サマータイムやるくらいなら和時計復活させてパニクろう


アイディア社長が会社を潰すとは昔しから言われている格言。

政治家なのか、官僚主導なのかはわからんけれども、サマータイムとか、軽減税率とかを思いつきなのか、思い込みなのか、勘なのかわからん論拠で導入しようとするのは何故なんだろうか。愚かしいにもほどがある。思いつきで度量衡、統治の根幹にかかわる部分を動かせば国が潰れるというのに。

最近は制作決定の現場にもエビデンス・ベースド・ポリシー・メイキングって言葉が出てきたそうだ。いいことだと思う。エビデンスベース(根拠に基づいた)はIT界隈だとバグフィクス(障害を取り除く)だったり、なぜそのような設計にしたのかと言明することができるための基本となるものである。

ここ10年ぐらいは教育設計の現場でもエビデンス・ベースド・ラーニングとか言われるようになった。教育についてはほとんどの人間が実体験というエピソードを持っているため、あーじゃねぇこーじゃねぇ言いやすいし言われやすい。だから、かならず根拠に基づいた議論が必要になる。逆にエビデンスも持たねぇ主張はただの体験談披露でしかないので相手にしなくていいとまで言われている。

日本の政策決定は悲劇的なエピソードや、体験をもとに都合のいいデータをチェリーピックをして一律悉皆に適用してしまっうことがままある。100人に一人の悲劇なのか10万人に一人の悲劇なのかを無視して、センセーショナルさを利用して全体設計にまで手を伸ばして変更するのは、うまくいっている部分までをぶち壊す可能性がある。エビデンスがないために穴を塞ぐことで対応すべき類の問題と全体問題の切り分けができないのだ。エビデンス?ねぇようんなもんみたいな流言飛語でことをすすめてはならんっちゅうのに。

「政治がエビデンスベースドではなくエピソードベースドになってしまっている」という趣旨のことをネット動画番組の中で言っている議員さんがいたが(自民党の平将明議員だったかな)、まぁ、そのとおりだなと思う。

 

エビデンスベースドから、さらに現代的な開発手法になると、テスト・ファーストという考え方になる。政治でいえば特区とかレギュラトリーサンドボックスにあたるのだろうか?テストをしなければエビデンス(証拠)を積めないのだから、肝要なところでは必ずテストを実行してその結果に基づいて設計をするのは当然のことである。ちなみにサンドボックス開発もIT界隈が発信の言葉だとおもう。

テストもせず並行稼動もせずに全国一律悉皆に一括リプレイスを試みるのは蛮勇ですらない。

 

 

サマータイム

さて、サマータイムについてである。

ヴァぁぁっっあああああかぁぁああじゃやねぇええええのおおぉおぉ!!!??ああぁあぁん!!?

 

EUがここに着てサマータイムの廃止を検討しようかというタイミングで、日本でオリンピックを契機にサマータイムを導入しようとかいう話しがあがっているそうだ。

重ねていうが、ホント馬っっ鹿じゃねぇの!?

コンピューター・システム界隈の導入の困難さは改めて言うまでもないレベルで困難であることはもう言い尽くされていると思うが、普通にこれを進めようとする人の中で、サマータイムに切り替える現場経験を持つ人やサマータイムが便利だというエピソードでもいいから体験を持っている人はどれだけいるのだろうか?

経験・勘に基づいているならまだいいが、経験すらない人が海外ではサマータイムがあるらしいぞ、省エネになるかもしれないぞ程度の聞きかじりと思いつきで言い出しているだけにしか見えない。軽減税率は経済が低迷、崩壊するぐらいだがサマータイムのような無邪気な改暦は統治のシステムが崩壊する程度に愚かなことだとおもう。

親が比較的高緯度の国で赴任していたので、そちらの国に行った折、サマータイム変更のために家の時計を変えたりする役目を負ったりしたのだが、本当、めんどくさい。サマータイムが従来あるような地域ですら、めんどくいのぅと思う程度にめんどい。サマータイム切り替えボタンもない日本では家庭も企業も耐えられる気がしない。俺も耐えられない。

 

時を進めるのはともかく、戻したりするのが困難な時計はおおい。日付をあわせるために一年分まわさなきゃいけないやつとか。また内部時計など表面に見えない時計や、おまえ、こんなところに時計もってたんか!!というものが山程あるのだ。

 

家庭で考えてみる。

部屋ごとにある置き時計や掛け時計、身につけるタイプの腕時計。最近だと冷蔵庫やキッチンタイマー、コーヒーメーカー、給湯ポット、給湯設備、電子レンジにも時刻表示はついているし、オーディオコンポなどにもついている。ウォシュレットはどうだろう?あれも冬場は便座を温める時間を調整したりしているので時計がついているものがある。留守番電話機能付きの固定電話とか、エアコンのリモコンとかが電池の数、コンセントの数だけあるのだ。PCやテレビは最近のはNTPに対応しているから対応しなくてもいいかもしれないが、そんなものはごく少数だ。ぜひ、サマータイムやってもいいかなと思う人は身の回りの時計だけでもいいので数えてみてほしい。

これらの時計を実際に一時間すすめて、戻してみればいい。時間の合わせ方なんて買った時にマニュアルを見てやって以来やってなかったものが年二回×時計の数だけくるのである。とてもじゃないけれども、やってられん。

 

事業所だとこれに、レジスターだの社用車だのIT界隈のみんなが心配しているコンピューターシステム界隈がかかわってくる。そもそも日本が大好きな帳票系のシステムでサマータイムに対応しているものは無いはずである。もし、時刻を表示しているレシートなどのデザインにSTとかを表示する余裕をもってデザインされているものがあれば教えてほしいぐらいだ。表示系だけ切り分けて実装がするのが一番手数すくないとおもうけれども、どこかの誰かさんがいうように、数行なんかで済むわけがない。まちがいなく、ソフトでもハードでも対応できず運用でカバーしてくださいとかいう意味のわからない現場負担になる。

まだある、ローカルインフラだと街路灯とか防犯カメラとかの時刻物理でだれが合わせるんだよ??

本当、現場勘のないやつがあげる狼煙は信じられないものがある。なんでテストもせずに全体デプロイしようとするのか。バカジャネーノのダルセーニョ。

 

太陰暦と不定時法

明治政府がグレゴリオ暦に改暦したのは明治5年のこと。財政に貧した明治政府が一ヶ月分の給料をケチるためにやっただとかなんだとか、諸説あるが導入まで1月で改暦をおこなったために社会的に大混乱したのは歴史上間違いない。

それまで日本は幕府の天文方が太陰太陽暦を定めていた。

月の満ち欠けは万人が時計をもたない中世、古代において、誰でも夜空を見上げればわかる暦である。

また農業をするにも漁をするにも、潮汐は害虫の発生や産卵のタイミングが関係するので、生活に必要でかつ重要なものであった。

ただ、月の満ち欠けでは地球の1年の公転周期とズレが発生するため、1年を正確なものとする閏月の挿入による調整が必要であったというわけだ。これは天文方などにより計算され調整されてきた。

現在の歴も、ひと月が28日だったり31日だったりするが昔しの皇帝が誕生月だから日にちを増やせとかやられたいいかげんなもんである。28日×13ヶ月にしておけば364日なのだから正月の1日で一年の補正できるのに13ヶ月にしないのは単に宗教的な理由かな?

 

さて、日本は暦だけでなく時刻の考え方も現代とは異なるものであった。

時代劇や落語の時そばなどでも「いま何時だい?」のように、江戸時代以前の時刻の考え方と現代の時刻の有り様が違うものであったと薄々気がついていても、具体的にどのように違うのかを詳しく知っている人は少ないかもしれない。和時計について学校で習ったという人もいるが、自分は習った記憶はない。

日本の時刻のほうはもっと独特で、正午の9からはじまって8、7、6、5、4と減って、午前の9つとなり、また8、7、6、5、4となる。まさかの for(i=9;i=>4;i–)  デクリメントだ。

 

一日を昼と夜のふたつにわけ、それぞれを6刻にわける。暮六つは日が沈む時刻、明け六つは太陽が登る時刻に決まっている。つまり、夏と冬とでは一時間の長さは現在の定時法からみると異なるのである。

太陽が出てる時刻を6等分して時刻とするものであるのだから、まさにこれが日本版サマータイムというべきものである。冬は時が経つのが早いというが、物理で早いのだ。

日の出や夕暮れに寺が鐘を鳴らして知らせる時刻であるから、正午を強調して鐘で時刻を伝えるにはこれがフェイルセーフなのかもしれない。9始まりのデクリメントで時刻を数え、しかも、一刻の長さが違う。ちょっとSI単位系もまっつぁおな難解さがあるかもね。ここらへんなんでこうなったのか詳しく知らないのでいろいろ見てみたが、和時計についてしっかり書かれてるサイトでも、そこまでは書かれていなかった。

www.jcwa.or.jp/etc/wadokei.html

 

現代の科学技術からみても春分・夏至・秋分・冬至で一日の時刻がかわるような不定時法を時計として実装するのはとてつもなく大変なことだ。この和時計を機械で作ったことで有名なのは、からくり儀衛門と呼ばれた、後の東芝の創業者でもある田中久重である。

toshiba-mirai-kagakukan.jp/learn/history/toshiba_history/clock/project/skill_j.htm

その土地々に根付いた暦に基づいて活動するというのは、数千年の生命の生体リズムを考えると、もしかしたら必要なことなのかもしれないと思う。自律神経的な意味だったり、生殖活動だったり、万年発情期といえども人間も生き物なので潮汐にはかなり影響をされるはずだ。和暦を取り戻すと、地震や天候のような地球科学などにも大きな発見があるんじゃなかろうかとも思う。

 

白夜に近く夜中まで明るい高緯度の国の文化を、沖縄と北海道で2時間も日の出の時刻が違う日本に適用するのは本当ナンセンスだと思う。そんなのをやるぐらいなら、東と西でタイムゾーン分けなよ。とか、官公庁だけ始業時間就業時間変えればいいじゃないとか。どこかの実証実験特区でサマータイム導入してどのような効果があるのか確認するのが先でしょうがと思う。

時刻が周りとずれるから駄目とか、そういう言い訳があるのだとしたら、それは一斉転換でも同じ混乱がおきるのだから、よい実証になるよね。

 

日本でサマータイムやるぐらいなら、いっそ和時計復活でもさせなよ!と火を吐いたら、「冬場と夏場の3分でカップラーメン伸びちゃうじゃんか」と言われた。あぁ、そうかも。でも、ま、暦をいじるっていうのはそういうことだから。

 

・・・。
もしかしたら、冬場はお湯の温度が冷めやすいから、冬の抽出時間を長くするために昔しの人は考えてのこと・・・とか考えたけれども、そもそも昼と夜で秒数が変わるからそんなこともねぇか。

 

余談

自分が生まれる前のはなしだが祖父は時計屋をやっていた。太宰治とかがお客さんだったらしい。

金細工職人だったのだが、公家とか皇族が相手だったので戦後は商売ができなくなり時計屋になったと聞いた。現SEIKOの服部時計店とかに一族はjoin inしたのだとかなんだとか。なんとなく和時計とかでてこないかなーと期待してお店を漁ったこともあるが、柱時計がいくつかあっただけだった。

 


穢と女人禁制とお相撲


外見だけ似るだけで悟る人がいない時代のことを末法というそうだ。伝統や作法、様式というものは経験から合理を悟ったものにより体系化されるものが多いが、時が経ち様式を真似るばかりで形骸化され、真髄から遠のけばまさに末法の世。悟るものなしの世の中である。

大相撲舞鶴場所で、土俵上で多々見良三市長(67)があいさつ中に倒れ、心臓マッサージなど救命処置をしていた女性たちに、女性は土俵から下りるようにとの場内アナウンス

主催した実行委員会の説明では、会場に待機していた消防署員が自動体外式除細動器(AED)を持って処置を交代したため、日本相撲協会の関係者が「下りてください」とアナウンスしたとしている。

 

実行委員会の説明は、現場からそのように報告され説明したのかもしれないが動画で検証されるご時世にこの言い訳はあまりにつたない。

 

土俵上で挨拶の最中に倒れた元医師である市長。駆けつけた緊急救命中の看護師でもある女性に土俵は女人禁制だから降りろと場内アナウンス。呼び出しをするだけの予定であったアナウンス担当の行司にそこまで責任を求めるのも酷ではあるが、よい機会なのでいろいろ検討してみよう。

 

救命曲線

女性はわずか数秒で取り囲むだけの人をかき分け、初見で心肺蘇生の救命処置を開始している。歴戦がなせるすばらしい判断力と行動力だ。

卒倒の原因を考えるに大別して貧血、脳卒中か心臓だろうが脳か心臓かは素人目には(プロにも)区別がつかない。一次救命処置としては、「意識も呼吸もなければ、原因にかかわらず、まずは胸骨圧迫心臓マッサージをする」のが正解だそうだ。

ドリンカーの救命曲線やカーラーの救命曲線が示しているとおり、救命処置開始時間が早ければ早いほど生存確率があがる。今回は衆人環視のもと倒れた&市長が元医師で仲間の看護師が来ていたという不幸中の幸いが効いて、この対応の速さなのだろう。市長も命に別状はないという。通常はこうはいかず、後遺症がのこったり生命を落とすことになる。

どうみても場数を踏んでる救護処置中の女性を退けさせるような行為は、この場合においては生命維持装置を外すようなもので、結果によっては保護責任者遺棄致死や殺人罪に問われてもおかしくない。アナウンスのタイミング的には後から駆けつけた直接救命には携わっていないスカートの女性達に気がついて言ったのかもしれないが、緊急救命は交代でおこなわれるべきで、ここでも判断を誤っていると言わざるをえないのだろう。

 

近代国家は、罪刑法定主義のもと運営され法律に反するルール、例えば奴隷契約を科すような従業員規則などは無効となる。規範や習慣も同様で、たとえ信教の自由が認められた権利だとしても、それは法の範囲内においてであり、生贄として殺人をおこなえば法により罰せられる。

 

ある特定の組織の規範が法律の上にくることはなく、もし、組織内の金科玉条を法律の上におけば、不法団体である。暴力団や狂信化した宗教団体のように、法体系から公然とはみ出る組織でないならば、改善するべきであろう。閉鎖性、集団凝集性が強い脳筋組織だと、うっかり法の枠を越えても気が付かないことがある。伊調馨選手におこなわれたパワーハラスメントのレスリング協会もそのたぐいかもしれないですな。

 

 

横綱 男女ノ川

女と相撲で思い出すのだが戦前、戦中、男女ノ川という横綱がいたそうな。おとこおんなでも、だんじょでもなく、みなのがわである。

この横綱、なんと我が家のお隣さんだったらしい。

空襲の匂いが色濃くなってきた頃、この横綱のお屋敷が道を挟んであったで横綱の屋敷があったので敬意をはらって家を離して建てたと聞いている。この横綱、選挙に出たりなんだりして、身を持ち崩してしまったり、いろいろ悲壮感漂うお話しがあるのだが、それはまたのお話。ググると伝え聞いている話しと違う感じなのだが、本を読んだわけでもないので、おあずけ。

相撲界に伝統があるとすれば、横綱が引退後しくじることなのかもしれない。

 

女人禁制と興行

神事の相撲もあるかもしれないが、木戸銭(入場料)が儲けられているのであるからそれは興行である。神事相撲と勧進相撲はわけられるべきものだろう。江戸時代には「一年を二十日で暮らすよい男」と謳われた力士も、いまでは全国津々浦々年中興行三昧である。こんな過密スケジュールじゃぁ格闘スポーツ化も厳しかろう。

慣例として女性が禁じられているもののなかに、歌舞伎役者がある。歌舞伎も始めは出雲の阿国という女性がおこしたものであった。河原で踊られていた歌舞伎も、やがて劣情を催す踊りに過激化し、抱きに行けるアイドルが如き遊女の見世物になり、売春巣窟となってしまった歌舞伎茶屋にたいして幕府がとうとう役者の女人禁制を言い渡したのは1629年のことである。

 

相撲という言葉も史書に最初に登場するのは采女による女相撲であったそうだ。

これも1648〜1673年頃には、勧進相撲、辻草相撲が幕府により禁じられている。女性が裸にまわしをつけて相撲をとったり、女人と男性盲人による取り組み、男女が裸で観客に劣情を催すように相撲をとるなど過激な見世物と化した結果、禁じられてしまったのだ。

その後、勧進相撲は再び許されるようになるが、女人禁制はおそらくそのころの自主規制の賜物であろう。興行でとにかく人を呼ぶことだけに気をくばれば、「ノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチ」のようにひたすら過激化していくよりない。うちはストロングスタイルで売っていますんでグロいのもエッチなものもないですと言明するのに女人禁制は便利な言葉だ。

 

ルールの形骸化

女子高生youtuberが道行く人におっぱいもませて捕まるご時世になってしまったが、View数稼ぎたいやらかし素人が無茶をするように、ルールは自己抑制できない人には必要なものだ。

賢者は歴史に学ぶというが、賢者は稀にしかいないから賢者なのであって、だとすると大半のものは体験に学ぶのが常道だ。細かい失敗の体験や失敗の共有は有意義。

ルールや法が厳しすぎると、事件が未然に防がれてしまうので、やらかしは減るが、結果への接触が減るので、なんでそのルールがあるのかわからなくなる。山火事がおきていない地域の山火事は大規模になりがちだ。ルールの緩和と、そこでやらかされる体験を繰り返して人類はちょっとづつ前にすすむのがよいのではないか。

 

各地の風変わりな俗習にしても、それがなす効用をわすれると、様式だけ伝えのこすことになる。

形骸化された習慣、型だけ残ってその真意は忘れられてしまうものである。

なんで男女で相撲をとってはいけないのかとか、子供にかんたんに言い含めるのが難しいことでも、女人禁制だからとか、神様が怒るからとか、宗教を利用して規範化するのは洋の東西歴史を問わずおこなわれてきたことである。ダメなものはダメに次ぐ便利ワードがそこにはある。

 

穢(けがれ)と神道

まず日本は明治維新という反乱革命があったことを思い出さなければならない。

明治維新の神仏分離によって廃仏毀釈運動をおこなった背景には、幕府(前政府)が寺請制度、過去帳などで住人を管理していたため、それをそのまま利用すると幕府の影響力を排除しきれなかったということがある。そこで、明治政府は神社を寺から分離独立させ、氏子制度をつくった。神社の祭神改めもおこない、二礼二拍手一礼のような参拝儀礼もこの当時様式統一されたものである。

神道自体はとても古いものであるが、明治維新により一旦一つの宗派(国家神道)にリセットされたような状態である。様式の形骸化や真意の断絶もこのとき進んだものと考えられる。

 

神道の「桟れ思想」では「死」「血」「出産」をそれぞれ「死桟(=黒不浄)」「血桟(=赤不浄)」「産桟(=白不浄)」という桟れとみなし,忌避する。そのさい,桟れには,触れることで伝染するという「触桟観」が古くからあったことから,黒不浄や赤不浄,自不浄の状態にある人々を一定期間隔離するという習慣があった。 [相撲における「女人禁制の伝統」について]

現代のバイオハザードな観点からみても、病原菌やウイルスの感染から守るために、物理的封じ込めである隔離は最も効率的かつ初歩的な正しい選択肢である。

電子顕微鏡もなかった頃に、百万分の1メートルの菌や、十億分の1メートルのウイルスを人間がみつけることはできないが、発酵や醸造の先進国である日本は、それらをノウハウ的に蓄積していたのかもしれない。お酒の醸造において、コンタミ(汚染)を避けるため、納豆(枯草菌がうつる)を食うなとか、今でもそういうノウハウ生きているのではないか。

 

死桟、黒不浄

死亡の判定は医学が発展した現代でも医師にしか許されていない、それなりの技能を必要とするものである。

いわんや中世をばである。死者が蘇った、棺桶の中から出ようとした跡があるなどの怪談奇談が伝わるのは日本だけじゃない。

 

人が死ぬときの原因は、現代のように心筋梗塞や癌などではなく、よくわからないものを食ってとか、流行り病にかかってとかそういう原因が多かった。

ペスト以前、抗生物質も死体を焼くというバイオハザードに対する生物学的封じ込め方法をもたなかった時代、宿主が死んでしまうほどまでに培養された菌や強力なウイルスは、まさに死体からも接触感染していた。現代においても、エボラ出血熱が西アフリカでなかなか収まらない理由のひとつに死者に触れて弔うという俗習が悪さをしているのである。知識があり完全防備の医療団ですら感染者がでる強力な感染力を持つウイルスの前に無防備すぎる。

正体不明の原因で病死した死体は、近代設備の整った監察医でも油断ならぬものであろう。

天然痘、結核、ペスト、コレラ、赤痢、チフス、マラリアを前に、中世において取れる技術は隔離と熱湯消毒、アルコールや塩を撒く、ぐらいしかない。

神道では修祓式で、酒や塩で清めた大幣(おおぬさ)で頭を払うが、本当に物理的にハタキのように大麻ではたいていたら疫学的にはそれなりの効果は見込めそうだ。現代のクリーンルームにはいるときのエアシャワーのようなもので、口に近い部分を手を使わずに払うことには大きな意味がある。

神道には手や口の禊の様式が多いが、こういうのも効果的である。手水舎での最後に柄杓の柄の清め方などを見るに、これが中世から教育されていたのであれば、公衆衛生的には大きな効果が見込めそうだ。

 

血桟、赤不浄

血液をタブーにしている宗教は多い。ゾンビ映画だと、噛まれたり体液を浴びたりすると感染するパターンがあるが、これも当たり前で、ウイルスの感染経路がそのようなものに代表されるためだ。

肝炎ウイルスのように、経口感染、傷口などを通じた血液感染があげられる。AIDS、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)は皮膚からの接触感染や飛沫感染はしないが、血液感染する(精液や母乳は血液が変化した体液)。血液に百万分の1メートルの菌はいないが、十億分の1メートルのサイズのウイルスはいるのである。ウイルスに皮膚を突破するような運動組織はもっていないが、傷口や、目や口、性器などの粘膜からであれば感染できる。

 

日本の中世において、屠殺が穢多の専業であった理由には、倫理的忌避感以上に、中世より世界でも最も人口密度の高かさを維持するために生まれた、おそらく公衆衛生的な合理的理由があるのではないか。

インドにいまだのこるアウトカーストにも屠殺や糞尿汚物処理を専門とする職業があるが、吐瀉物や糞尿もまた病気の元(ウイルス)の塊なのである。日常的に触れていれば、活ワクチンを日常的に打っているようなもので、ウイルスに低曝露しつづけるとその獲得された免疫から病気にはならないかもしれないが、そうでない免疫をもたないものが触れてしまうと感染する恐れがある。現代で言うならインフルエンザに感染しているのに、発症しないまま歩き回るスーパースプレッダーだ。ゴム手袋もなかった時代、触れると穢れる(触れると伝染る)はある意味で正しかった知見なのではないか。

菌は塩で殺せるケースがあるが、ウイルスを不活化させるのにはアルコールや、またはただ単に洗い流すことが有効である。土俵のそばにはそのどちらも用意されている。

ただノロウイルスのようにアルコールが効かず塩素系でしか不活化できない場合は、中世は為す術なしだな。ま、現代もだけど。

 

産桟、白不浄

初宮参りは生後31〜33日の頃におこなわれるので、白不浄はこの頃にあけるものだと考えられる。新生児が自己の免疫を獲得をするのがちょうどこの頃だと考えられる。

新生児がこれより前に人混みにでたりしてしまうと、まだ免疫を獲得していない赤ん坊や、産褥期(産後6~8週間)の母親には身体生命にかかわる重大な問題となってしまうだろう。

穢はまるで、そのものが汚れている、ご不浄かのように扱われるが、できるだけ触らない、隔離することで守られる命もあるのだ。

 

感想、その他、参考等

触らぬ神に祟りなしというが、どんな強烈な菌やウイルスも触らなければおおよそ障ることもあるまい。古の賢人の知恵は大したものだと思う。穢れとかになってしまうと、歴史的にセンシティブなので、あまり深掘りされないが科学と俗習はいちど突き合わせをするべきかもしれない。

今回の大相撲の女人禁制や、穢は、先人が後人達の命を守るに役立つであろうから作った戒めで、よりにもよって、それをつかって生命を危機に晒すようなことはしちゃならねぇと思うのでござんす。

 

人種差別や、職業差別につなげてはいけないが、どのような理由があってそのような俗習や慣例がうまれたのかを想像することは大切だなとおもう。

もしかして昔しから砂糖が豊富にあれば、土俵に撒くのは怪我の治りも早く殺菌効果もある砂糖だったかもしれないしね。

 

参考URL

ミックスファイト
ターザン後藤&デスピナ後藤VSリッキー・フジ&工藤めぐみ戦が、日本国内で初めて行われたミックスファイト
ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%88

 

相撲における「女人禁制の伝統」について
s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/bitstream/123456789/933/1/59-1-zinbun-06.pdf

女相撲
ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B3%E7%9B%B8%E6%92%B2

末法思想
ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AB%E6%B3%95%E6%80%9D%E6%83%B3

救命中「女性は土俵から下りて」 大相撲巡業、市長倒れ
www.kyoto-np.co.jp/top/article/20180404000146

意識も呼吸もなければ、原因にかかわらず、まずは胸骨圧迫心臓マッサージを
www.j-circ.or.jp/about/jcs_press-seminar/index06.html

「史上最弱の横綱」一代記
www.enpitu.ne.jp/usr6/bin/day?id=60769&pg=20070527

出雲阿国
ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%BA%E9%9B%B2%E9%98%BF%E5%9B%BD

ドリンカーの救命曲線
www.daiichi-g.co.jp/hotai/info/educare.asp?cd=070302030000


生産性の変革で戦争はおきた


あけましておめでとうございます。年初そうそう重テーマ。

昨年はAI元年だったなー、だとするとまた産業革命がおきて生産余剰とかがうまれるのかなー。余剰がかさなると戦争になるのかなーー、とか、漠とおもったんだけど、なんでそういう結末になったのかよくわからないので言語化。

IT革命、人工知能により生産性の革命がいままさにおきようとしている。
かつて生産性に革命がおきたときどうなったのか?

 

おサルの生産性

去年の干支でもあったサルは自然菜食であるので、サルの生産性イコール「自然からどれだけ食料を確保できたか」である。サルの生産性が高まり、群れが充分な食料を確保できると個体数が増える。

群れを構成できる自然限界数(ダンパー数)は50頭程度であるそうなので、これを超える前に群れが分裂する。

サルの時間移動距離は時速数百メートル程度で、縄張り圏内に別の群れがあると生存競争のために生死をかけた争いが生じる。ちなみに人間などにより給餌がおこなわれた場合はボス猿が誕生するそうだ。なわばりが衝突しても餌が充分にあるからかな?

 

人間のダンパー数は報告によると148名であるそうだ。

狩猟採集から農耕になった約1万年前より定住し社会構造を得た。縄張りが重複するのでこちらも「ボスヒト」が発生する。ま、豪族、館を中心とした、氏族により利害調整をおこなわれるような感じ。ボスヒトのボスが誕生し、さらボスヒトのボスのボス(ヒトキング!)が誕生し立憲君主制に至る。中世までキングの役割は収穫地、農地獲得のための領地獲得が戦争の主な目的であった。

 

人間の時間移動距離は街道が整備されている状態で時速4〜5km程度。詳しく調べていないのだが、おそらくこの時間内移動可能距離圏内に郷(村)が形成されてきたはずだ。高低差がない場合30キロが1日の歩行移動可能圏であるので、江戸期など中世における街道における宿場などはこの単位で整備されており、それにともない宿場町が形成される。後の中核都市。

職業軍人が生まれる前まで戦争は農閑期におこなわれた。この当時の戦争はこのままでは食い扶持に困る若く血の気の多い余剰人員の処分先でもあった。勝っても負けても口減らしの合理がある。この理はサルの時代のそれとあまり変わらない。

近世。ヒト類は「空気からパンを創る」科学技術の発明により自ら食糧問題を解決した。短時間あたりの移動可能距離も格段に伸びて食料問題はエネルギー問題になった。農地問題が解決されたので、都市化がすすみ、限界までつきつめた最密構造の居住空間でも生活を送れるようになった。群れの利害は食料から快適さに移行した。
企業は、子会社化や事業部制をとり、擬似的な群れをつくることでダンパー数をなんとかこえないように合従連衡をおこなう。争いは企業間による経済戦争や政治家による利益誘導に代替されるようになった。

だが、武力を伴った戦争もまだ人類の歴史から戦争がなくなったわけではない。
争いの目的はなににシフトしたのであろうか?エネルギー??快適さ??他人を使役できる経済力??

 

ヒトの近世

ここ300年ぐらいの歴史をざくっと考えてみる。

  1. 生産性の大規模改善により人口増、社会に対して多くの余剰人員が生まれる。
  2. 余剰人員が新たな技術を開発したり科学を探求したりして産業を興す。
  3. 産業構造の変革により継代事業は立ち行かなくなり、新興が台頭し旧家の多くは没落する。
  4. 社会保障としての公共事業や公共事業的性質の兵用がおこなわれる。
  5. 新天地に移民政策、棄民政策がなされる。
  6. 戦争が大衆から望まれるようになり大規模戦争。文化衝突。

 

1700年代 農業革命(輪栽式農業/新大陸からのじゃがいも流入)で農作物の生産性の大幅改善。
1800年前後 産業革命で自動紡績機、蒸気機関の発明。
1810年 缶詰の発明
1811-17年 ラッダイト運動
1857年 生産余剰で穀物価格が急落、世界恐慌
1914年 第一次世界大戦

 

ヨーロッパの超長期人口推移

www2.ttcn.ne.jp/honkawa/9010.html

 

2〜300年前は世界的な天候不順や噴火による飢饉(1839天保の大飢饉 1845ジャガイモ飢饉)があったので、戦争以外に人口増を抑制する因子が多くあった。新大陸アメリカ(1776年ごろ〜)やニュージーランド(1830年ごろ〜)、オーストラリア(1770年ごろ〜)への移民も多く出たので生産余剰や余剰人員を新天地の開拓に転用できた。もっとも新天地では恐ろしく多くの命が失われたが・・・。また、黒人奴隷の輸入により経済で他人を使役することもできた。

 

 

日本についてみてみる。

人口の超長期推移

www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1150.html

 

おもしろいのは農業生産性が大幅に向上し、これだけ人口が増えた日本において、江戸末期(5000万石=150Kg×5000万=750万トン)と現在のお米の生産量(798万トン)がほとんど変化がないことだ。一石は一人の人間(一日3合)が1年食べるのに必要な量だという。お米のみが基準になった場合、750万人が日本の適正人口だが、ま、食料は米だけではないので江戸末期には3,000万人が居た。
江戸末期は男性の平均身長は155cmと栄養状態はあまり芳しくなかったが、今は栄養状態を改善したうえに12,000万人分の口を糊することができている。これは、畜産業や水産業の進歩、そして海外からの食料輸入ができるようになったからだ。

 

1839 天保の大飢饉(長期の天候不順、東北の冷害) → さつま芋、じゃがいも、かぼちゃなど
1849 伊豆韮山反射炉、1850 佐賀藩鍋島築地反射炉
1858 日本開国(日米修好通商条約)→ 金銀貨為替による財の流出、紡績などの技術の本格流入
1868 明治維新 → 蒸気機関、鉄道、人口爆発
1870 ガソリン自動車の発明
1876 電話の発明
1878 電灯の発明
1903 航空機の初飛行
1906 アンモニア合成の成功(人工肥料)
1908 ブラジル正式移民開始
1914 第一次世界大戦
1931 満蒙開拓移民開始
1939 第二次世界大戦
1939 核分裂実証実験
1945 原子爆弾投下

技術革新による遠洋への進出、長期保存可能な食品加工技術、鉄道の敷設により内陸部の食糧事情も大幅に改善。内陸部では余剰生産人口を絹産業などのの産業に向けることができるようになった。
さらにそこからも余る余剰人員は満州や、中南米への棄民政策とまで揶揄された移民政策で、解決しようとした。家長制度下で相続できなかった次男、三男などが新天地を求めて旅立った。また工業化により、集団就職など農業以外の仕事でも食っていくことができるようになった。

第一次世界大戦まではそれは功を奏し、日本でも人口は爆発的に増えた。人々に豊かさを享受し。そして戻れなくなった。で、次の戦争が望まれた。第二次世界大戦はエネルギー問題に端を発するものである。

人が人を殺せるようになるまで誕生から最低でも15年かかるが、技術がヒト殺しの兵器になるまでは数年。論理から実証に10年。民生化に30年といったところかな。戦争は生存競争であるため科学技術を大幅に押し上げてきた。技術が押し上げられたから戦争がおきたのか、戦争がおきたから技術がおしあげられたのかはわからん。

んー。なにが言いたいかわからなくなった。ま、少なくとも人類は第二次世界大戦により、大量生産が可能な工業化と核エネルギーを手にいれることができた。戦争で磨かれたレーダ技術は漁業に転用され、戦後の高度成長期の胃袋を支えた。

 

ヒトは余るのか

多くの先進国において人口の抑制政策はうまくいっている。

少子化対策がおこなわれた結果ではなく、少子化対策を行った結果が現在の少子化なのだと思う。

我が国の総人口の推移(出生中位(死亡中位)推計)

www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/whitepaper/measures/w-2015/27webhonpen/html/b1_s1-1-2.html

 

内閣府のデータ。母体数の減少をみないまま出生率をコホート無視した人口に掛けているので、低位の出生率でもちょっとシナリオがちょっと甘すぎるんじゃないかとおもうんだけど、今回はちょっとおいておく。そのうち計算してみたいな。

日本の場合は人口オーナスがついて、これからかなり激しく生産年齢人口を減らす。老齢化は深刻ではあるが、だが、同時に希望でもあって、もし革命的な技術革新がこれからあったとしても生産余剰力は生まれないだろう。

むしろ、豊かな暮らしを維持するために都合のいい労働力がほしいぞとばかりに移民をさせろとか言っているぐらいだ。しかし、これは技術革新で解決できる余地がある。足りないのがわかっているものは手がうてるが、余りそうなものはなんともできないのだ。

 

realtime.wsj.com/japan/2011/11/15/%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E4%BA%BA%E5%8F%A3%E5%8B%95%E6%85%8B%E3%82%92%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%88%E3%81%A7%E7%A2%BA%E8%AA%8D/

 

natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/080600214/
世界の人口は約73億人で、2050年までにアジア、アフリカで主に増え97億人にまで増加する見込みだ。

最近、百年ぶりに新たなアンモニア合成方法が発見された。材料科学や遺伝子改良技術は、不毛地帯を農地に変えるだろう。温暖化が悲観視されているが、植物には朗報だ。人類はあとちょっとくいっぱぐれずに生きれるかもしれない。

だが、人はパンのみに生きるにあらず。

小人閑居して不善を為すというが、ただいたずらに人を貯めれば大きな戦争もおきよう。
無用人間の絶望感は戦争に向かうのだ。日本ではない、いくつかの経済大国ではその気配がある。

 

わかっててやってそうだから、質が悪いよね。

人工知能のまえに等しく無用途人間に争わなくていいだけの些細な用途を。

 

参考

徒歩旅行
ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%92%E6%AD%A9%E6%97%85%E8%A1%8C

 

石 (単位)
ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3_(%E5%8D%98%E4%BD%8D)

 

2100年の世界人口は112億人、国連予測
natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/080600214/