coinhive公開意見書の事前公開


coinhiveについて意見書なるものが求められてると聞き、ちょろりと書こうと思ったのだが、技術者と呼ぶにはロートルなので公開する。それは変じゃねってあったらコメントつけてください。・・・ロートル。英語かとおもったら老頭児、中国語なんだね。らぉとぅ儿か。びっくりだ。

私は誰か

2000年初頭、新卒から技術職が50~100名程度のちいさなソフトウエア開発会社にプログラマー技術職として勤めていた。スペシャリストや部長職などを経て、子会社の役員CTOなどもやったが、ご多分に漏れずSIerと呼ばれるシステム開発業界隈から身を遠ざけ、緩く喫茶や小売業をまったりやる個人起業をし十数年になる。

技術職であった期間より、もはや商店街で部長をやっている期間のほうが長くなり、プログラマーとしては疑問符がつくようになってしまったが、おかげさまでICT界隈の技術には理解がない人達へ説明をする能力は得ることができた。

自分で手を動かし、ある程度のソフトウエアは設計から実装まで仕上げることができたが、前線からは離れているので先端技術者としてのスペシャリティはない。だが、プログラマーが集まるコミュニティの運営をしているので技術者の声は今でも聞くし、三鷹市界隈のICT事業者をあつめた協会の理事もやっているので経営者の声も聞く。ついでに言うと三鷹市の情報推進の委員などもしているので行政の意見も聞く機会があり広範囲に情報は得ているほうだと思う。

そのような観点からcoinhive騒動についての意見を申し上げたい。
なお、これからの意見は会社や組織を代表するものではなく、あくまで個人の意見である。おさだまり文言。

論点項目

・行為の主体
・刑法としての解釈
・coinhiveの評価と程度の問題

行為の主体

商店主にプログラミング言語を説明しようとしたら、ぴ~ひょろろというFAXが発する音のようなものを発声するのだと言う人が居たが、これを読まれる方は、そのような層よりはパソコンなどの操作について馴染みがあるものとして話しをすすめる。

プログラミングとは、簡単に言えばコンピューターが動作するにあたり、どのように挙動するかの指示を列挙した指示書のようなものである。

指示の中で別の指示書を呼び出したりするのが最近のプログラムでは常なので、そのため連鎖反応のように自動で実行されているように見えるものもあるが、あくまで実行の主体者は辿れば最初にそれを実行した者に行き着く。

正常系であれば実行者が居て、それを実行可能な環境が揃うことで実行結果を得ることができる。
異常系であれば機械などハードウエアの異常が不随意に発生したもの、または製作者も意図していなかった挙動、実行者の意図を欺いて実行されるものなどが考えられる。

多くの人が無自覚におこなっているホームページ閲覧という仕組みの正常系を技術的に考えてみると、閲覧者はまずホームページを保管しているサーバーへ閲覧したいという要望(リクエスト)を投げる。サーバー側はそれを許可し閲覧者にアクセスさせる。閲覧者はそれを自身のパソコンなどに持ち帰り自身のマシンで指示書を翻訳し実行し、閲覧を行う。

ホームページの提供者は閲覧者がいつ来てもよいように、家(サーバー)の鍵(ポート)をあけて待機状態(リッスン)にしておき、ときにはそのリクエストに応じてサーバー側で演算して実行結果として渡してあげる必要がある。最初に問い合わせをし閲覧許可の要望を投げるのも、それを実行するのも行為の主体は閲覧者である。閲覧者の指示を契機にしておこなわれる。

刑法としての解釈

いわゆるコンピュータ・ウイルスに関する罪(不正指令電磁的記録作成等)についてであるが、coinhiveはこの定義からは外れるものと考える。実行形態を見ても実行結果をみてもそもそもコンピューターウイルスの定義に当てはまらない。

coinhiveなどを利用し、ホームページ提供者でもない第三者が他者のホームページを書き換えマイニングスクリプトを設置したり、閲覧者がリクエストもしてないのに保存させたり実行させたり、なにかを騙り詐謀しユーザーにマイニングをさせるマルウエアやウイルスは存在する。しかし、それらのものと今回のWEBデザイナーがWEBサイトの部品としてcoinhiveを設置したものは手続き的にも技術的にも明確に区別できる。

今回の場合、ホームページ提供者が設置したものを閲覧者がリクエストして、それに応じてファイルへのアクセスを許可したものであり、またそれを実行したのも閲覧者である。

閲覧者はそのホームページのURLにアクセスすることで構成する索引(インデックスファイル)を取得し、その索引から閲覧するために個々のファイルを取得する。閲覧者の意図はホームページ全体を完全な形で閲覧することを前提としており、その意図に添った動作を行っているといえる。

プログラムや提供されるホームページを著者の著作物だと考えれば、著作者人格権うち同一性保持権は適応されて然るべきであろう。公衆送信権をサーバーに委譲しているに過ぎない。

もし、閲覧者の意図がホームページの完全な状態の実行ではなく、作者が意図しない形で閲覧をしたいのであれば、その閲覧者の意図に沿ってHTTPリクエストを逐次段階的に処理していく必要がある。TCP/IPのプロトコル(決まりごと)はそれを可能にしているが、手順が煩雑になるために、閲覧実行時(ブラウジング)に実行権限を委譲することでブラウザーがリクエストと応答をまとめて代理処理されている。

一般的なホームページ閲覧ソフト(ブラウザー)はjavascriptの実行を許可しない設定に切り替えることができるし、httpプロトコルをブラウザ任せにしなければ、その取捨選択をおこなう機会は失われていない。
インターネットを構築する技術仕様はRFCで公開されており、それに則ったやりとりの範囲でおこなわれる。しかも今回の件は、ブラウザが許可した範囲内でしか動けないJavaScriptの話しである。ページを立ち去れば終了するのだ。

仕様上そのようにはなっていないので、閲覧者側に気がつく機会は提供されなかったものとは言うことはできない。その機会をブラウザに権限委譲することで煩わしさから逃れているのだ。現代において一般的なホームページ上でも数えられぬほどのJavaScriptが動いている。もし、chormeブラウザを使っているならF12ボタンを押せば、現在どのようなファイルを取得して実行していて、ネットワークの状態などを検証することは容易に確認することができるだろう。確認してみるといい。そのうちいくつが閲覧者の意図に沿ったものだろうか?ホームページ設置者すら意図していないものもあるかもしれない。

coinhiveの実行はホームページの閲覧には不必要な挙動であり、正当な理由のないものとの意見、解釈もあるだろう。だが、ホームページ提供者の意図を閲覧者が定義することはできない。製作者が意図する完全な状態はcoinhiveを含むものとする著作者意図を閲覧者側の閲覧したいものの意図に沿わないから不正な電磁的記録であるとしてしまう危険性を今一度考慮する必要がある。

著作物と閲覧者が異なる人物である場合、閲覧者の意図を過不足なく斟酌して、著作者が著作物を用意することはできない。閲覧者の意図によって、その内容が不正指令電磁的記録になるのであれば、その影響範囲は現行のインターネット上の仕組みの根幹にも影響する。

インターネット初期の頃、ホームページを開くと自動で音楽が流れるようなサイトも多くあった。現在の流行りはサイトを閲覧するために動画広告を強制的に視聴させるようなホームページも多い。
これらの動画を流すために、見えないところで広告をより効率的に見せるためのトラッカー、アクセス解析などが動いている。情報を取得しユーザー上のマシンリソースを使用している。coinhiveと、広告などとの違いを社会的コンセンサスという不確かな定義のものの上に置いてしまうと、技術的にはそれらを区別することはできなくなるだろう。 欧州のGDPRのおかげでcookieなどはオプトイン形式になり可視化されつつあるが、 認識されていないだけで見えていない広告関連の仕組みは実に多い。ユーザーには一見認識することができない非常に多くの構造体が目に見える仕組みを支えている。

ホームページ提供者が閲覧者のマシン演算力をより多く必要とする部品を設置することにマナーとしては諸説紛々あるやもしれないが、これをもってコンピュータウイルスの定義を当てはめるのは定義を拡大しすぎである。

coinhiveの評価と程度の問題

ホームページの維持管理のためには、閲覧者が24時間いつきてもいいように電気をつけて待っている必要がある。経済的利益の確保はホームページ更新の動機になるばかりでなく必要な経費であり正当な理由の範囲内として考えることができる。 というより設置者が得られる利益も、閲覧者に見込まれる不利益もはたして公の議論にあたいするほど影響があるほどボリュームがあるものとは考えられない。いったいいくらの経済被害がこれによって生じうるのか。捜査や公判維持にいくらの経費をかけているのか。

coinhiveが問題となったのは、おそらくは、ホームページ改ざんなどで他人のホームページにそれらを埋め込むウイルスが流行ったことによりウイルス対策プログラムのパターンファイルに登録されたことをきっかけにウイルスと誤認されたことをきっかけにしているにすぎないように思う。また、仮想通貨のマイニングといういかがわしさが拍車をかけているのだろう。

だが、いちWEBデザイナーがホームページの部品として設置できる程度のものに、刑法犯に問うべきような過失や未必の故意がありえるだろうか?

いったい閲覧者に幾らの経済的損失を与え、幾らの不当な利益を得たというのだろうか? ホームページ閲覧中の滞在時間、javascriptがブラウザ上の割り当てたメモリ内とCPUの優先順序で動ける範囲で消費できる電気料金?数円、よくって数十円、どんなにがんばっても数百円もいかないだろう。見込める利益も予見の範囲、たかが知れている。

coinhiveで逮捕されたと話題になった当時、評価のため、オーストラリアのユニセフが設置したcoinhiveにアクセスしたり、通常のサイトと閲覧比較をしてCPU利用率などを比べてみたことがある。

下記は、量販品のメーカー製パソコンでCPU50%でcoinhiveを回したときのCPU可動遷移率だ。

次の画像は動画が再生される毎日新聞社のニュースページのCPU可動遷移率。

CPU稼働率の上限を制御できる分、coinhiveのほうがまだ閲覧者のPCには優しい。 電気泥棒だなどと非難する声もあるが、動画広告は閲覧者の時間泥棒である。通信帯域も食うことから、中継機の電気も食うし、その後のハードディスクの保存量も食う。 個人的にはホームページ閲覧の滞在時間なども勘案すればCPU利用率を2-30%ぐらいに絞ってくれるのならば動画広告より歓迎すべき未来のようにも思える。

画面のはじっこでチラチラ変な動画がぴょこぴょこしていたり、得ようとしている情報とは関係ないPR情報が記事に割り込んでくるのは苦痛なので、こういう収益化手段の遷移は歓迎したい。

たしかに仮想通貨マイニングはうさんくさい。coinhiveも終了した。だが、分散コンピューティングは将来は公益に資する可能性が大きくある。

いま人類を悩ませている新型コロナウイルス(COVID-19)。この解析に分散コンピューティングのFolding@homeプロジェクトが動きはじめている。
だがどうだろう、もし誰かが、これらをブラウザ上でも動くようにするプログラムを書いて、ホームページ上に置くことでこれらの解析に貢献できるものを作ったら? 日本では設置した人も、設置できるコードを書いた人も刑事罰の対象として逮捕されてしまうのだろうか。もしされないのであればその違いはなんであろうか。罪刑は法律が規定する範囲で運用されるべきもので、刑法犯については特に慎重に検討願いたい。

その他引用とか参考とか

BOINC is used by many volunteer computing projects.
boinc.berkeley.edu/projects.php

【寄稿】コインハイブ事件 意見書ご協力のお願い
www.hacker.or.jp/coinhiveopinion/

違法マイニングとされたcoinhiveの法と技術のはなし
kuippa.com/blog/%e9%81%95%e6%b3%95%e3%83%9e%e3%82%a4%e3%83%8b%e3%83%b3%e3%82%b0%e3%81%a8%e3%81%95%e3%82%8c%e3%81%9fcoinhive%e3%81%ae%e6%b3%95%e3%81%a8%e6%8a%80%e8%a1%93%e3%81%ae%e3%81%af%e3%81%aa%e3%81%97/

新型コロナウイルスの解析、分散コンピューティングで誰でも参加できるように 「Folding@home」が対応
www.itmedia.co.jp/news/articles/2003/15/news015.html


プログラマーズカフェ10周年


この6月でプログラマーズカフェが10年を迎えたそうな。まったく気にすることもなく普段どおりだったのだけど、10年一昔で何も変わらないといえば何もかわらないし、いろいろなものが変わったといえばいろいろなものが変わった。

10年前の 2009/6/4 に三鷹プログラマーズカフェβと称して第一回が三鷹産業プラザにて開催された。
そこに行けば技術の話しができる誰かがいるという、ふわっとした会で、発表したいことがある人はLT(ライトニングトーク)で発表すればいいし、もくもく自分の作業しててもいいし、まあ好きにすればいいよというゆるゆるの会である。平日昼間に都内からみれば辺境の三鷹で開催という会だったのだけど、初回は50人以上100人近い人達がわさーっと集まって泡を食った記憶がある。

それから、2013年4月ごろまで毎週木曜、計184回開催するというクレイジーな期間を経て、そこから武蔵境の武蔵野プレイスで毎月開催した。次回以降は3ヶ月ごとの開催にペースを落とす予定だ。

プログラマーズカフェを始めた当初はまだ都内でもIT系の勉強会もほとんどなく、フリーランスという働き方も珍しい時代。当時は三鷹市が推進していたSOHO(スモールオフィス・ホームオフィスの略)政策や三鷹のIT関係の事業者団体(これも当時はシステム開発会社が商工会では理容室などのサービス部会に所属したり、土木建築の工業部会に所属したりとばらばらであったために、ITはITでやりましょうやということで始まった業界団体。)の理事を自分がやっていたことなどもあり、

「IT技術者の人たちが集まれる会をやりたんだけど。」
「平日昼間ならどこかしら場所開いてるし、いいよ。」

という、お話しのわかる、大人な方たちのご助力と、運営にご協力いただいた皆様のご助力で開始することができた。ちなみに当時開催場所にしていた三鷹産業プラザとは三鷹市が出資した第三セクターの企業が管理するインキュベーションなどもかねた施設である。

当時はリーマンショックの後遺症が深刻化して、会社がばったばた潰れている頃で、おもに技術者派遣系の会社の社長さんが、社内で技術者が余っているんだけど・・・という話しを聞いたのも開催動機のひとつだ。技術者を社内で遊ばせておくなんてもったいないな。いろんな技術がガンガン生まれてるんだから合同で勉強会でもすりゃいいじゃない、というのもあったのだけど、やってみると従業員を得体のしれないただの茶飲み話しにいってきていいよという危篤な経営者の人はほとんどいなかった。

かわりに集まったのが平日昼間に集まれる結構とんがった人たちだった。

平日の昼間に三鷹に来れる人というのはどういう人達だろうか。
本当に様々だ。小学生から古希まで。バリバリのエンジニアから、失業中、転職活動中の人、学生、これからプログラミングをはじめてみたい人、すでに隠居している人、これから起業したいひと、すでにひとやま当て終わった人、駄菓子屋さんと呼ばれるような人から、もう、あれやこれやごった煮にしてゆるゆるびんびんにしたのがプログラマーズカフェなのだ。世間界隈ではマニアックすぎる話題でも誰かが反応することもあるし、ああ、あの話しねみたいな話しで談笑できるぐらいにレンジだけはとにかく広かったように思う。ただ、世間一般の「勉強会」だと思ってこの会にうっかり来て愕然とするパターンも多かったようにも思う。

参加したその回にどんな発表があるか、話題があがるかなどはその回の参加者の顔ぶれででしかないので、毎回なにがおこるかはわからない。本当にしょーもない話しだけで終わるときもあれば、踏み込んだLTがいくつもある回も超稀にだがあった。

三鷹で184回+武蔵野はざっくり72回。お? 計256回?
atndに参加登録されている三鷹分をざっくりsumするとのべ531人だったようだ。 常連さんはほとんどatnd登録もせずに着てたし、夜に開催してた大きめイベントも何回かやったので、武蔵野分もあわせればユニークでも千人は超えるであろう人たちが参加しているのではないかと思う。あんなサービスやこんなサービスをつくった中の人達や、あんな本やこんな本の著者なんかも来てた。今日はすっごくディープだったねなんていう回もそりゃなくもない。

数時間の本会のあと、カフェなどに移動して二次会三次会をして夜までずっとあーじゃないこーじゃないだべっていて、まるで大学生のサークル状態なのである。技術やビジネス経験がついているぶんかえってタチがわるいかもしれない。

この10年で時代がすすみオープンソースとかが一般化して本格的な商用に耐えるようになると大きい企業体に属していない人でも小資本でそこまで高くないスキルでもフリーランスという形で独立ができるようになった。都内では勉強会もテーマを絞ったものが盛んに開催されるようになった。
プログラマーズカフェを始めた当初はなかったコワーキングスペースという業態までいくつもできるほど、フリーランスという業態も一般化し昨今は働き方改革の関係でさらにこの流れが加速している。

三鷹から武蔵野に移動し毎月開催にしたのは、このコワーキングスペースが実験的に開業し、どうもいけそうだねと商業的に本格的のローンチされたことで、ひとつの時代を超えたからだ。集まるならコワーキングスペース作ったから、参加者から金あつめて使えと、でも、ま、そこまではできないなと。まあ、いい加減、追ん出されたともいうが。

10年前と比べて、プログラミングをめぐる環境は変わっただろうか。
小学校でプログラミングを教えるという話しはあがっているが、なんと紙のノートに穴埋めでするんだみたいな、笑えない話しもあがっている。この10年ネタには事欠かないほど、絶望する話、希望にわく話し、いろいろな話しがあった。3歩歩くと忘れるショートメモリのせいで、まったく具体例をあげて紹介できないのが残念であるが、日本にいる技術者諸兄はやるときはやるので、プログラミング界隈の未来もほどよく幸せなものになるのだろうと楽観している。

最近はろくなプログラムを書いておらず元プログラマーというレベルになってしまった。紅茶屋は黙ってタピオカ屋でもやっておけとの会の皆様からのお達しだが、きっとそのうち、なにか愉快なことができればいいですね。稀からはじめて類をなす。


中小企業! はい、技術で返してくださいね。


与太郎さん100年未来を考える


有識者とかお偉い未来学者とかが考える100年先の未来とかは公演されてたり白書になったり本になってたりする。でも商店街のおっさんが現場で働く感覚で予想する未来予測ってあまりない気がするので書いてみることにした。きっかけは先日の三鷹でおこなわれた「100年先を見据えたまちづくりを考える」から。

想像力たくましく結論から言うと、多分人類は海洋に都市をつくってムー大陸とかアトランティスとかニライカナイとか名付けるんだと思う。・・・こう書き出すと、読むの辞められちゃいそうだけど結構真面目。でも与太話。どっちだろ。

人口推計は人類が予測しうる未来予測のなかで確度の高い予測。これをベースに100年前はどうだったのかを考えながら未来がどうなるのかを考えたい。あと、今ファクトフルネス読んでるのでちと影響うけてる。

子供

日本固有の問題ではなく東アジアでの少子化は苛烈。特に韓国、中国は日本よりその人口動態の変化速度が早い。 日本では1920年代は100人の労働人口に対して子供40人だったが現代は20人。待機児童問題などと言われるようになったが子育ての社会負担は減っている。世界でも子供の数は頭打ちになっているので、人口増加は近いうちに平衡に達するだろう。

離島性仮性知的障害のように、幼児が接触しうる人間が少ない離島や僻地だと知的発達に問題があるという研究がある。園庭がある幼稚園とない保育園ではその後の運動能力にどのような差が出るかを調べた論文とかは見つけられなかったが、園庭の状態で運動能力には差がでるという調査はあったので、それなりの影響があるだろう。ざっくりとした感想だが、ある程度子供が集まるところ、かつ、体を動かすことができる場所で育てたほうが良さそうだなという仮説が立ちそうだ。

おらが商店街は今年度は2件の保育育児施設加入があった。 保育園などが子供を遊ばせる公園はあちこちにあるし、1〜2キロも行けば井の頭公園やもっと自然に近い野川公園など巨大な公園もある。うちの街では子供の未来は明るそうだ。相乗効果でもっとよくなるだろう。フィードバック効果がありそうなので、悪いところは余計悪くなるかもしれない。

老人

うちのばーちゃんは100歳だ。100年先の未来というと途方もなく先な気がするけど齢100を前にすると大して未来でもない気がしてくるから不思議。

100人の労働人口に対して、1920年は老人10人だったのが現在は40人に増えている。2050年ごろには従属人口指数は120となる。

梅崎 昌裕「現代社会に生きる人間の生態」ー公開講座「人間は進歩しているか?」2014

10:2だったものが10:12になるということのは今までと同じやり方は維持しようもない事を意味する。解決手段は老人を老人でなくすか、掛ける人手や費用を1/3にするかである。
費用1/3については、努力とか工夫、人件費の安い国から人を入れたぐらいの伸長では達成しえない数字なので、無人化などイノベーションを起こすよりない。

単純平均ではなく、高齢者になるまで存命した人の平均を考えると現在でも女性は平均90まで生きているそうで、老齢期になってからの生活が40年もある状態だ。QOL、健康寿命を伸ばすために廉価で簡便な再生医療が開発されるだろう。強化外骨格のようなウエアラブルな補助装身具も汎用品になるかもしれない。・・・100年だとサイボーグ化とかバイオロイド化は無いと思うんだけどどうだろうね。あるか。あるかも。

労働と職業

労働は経済的価値を産まなくなる。
現在の多くの生産活動は人を介在させない無人化する方向にある。人間は居てもその人の能力に依存させないよう交換可能なモジュールとしての労働力にするよう務められている。

過去から参考する。産業革命で1ヘクタール耕すのに人類は下記のような進歩をたどった。

人間 400時間 194,000キロカロリー
畜力、牛(2頭) 65時間  31,525キロカロリー
トラクター(50馬力) 4時間   2,400キロカロリー

産業革命でこの99人は失業し、別の職業に従事できるようになった。大量生産品などの企画、製造、販売に従事だが、IT革命でこれらからも99人が失業することになるだろう。
商店街からも物売りのお店は消えていく。新規開業はそのほとんどがサービス業になっている。人間という労働力が必要な職業は、反復が少なく適時対応が必要なものだ。商売とは税務署的定義では反復継続するものなので、反復しない商売をしなければいけないという背反は経済的利潤を得にくくなることを意味する。

経済的利潤を得るためには労働資本を貨幣に変えるのではなく、金融資本に働いてもらうほうがますます高効率となるのは間違いない。個人的にはどうかと思うが、まぁ、歴史からすると然り。富める人はますます富む。まあ不健康な人はますます不健康にぐらい当たり前の事ですな。行動をあらためるか生活習慣をあらためるかぐらいの話。

通貨

ブロックチェーンとかがもてはやされてるけど今はまだ未熟で未完成なものに見える。と言っても、貨幣経済の歴史を振り返っても、金本位制から抜けて、現在のマネタリーベースとかの世界的な積み上がりを見ると、ここらへんもう制度疲労だよね。

企業価値を評価する手法がある。同じように社会資本や教育資本など、いままで貨幣経済のものさしの上にのってこなかったものをバリエーションする方法が開発されるだろう。ブロックチェーンみたいなピア方向の評価によるものなのではないか。お金では買えないものなんだよ!っていう思い、将来はもっとふわっとせずに他人に伝えることができるようになるかもね。

例えば価格があってないような美術芸術品などは、現在取引発生時に競りによる貨幣評価が行われているが、これが貨幣に兌換する必要がなくなる可能性がある。
トレーディングカードゲームなどで、一度中古販売店に売って金にしてから別のカードを書い直すより、カード同士で交換されたほうが、価値の毀損がないよね。貨幣という共通利便性と分散と信用の変化は大きくあるとおもう。

国家観

自由貿易を取り入れた共産主義や、監視統制をひきたがる資本主義など、お互いがいいところ取りで発展していくのであれば、国際間の通貨制度のアップデートと同じようなタイミングで、なにかしらの全球的なシステムが導入されるかもしれない。

イデオロギーの問題もあり、もし世界的な移行がおきても日本やその他先進国ではその移行は遅行するかもしれないが中堅国が牽引してくれることだろう。シンガポールポジション。EUやTPP、ASEAN経済共同体のように、貿易経済圏ができて、国家間の衝突も避けられるようになれば、国という枠組みは、市や県や州といった地方自治組織の一つのレイヤーとなりうる。日本も一律悉皆的に地形も人口密集度も産業も違う地域に同じシステムをデプロイするのは非効率だ。憲法のアップデートよりもハードごと替えた方が早いってなるかもね。

法律

日本の法律は目的が1条一項に書かれてたり書かれてなかったり、修正修正のバッチだらけだったり、改修も100年単位でできていなかったりする。動いているんだから触るな状態。法律もコードと言うが、同じコードでもプログラミングで言ったらコーディング規約すらない糞コード集だ。

運用でカバーされてたり、バッドハックや判例法などで動いてしまっている面も多くあり、こういう大規模システムはシステム開発に習えばぶっちゃけ更新できない。できるわけがない。憲法はこれらの最上位にある基底OSのようなもので、俺の感覚では更新できたとしても小手先の表現だけで、リファクタリングすら困難なのではないかと思う。小さい改変でも影響範囲がでかすぎるのだ。
明治維新みたいに既存のシステムをディストラプトして更新なんて荒療治をせずに、ソフトランディングさせようとするなら、システムの並行稼動をするよりないと思う。それは、特区制度のような部分的なものぐらいが精々かもしれないが、動かしたこともないシステムをローンチするよりは混乱がなくてすむ。

江戸時代の北町奉行所、南町奉行所みたいに最初から輪番制にしておいて、システムを冗長化しておいて並行稼動させておけば、アップデートも簡単なのにね。現在法律はその国の自然言語で書かれているけど、これはコンピューター、ことAIには判読させづらいから、100年内には論理記述に変わると思う。裁判官の仕事も変わるだろう。

移動・流通

おらが商店街はちいさい病院が多く遠方から年寄りがくるのが大変だからミニバスを通してくれと先生がたが息巻いている。健康な人だとバス停行くより歩いて駅とかまで行ったほうが早いぐらい路線バスのバス停離れてるんだ。ミニバスも通ってるんだけど、なぜか路線バスと同じ路線を通ってるらしく意味がない状態。行政はめんどくさいから変えたくないのもわかる。文句もでるだろうしね。

でも、100年先を考えたら自動運転さすがに来てるよね?
幹線道路と生活道路を明確にわけて、車両侵入禁止にする道路とかを法律で区分の準備はもうしないと数十年先にも間に合わないんじゃないかと思う。パーソナルモビリティももしかしたらドローンタクシーみたいに空を飛ぶようになるかもしれない。そうなってくると落下したときのために、電線の上にネットを貼ってこの上を飛びましょうとか、そういう既存インフラの再利用がなされると思う。これも日本は世界から15年ぐらいは遅行しそうだ。 できれば一部都市だけでも先行してがんばってもらいたい。がんばれよ!

化学

これから100年先、いや30年ぐらいかな?もっとも変化が激しいのは化学合成の世界だと思う。 今まで五里霧中の試行錯誤であったものが、莫大な演算力の獲得で力技によるシミュレーションができるようになる。試行錯誤速度の爆速化はこれは創薬や有機合成、素材化学のような分野に効いてくるだけでなく、いままで巨大化してきた化学プラントのような製造の現場にも効いてくる。この業界におきることはかつて鉄鋼や造船といった業界に起きた小型化、モジュール化が待っているのだ。

例えば今まで化学肥料などの製造に必要な窒素固定は膨大なエネルギーが必要であった。これに耐えうる構造のために湾岸部に巨大な工場を作らざるを得なかったが、小屋サイズでそれらが一気通貫に製造できるとなれば、消費地生産が可能となる。これはかつて街が炭鉱で賑わったというような、都市構造変化をもたらすだろう。

生物

再生医療のようなわかりやすいものだけでない。
生物の中には、深海の熱水鉱床という数百度の温度で活動する細菌などがいる。熱水で壊れない蛋白と、水素原子1個で動くような生体モーターをもっているわけだ。鋼鉄より硬い蛋白を合成する生き物もいるし人類が研究室レベルですら中間体も合成できない薬効成分を持った植物もある。これらが遺伝子解析により合成できるようになる、バイオプラントが実現する公算は高い。
メタンガスを発生させるメタンアーキアや、石油を作る藻類のオーランチオキトリウムなど、生物による炭素固定ももっと種類の研究や、高効率株の分離などがおこなわれるようになるだろう。 トンボの羽の風を捉える能力とか梟などの風切り羽の静音性とかバイオミメティクスは、工業、医療などの産業にも基礎的なアプローチになる。

物理

自然界にある4つの力のうち何故か重力だけが距離による減衰がない。そのため宇宙は力としては弱い重力によって支配されている。アインシュタインは一般相対性理論に宇宙定数をぶっこみまたそれを後悔したりと迷走しているが、現代になり超弦理論や重力波、ニュートリノ、ダークエネルギーあたりの研究がすすめばなにかここらへんで解決できる説明ができるようになるかもしれない。この分野よみきれない。
量子テレポーテーション、量子のもつれとかをつかって光速を超える通信が可能になったり、もしかしたらもしかしたら次元情報伝送とか、4次元ポケットとかつくれるようになるかもしんない。なれ!なったらいいな。

飛行機・船

飛行機が飛んだのが115年前。その頃の飛行機による死亡事故数はとてつもなく多かった。現在の飛行機の事故による死者は鉄道よりも少ない。

飛行機や大型輸送で問題になるのは騒音問題であるが、エネルギーが音に変わって漏れていることにほかならず、それだけエネルギーを無駄にしているということを意味する。
化学プラントが巨大になる原因と同じものがここにはある。流体は流速と流体の粘度、またそれとこすれる表面摩擦係数によって、乱流になるか層流になるかが決まる。レイノルズ数2100(だっけ?)を越えると乱流になってしまって渦巻いちゃってどう流れるかわからなくなるので、管幅を広く、ゆっくり流さなければいけない。これが巨大化や製造効率にも影響してきた。

電車もとんがった流線型のモデルになってきているが、これも高速になればなるほど空気と表面部分の摩擦係数で、進行体の周りに乱流(渦)が生じて騒音になったりエネルギーロスになってしまうからだ。
流体が乱流になってしまうと複雑系になってしまうので化学工学ではとてもじゃないけど計算ができない。できなかった。だけれども量子コンピューターほどまでに演算力があがれば、正確な計算はできなくとも、確率的にこう流れるはずというシミュレーションはガシガシできるようになる。

それが意味するところは、飛行機のジェットエンジンが回すタービンのプロペラの風切り音なども、どんどん無駄なく静音性を増すということだ。100年内に飛行機はひゅんひゅんとUFOのように飛ぶだろう。

船も航行のエネルギーが少なくて済むようになる。複雑に流れる風をコンピューター制御で捉えてその推力を正確に計算できれば、最新の船は実は帆船になるという未来すらあり得る。そうしたらそうだな・・・、海賊王に俺はなる!

自然脅威

地球温暖化は世界的な懸案事項だ。IPCCなんかが驚異を話しあったりしているが自分はちと疑問を覚える。エネルギー消費の無駄をなくしましょうという理念には共感を覚えるが、地球の気候を人間がコントロールできるとは思わないほうがよい。というのもなによりもでかい地球の気候変動の主ファクターは人類ではなく地球、そしてなにより太陽だからだ。

地球の歴史過去300年ぐらいは比較的気候が安定していたが、その300年間でさえ、浅間山や富士山の噴火による天候不順による飢饉はおきている。その前はマウンダー極小期でもっと寒い。寒すぎたおかげで大航海時代や産業革命がおきた。

それよりもっと昔。縄文期より前になると、50年ぐらいで年平均気温が10度ぐらい変わるダンスガード・オシュガー・サイクル(短周期気候変動)になる。50年で10度もの平均気温の変化があった。これじゃ果樹業や林業もままならないよね。人類の大移動は気候変動により発生している。

地球の気候が安定して温暖なのは地球の歴史上は珍しいことであり、その中でも特に安定したこの300年間ぐらい。人類はこのわずかな間隙を縫ってよくもここまで進歩できたものだと関心する。

アメリカさんなぞは進化論すら未だ否定されてしまうので紀元前の話しなぞ無視されてしまってもしょうがないのだが、日本の方は冷静に思い出してほしい。次の100年で地球の平均気温が3度上昇する?まじで?10度上がったら?10度下がったら?
5000年前の縄文大海進の頃、海水面は平均で7メートル上だった。それより前は100メートルも低かったが、どちらもほんのこの1万年の間の出来事である。

日本の都市計画、そんなに局所集中で大丈夫かと思う。約7,300年前に噴火した鬼界アカホヤ火山は九州の縄文文明を全滅に追いやった。約75,000年前のトバ・カタストロフで人類はほぼ数千人という絶滅の縁にまで追いやった。30万年単位の破局噴火まで100年先のタイムスパンで考慮しろとは言わないけど、あと100年もあれば3年ぐらいは人類を飢饉においやる天候不順をもたらす規模の噴火はおきるし、想定はしておいたほうがいい。

海洋進出

経営戦略では経営資源に近いロケーションが競争の源泉になるという。ここでいう経営資源は、販売業であればお客さんであったり、労働資源であったり、生産業であれば原材料やエネルギーへのアクセスである。

はたして次の100年、資源になりうるものはなんであろうか?
かつて空気からパンを作るといわれた窒素固定の技術は、ここに来て大きな変化のタイミングを迎えようとしている。窒素固定も炭素固定も小さいモジュールでおこなえるようになる未来を考えると、資源となりうるのは水や空気、そして太陽光である。その他は地球にほぼ無尽蔵にある元素だ。あとは半導体やバッテリー、太陽光発電などでいくらかの希少元素が必要となる。

これらを解決するロケーションは海洋上である。海底にはコバルトリッチクラストやマンガンノジュールがあるし、素材科学の進歩で鋼鉄以上の強度と経年耐性を持ったバイオプラスチックがつくれるようになれば浮かぶ高層ビルと呼ばれる豪華客船よりも安定なメガフロートを安価に建造できるようになるかもしれない。まさに浮く大陸が技術革新の如何によっては最もロケーション優位になりうる地点だと思う。

宇宙進出

海とくれば宇宙か。 宇宙への実験的移住はあるかもしれないけど、適地生存しようとしたら熱帯で進化したホモ・サピエンスの遺伝子情報は大幅に編集する必要がある。それはもう遺伝的には人類とは別種なので、考えるのをやめた案件。

あれこれ参考

梅崎 昌裕「現代社会に生きる人間の生態」ー公開講座「人間は進歩しているか?」2014
youtu.be/BfoW4Pi0Ekg

鎌田 実「超高齢社会に向けて変わらないといけないこと」ー公開講座「変わる/変える」2013