カテゴリー: コラム

  • 絵本の版数にみる高度経済成長期

    昨年の9月ぐらいにやった町中のお店で絵本の読み聞かせとかをやろうというイベントで、図書館の絵本がシリーズでどちゃっと届いて、ふと、奥付を見たら版数が100を超えていてビビったので思わず全部メモった。

    そのメモがいまごろでてきたので、そのままブログにあげてメモを捨てる作業をすなるものである。特に感想もないが、すこしばかりの驚きを共有できればと思う。

    14ひきのシリーズ

    タイトル 初版発行年月 重版数 (重版年月)

    あさごはん 1983/7 103版(2009/11)

    もちつき 2007/11 1版

    ひっこし 1983/7 94版(2009/10)

    こもりうた 1994/7 15版(1998/11)

    さむいふゆ 1985/11 89版(2010/1)

    とんぼいけ 2002/6 1

    ぴくにっく 1986/11 72版(2008/5)

    あきまつり 1992/10 36版(2008/5)

    かぼちゃ 1997/4 29版(2009/9)

    せんたく 1990/5 43版(2009/6)

    おつきみ 1988/6 58版(2008/6)

     

    絵本は図書館が購入した時期の版数であり、かならずしも現在の版数ではないことに注意。しかしながら子どもたちが扱うので「よく読まれる」本は定期的に買い換えられており、それなりにサンプルとして意味がありそうだ。

    テーマや時節が限定された回はあまり版数がのびないようだ。
    団塊Jrが跋扈していたころ1990年をまたぐかまたがないかで、重版数に大きな差があるように見える。

     

    それにしても定価1200円もの絵本で100版とか、一回の重版で何部刷るのだろうか。1版2,000部で印税15%だとか、なんかゲスい計算をしてしまいそうになる。フルカラー絵本だと一回の版数すくないのかな?

     

    とくに落ちもなく終わります。

     

  • ブラジルのナタル

    なんかskypeからWEBページつくってよとフリッカーにあげられた数枚のちっこい写真でなんとかしろっちゅう無理難題がとどいた。今月の通信制限に引っかかってしまったらしく、数Kバイトの写真をあげるのに数時間かかったとか泣き言をいっている。

     

    パソコンに詳しいことがバレると、ホームページ屋ではないと言っても世間のひとにとってパソコン直してとホームページ作っては避けられない道なので諦めよう。そんな人達のためにグーグルサイトというサービスは超便利だ。おぼえておいて損はない!

     

    さて、ページをつくれといわれたのだが、載せられる情報も写真もほとんどない。
    どうしていいかわからないので、他己紹介の記事でも書いておこうかと思う。

    どこまで書いていいかわからないけど、このホテル&レストランをやっている方は日本でも賃貸とかやられていて若隠居して世界各地を旅してブラジルの片田舎に辿り着いたひとだ。家とか店とか建てちゃうぐらいいいところらしい。
    日本人もいないとてものんびりしたところらしいが、ワールドカップがブラジルにきまり、日本戦がナタルでの開催になると聞いて日本人向けにホームページつくらなきゃといいだした。
    日本からいくには数十万円の旅費と、往復だけで数日はみないとけいない、なかなか遊びにいくにもハードルの高い地域だが、バブルに湧けば俺の旅費ぐらいでるのではないかと淡い期待をしている。が、たぶん出ないだろう。出ないどころか、多分いったら宿泊費とられるんじゃないかと思う。

     

    自分のいとこもいま仕事の関係でブラジルのサンパウロのかれこれ数年住んでいるのだが、先日会ったら、マンションの前の通りでは週に3回ほど強盗があるとか笑いながらいっていた。こわいところだ。だが、ナタルは平和らしい。ブラジルは広いね。

    オリンピックやワールドカップで脇の甘い日本人が旅をするなら、観光シーズンは治安は悪化はするだろうがそれでも、南よりは北をおすすめしたい。

     

    ま、いったことはないんだけれども・・・。いいところなんでしょ?

    ↓その件のサイト

    https://sites.google.com/site/natalbuzios/

  • 車椅子と負担と恩恵と

    車椅子にはウイリーした状態で静止できるぐらいのりなれてます。なんでそんな歪んだ方向になってるかというと理由は簡単で普通学級だったんですが小学校1年のころからクラスメイトに車椅子の奴が居たからです。(当時はいまみたいな車椅子ではないですが)

     
    小1の頃から体が不自由なやつがいる光景が日常だと、車椅子の人がどうこうということに特別感とかがまったくないですし、それをフォローすることに動機や理由もとくにいらんのです。大人になると、障害者がやれどうだとか、助けることに勇気や理由が必要になったり、率先垂範すべき社会規範として要求され、それを立場ある人間がおこなわなかったりしたら非難されることがあるため、打算や偽善的におこなわれたりすることがあります。

     
    だけれども、子供はもっと単純で、例えば外に遊びにいきたいときに友達がうごくのを待つぐらいだったら運んじゃえぐらいの感覚です。共助というものは、短期的には大変かもしれないけれど、長期的には全体としてプラスになるから生まれるのだと思います。だって障害者に十分にケアできるような社会だったら普通に生活するぶんにはもっと過ごしやすくなるし、みんなが楽しいほうが楽しいよね?

     

     

    その年代の子が観測できる範囲だとそれが日常だし、他の状態を知らなかったので比較しようもなかったというわけです。しかし、どうも世間の人たちは違うようだぞと感じたのは小学校三年のころ教育委員会だかから表彰されてからです。大人達から「偉いね」ということで呼び出され、もうひとりのクラスメイトと2人で表彰されたのですが、なんで褒められるのかもわかっていませんでした。しかも、その表彰式のときちょうど自分が足の骨を折っていて松葉杖で参加したので、お前がサポート受ける側だろ的な状態で参加したのもあるのかもしれませんが、褒められることにたいして何か複雑な感情をいだいたものです。

     

     
    で、乙武氏の銀座のイタリアン入店拒否の件。
    事の根幹は、銀座の寿司屋に女性同伴で入ったら「香水きつい」と追い返されてメンツ潰されたと怒ってる社長さんと同じぐらいにしか見えてなくて、俺も銀座に同伴でイタリアンとか洒落こみてぇゎーと思うぐらいどうでもよかったんですが、なんか変な方向に議論が高まってきているので、個別の問題はおいておいて、ちろりと書いておこうかなと思ったわけです。一応、飲食店もやってるし。

     
    まず、人、一人を2Fに運ぶということですが、これ、かなりしんどいですよ。
    おんぶとかでくだんの車椅子の友人を運べるようになったのは小学校3年ぐらいになってからです。最初は避難訓練のような緊急事態を想定して先生がいないときにクラスメイトだけでどこまで非難できるかということで行われました。通常は両肩を2人で支えてというようような形式でやっていました。
    自分と同じぐらいの体格の人を運べる”スキル”があるひとは、クラスに数名ぐらいしかいません。この比率は中学ぐらいになってもあまり変わりませんでした。それなりの体格と慣れが必要になります。段差移動をふくめ安心してまかせられる人となるとなにかしらのスポーツで学校選抜で大会にでれる程度の身体能力が必要になります。
    特に階段のくだりとかは普通に階段を降りるような降り方をしてしまうと、膝が二人分の体重移動に耐えらず、諸共落ちることになります。これは掛け値なしに危ないです。下にまわってフォローする人は体制くずして落ちてきた2人分の荷重に耐えられないといけないので、さらに力があって慣れた人がフォローにまわります。逆に慣れてりゃ1人でも運べます。よっと担いで上の階の椅子まで運んで、往復で車椅子もってあがるぐらいなもんです。車椅子はたためるので、軽量型なら女性でももってあがれます。
    乙武君の体重は軽いらしいですが、それでも30キロは超えるんでしょう?
    お米30キロ入りの袋を一発で2階まで運べる人が世間にどれだけいるのかわかりませんが、力自慢の健常者でも、かなり大変なはずです。樽ビールより重たいからね。そこの旦那さん! お姫様だっこで奥様を二階に運べますか?隣の部屋がせいぜいなんじゃない?しかも、せめても首に腕をまわしてもらわないと、腰やっちゃいますよね。よほどの体格差がないと大人でも厳しいんじゃないかと思います。

     

    で、もいっこ問題は車椅子。
    普通の車椅子にのってたのか電動にのっていたのかわからないけど、電動車椅子とかだったらまず持ち上がらないです。タイプにもよるけど80キロとかあるのをあげられるんだたら冷蔵庫でも運べるわ。増田ダイヤリーで乙武君を運んだという人が4人がかり+1人で車椅子ごと運んで腕ぷるぷるしたとかいう女子の記事があったけど、年代的に考えて、それ普通の車椅子じゃないかな?電動だったら4人がかりでも無理。
    10〜20年ぐらいまえは都内でもどの駅にもホームごとのエレベーターはもちろん、エスカレータも車椅子用の昇降機すらなくて、移動しようとしたら、駅員さんが4人ぐらいがぞろぞろでてくる時代がありました。完全自動改札になる前の時代で駅員さんがいっぱいいた時代ですね。
    神輿みたいに4点もってあげるやりかたは、階段の幅をかなりとります。一人あたりの荷重はすくなくて済むんだけど、不慣れな人に手伝ってもらうと車椅子の握っていいところがわからなくて、タイヤとかを握ったりするひとがでてきて、タイヤのロックが耐え切れなく外れタイヤがくるっと回ってスポークに手を挟まれてうぎゃーってなって手をはなして、みんながバランス崩してひっくり返ってなんてことは・・・まあ、ありがち大惨事です。なので運ぶのに比較的慣れている駅員さんでも4〜5名体制でやってくるぐらいの案件です。結構、手に車椅子の油(チャリの潤滑油)もつくし、料理の最中の料理人はやんないほうがいいんじゃないかな。

     

    乙武くんの場合、かなり体格差があるから、こういう普通の車椅子のひとが遭遇する「やってみたら出来なかった」とか「事故になった」ことがないのかもしれません。そりゃね、3〜40キロぐらいなら何かおきてもちょっとふんばれば耐えられたりしますからね。でも車椅子の人みんなそんなに軽いわけでもないし、上半身は健常者なみだとか、他の移動方法として彼のような選択肢がとれるわけでもないのでございますよ。
    なので、乙武くん水準でお店側に要求されるサービスが決定したり社会設備の議論が進んでしまうと結構おっかねぇなと思たのです。お店の人はお連れさん以上に事情わかってないんだから、連れが対応しきれない時点で無理ってもんです。

     

    某予備校に遊びにいったことがあるのですが、その予備校でその車椅子のやつらに乙武くんを紹介されたことがあるらしいです(覚えてない…)。なので多分自分と彼とは同じ世代だと思うのだけど、当時は、都内どこにいっても車椅子の人が簡単に移動できるような施設にはなっていなくて、電車での移動もそうだけど、連絡しておかないと駅間の連絡がどうこうだとかで、言ってもらわないと困るとか、見つかるといろいろ小言を言われた時代があったはずです。対応できないからと断られたりたらい回しされるなんてことはありましたよね?予備校選びだって学校選びだって受け入れてくれるところから探したはずです。本人は何もやらなかったのかな?

     

    そういう時代から考えるとかなりバリアフリー化してきたと思います。大規模商業施設などの法律の整備もすすんで障害者用のトイレや車椅子用の駐車場まで充実してきました。一方でバリアフリーを目指すために別のコストが生じていることも事実です。

     

    いくつか例を考えてみましょう。

    入り口の段差
    これは、うちのお店も入口に段差があるのですが、じつは、段差といっても無意味にあるわけじゃなくて、この段差がないと大雨が降った時などに浸水してしまうのです。関東というのは坂道が多い街です。古いいえなどは玄関にあがるのに1段、2段の盛土をしていることがあります。実際にその高さまで水が上がることがあります。床上浸水なのか床下浸水なのかがわかれているのがもし完全バリアフリーなら、常に浸水してしまうことになります。アスファルトで路面が覆われているので水も急にあがりますし、ゲリラ豪雨も増えています。このような背景をもつ土地柄に完全バリアフリーにするためのコストをカルフォルニアと比較してもだめでしょう。スロープに気が付かずに足腰弱った年寄りがのると後ろにひっくりかえるんだぜ?

     
    ドア
    ドアのほうがバリアフリーにしやすいですが、地震などでドアの開放部へ崩れや家具が移動してきたなどというだけで閉じ込められてしまうため、日本では古来は観音開は建築方法としては忌避されていました。こういうものは無意味にバリアになっているわけではなくて、その土地の知恵が詰まっているわけです。

     
    車いす使用者用駐車場
    駐車台数何台かに一台の割合で設置が義務付けられています。1mぐらい余分に幅があるのかな? この幅がないと車椅子を下ろせないので、重要な設備ではあります。でも、これをつくることで常時駐車できる台数が減ってしまったりするわけです。せっかく設備としては用意してあっても車椅子とか関係ない人が駐車していたり、そういう人が駐車できないように常時コーンがおいてあったりします。車椅子で車を運転する人も多いのですが、コーンがあったら同乗者いないと駐車できないから本末転倒なんだけどね・・・。

     

    盲人用点字タイル
    あの凸凹で歩道にびしーっと並んでいる黄色いタイルですね。うちの商店街の歩道にも並んでいます。必要なのはわかるんですけど、もともと狭い歩道であのタイル並べると歩きにくくてしょうがないですよね。雪かきも大変なんだ。車椅子や老人用の押し車、ベビーカーを押そうとすると、片輪がタイルの上にのっちゃうぐらいの幅しかないわけです。のらないようにするにはタイルをまたぐようにしないとならない。そうすると、こんどは軌道変更ができなくなったり、歩く人達がすれ違えなくなるわけです。そういうのがめんどくさくなって点字タイルがない裏道を通るようになったりするわけですねw 盲人のひとが通るというレアケースに車椅子が通るレアケースをぶつけてもしょうがないんですが、だれかのバリアを解消しようとして、よかれと思ってやったことが今度は違う誰かのバリアになることもあるわけです。

     
    負担と恩恵とを秤にかけて、ちょうどいいところでバランスとるしかないですよね。だいぶいろいろなバリアが解消されてきたと思いますが、なんというかまだまだ過渡期だなーと思うわけです。こうしたほうがいいよねという負担と、恩恵がまだまだバランスされていない。
    今回もお店のエレベータが利用できないことでおきたトラブルでしたが、事前に連絡があればマンションの管理組合とかと交渉して借りることもできてトラブルにもならなかったのではないかとすら思います。かといって、いつもエレベーターを利用できるようにしておくと、こんどは不貞の輩が窃盗や押し売りなどをするといったバリアも取り払ってしまうことになる。
    お互いに譲歩できないから、衝突が生まれるわけですが、今回のケースは外野がどうこいうまでもない、どーーーでもいいケースで双方譲歩の余地は山ほどある。だけれども、コミュニケーションの行き違いから生まれた今回レベルの事案にたいして、このケースだけを解決するために対策を訴える人たちがでてきていて、その対策やらをすると、今度は違う人が困るようなことになりかねないので、そんなわけで、なんとなく書いてみましたよっと。

     
    *参考

    乙武騒動で考える;差別禁止に事情や理由は関係ないと言う主張について
    http://www.anlyznews.com/2013/05/blog-post_21.html

    障害者側からみる乙武氏入店拒否問題
    http://d.hatena.ne.jp/marumieseijin/20130519/1368982704
    障害者側からみる乙武氏入店拒否問題その2
    http://d.hatena.ne.jp/marumieseijin/20130521/1369120014

    >> そして乙武氏一人に「障害者のイメージ」を背負わせるのも、間違ってます。
    あ、そうそう、多分おれはこれがいいたかったんだとおもう。

    追いオリーブオイル これが、もこみちスタイル!

    乙武洋匡さんがTRATTORIA GANZOの店主高田晋一さんに追いオリーブを投下
    http://kabumatome.doorblog.jp/archives/65748153.html

    乙武氏ツイートの銀座の店に行き、店主に取材しました
    http://kasakoblog.exblog.jp/20523301/

    【乙武洋匡公式サイト】「イタリアン入店拒否について」

    OTO’s Mail


    小さな飲食店は障害者の人に対応する余裕なんて無い
    http://anond.hatelabo.jp/20130519044709

    乙武さんを2階まで運んだことのある人間として
    http://anond.hatelabo.jp/20130520221917

    乙武様のご来店お断りについて。
    http://ginzaganzo.com/info/444903:title=ginzaganzo.com/info/444903