるな・・・。・・・。ホロリとする。

兄弟間では、頭しっかりしていうるちにと別れは済ませ没交渉にするようなことを言っていたので、これからどこまで訃報をまわすかは悩むところだが、連絡先がわからないと思っていたので有名人だと少し助かる。

うちの雛人形は、人形だけじゃなくて、藁にさしこんだ人形の首がいくつもあるなと子供心に不思議に思ってたんだ。三人官女とかのさらし首かな、おっかねぇなと。お金がなくて体が買えなかったのだろうか。とか。だけど、そういうじゃなくてばあちゃんの実家が人形師だったんだね。さらし首にどんな意味があるのかは聞いておけばよかったな。・・・。ちょっと調べてみたけど、人形師でも頭師ってやつなのかな??

栃木の実家では家の中の土間のようなところに小川が流れていて、そこに金魚とかが泳いでいたそうだ。橋のたもとかなとも思わなくもないが、事実だとしたら風流なもんだね。どんなものだったのか見てみたい。

水道がなかった時分は家の中に小川を引き込んでいたものなのだろうか?
なんか富山あたりには今でも炊事場用の共同利用の井戸端小屋があるのを見聞きしたことがあるが、寡聞にして家の中を小川が流れるなどという屋敷は聞いたことがない。湿気で建物が傷んでしまいそうだ。いや、それを寛容するぐらいのなにかこだわりがあったのだろうか? 思えば自分も店に木を生やしてるし血は争えないのかも。

祖母は水戸黄門の「ちゃんばら」すら怖くてみれないレベルの怖がりだった。
驚くほどの心配性。
だから祖父が亡くなるのが怖すぎて見舞いにいけず祖父も呆れていた。いよいよ臨終というときに家のすぐそばの病院に駆けつけようというときも、何も聞こえないふりをして、どん兵衛にお湯を足しだしたときは、さすがにそれに付き合って自分も死に目に立ち会えないのは嫌なので置き去りにしてしまった。ごめんなさい。

祖父が亡くなれてから数十分後、ばあちゃんが遠方から駆けつけた叔母に連れられて病院に来た。祖母はただ家の前で待っていたそうだ。ただ、ただ、心配で、怖かったのだと思う。

召集令状の赤紙を片手に走って爺ちゃんを迎えに行った話しや、息子を栄養失調で殺す気かと医者から怒られ自分の実家に疎開させた話しなどは何度も聞いた。もしかしたらそういう経験が死に対する激しいトラウマになっていたのかもしれない。だけどもう何も心配はいらない。しっかりものの爺ちゃんもそばにいるはずだ。なんの心配もいらない。

この1年はコロナの影響もあり、ほとんど面会をすることもままならない状況であった。
面会にも予約が必要で、最大で1家族で2週間に1度という制限。面会も玄関のガラス越しにタブレットで最大15分のみ通話会話。亡くなれた翌朝も施設に行ったのだが、多くの家族が面会時間のため建物の外に列をつくっていた。

養護施設はどこも入ったら最後、認知症の老人がどこかにいかないような造りになっている。エレベーターのボタンを同時押ししなきゃいけないとか、下駄箱の中のひとつに文字ボタンがあって決められた順番でおさないと自動ドアが開かないとか脱出が困難なつくりになっている。だが、コロナ下ではそれに加えて入るのも困難な建物になっていた。ほんの気軽な訪問が多くの老人の命を奪いかねないのだから致し方がない。

うちからも近い施設だったので、1~2週間にいっぺんぐらい出荷のついでにちょっと足を伸ばして顔を見にいっていたのだが、この一年は数ヶ月に1度程度の頻度となっていた。ばあちゃんが事態を理解していたかはわからないが、さみしかったことと思う。

生前は、お正月の面会が最後か。緊急事態宣言がでていたので、ガラス、マイク越しの面会。 俺が生まれる前に閉店した祖父母がやっていた時計屋があるのだが、それを改修して、開けるねって話しをした。太宰治なども来ていたお店なのだが、シャッターを閉めたまま当時のまま数十年。だが家主が不在の1~2年で建物は人が住んでいないと途端に痛むのだということをまざまざ思い知らされた。風はときどきは通してはいたんだけどね。

ばあちゃんはできあがったら写真を撮って見せてねと言っていた。
間に合わなかった。見せられなくてごめんなさい。

その何回か前の面会のときは、俺が生まれた子供を紹介してくれた夢をみたと言っていた。 見せられなくてごめんな。

ばあちゃんのことだからあらゆることが心配だったに違いない。
だけれども何の心配もいらない。生きている人たちでなんとかするよ。心配しないで。だだ、すれば。