AI vs. 空気をよまない大人たち(1)


曰く、シンギュラリティはおきないそうである。

AI vs. 教科書が読めない子どもたち 著:新井 紀子国立情報学研究所教授の本を読んだ。奥付を読むと、2018/2/15発行で2018/3/27でなんと既に6刷りである。


私はこの本の印税は1円も受け取らないことを決めました。// 「教育のための科学研究所」に全額が寄付されます P.286

あとがきにこう書いてあってすごいなと思ったんだけど、印税を寄付扱いだと、税がエライコッチャになるんじゃないのとか、一般社団法人の代表理事だから職務著作になるのか?じゃあ寄付がわりの贈与とかできちゃうなとか、いらんことが気になった。

 

はてさて、本論にもどる。

AIは意味を解さないからシンギュラリティはおきないそうだ。だが、自分はこの本を読んでもそれでもシンギュラリティっておきるんじゃないという結論になってしまった。きっと、なにかを読めていないのだろう。

 

シンギュラリティアレルギー

マーケティング用語としてのAIやシンギュラリティに辟易して、アレルギーをおこす気持ちはわかる。最近ほんとひどい。AIの専門家として矢面に立たされ続ければ、シンギュラリティなどおきないと強弁したくもなるだろう。

 

「真の意味でのAI」の定義を自分自身よりも少しでも能力の高い「真の意味でのAI」をつくりだせることとし、その、厳密な意味での「技術的特異点」はこないと断言できるほどに、予断を持った未来しか見れなくなっているのは荒みすぎていると感じる。可哀想だ。数学では表せないからできないからという。では、世界は数学でできているという言葉はなんだったのか。

 

数学で定義できず、統計的手法しか「ものさし」がないので意味を理解できない。だから計算機が知性を獲得することはありえない。その上で、計算機でしかない機械が「真の意味でのAI」なることはない。まぁ、わかる。

だが、それでも、ある人工の知性体が自己より「能力の高い」複製体を作る未来は、そう遠くもないよね。
理由は後述する。

 

知性と計算機

AIは計算機ですから、数式、つまり数学の言葉に置き換えることのできないことは計算できません。では、私たちの知能の営みは、すべて理論と確率、統計に置き換えることができるのでしょうか。残念ですが、そうはならないでしょう。 P.118

はたして、AIが未来においても計算機上にあるという仮説は正しいのだろうか?

 

人間には知性があると仮定する。

現在までのところ人間が人間を工業的に生産することはできない。

しかし、倫理にさえ目をつむれば技術的、論理的には人工子宮や、3Dプリンターなどをつかって細胞の積層化技術など三次元組織体構築ができるようになったことなどをみてもわかるように、ある程度のところはできるようになってきていて、人間や、人間の脳機能のみを将来部品として再現することはそう遠くない未来にくるだろうことが予想される。

小脳をPEZYのスパコンで再現できたよみたいなシミュレートの話ではなく、生化学のほうね。ちょい前のSFよりも奇妙な段階に到達していて、ネズミの脳みそのなかに霊長類のタンパク質を再現したり、豚の中で人間の臓器をつくることもできるようになっているのを踏まえると、創作の世界だって、遠慮しちゃうような奇妙な現実に我々は生きている。

工業的に生産された人造人間は計算機なのであろうか?

これはおそらく否である。

人造人間は自分よりも賢い人造人間をつくることはできないだろうか?

これもおそらく否である。

では、人造人間には知性は宿り得ないと言えるのだろうか?

人間に知性があるとするのであれば、これも否定しきることも難しいんじゃないかな。

 

AIはノイマン型コンピューターで可動するものである前提は果たして必要なのだろうか?

量子コンピュータが登場し演算能力があがったところで知性の獲得にはなんの役立にもたたないと著者は考えるようである。しかし、有機化学合成や、無機、流体や粉体、遺伝子解析や、創薬なんかは、まさに組み合わせ爆発の世界で戦っていて、いままでえっちらと失敗を重ねることで、現時点でもっとも成功にちかいようなものをとりあえずの正解としてお金を時間と運に突っ込んできた世界である。演算能力の向上は、その繰り返しの速度を圧倒的にあげてくれることだろう。

 

のこぎりの性能向上について未来予測をしたところで、家が建つ予想にはなろうはずもない。のこぎりはあくまで、家を建てるための道具である。計算機も同様にただの道具にすぎない。

 

計算機は「真の意味でのAI」にはならないだろうが、AIをつくるのには十二分に役に立つ。

「真の意味でのAI」という目的達成のために「計算機」という道具に縛られすぎてはいないだろうか。無論、上記にあげたような人造人間もあくまで反例のひとつで、そのようなアプローチではないかもしれない。技術は複合かつ有機的に発展していくもので、ひとつの道具をとらまえてその道具の性能から未来に予断をもってしまうのは、ちと科学者としては寂しい。白いカラスは一匹いれば十分だ。

 

だって、人間は仕組みを完全に理解するより前に飛行機を飛ばしてしまう生き物なんでしょ。

 

 

2007年のアニメ、天元突破グレンラガンのメインシステムは敵大将の生首を生体部品として採用していて笑った。これを見ながらこのエントリーを書いたからこんな話しになった可能性は否定しきれない。10倍返しだ!

 

創作に意味の理解は必要か

直木賞を受賞するような小説を書いたり
新境地を開く楽曲を作曲したり
ピカソばりの傑作を描いたりする
意味を理解できないAIにそのようなことができるはずがない P.130

昨今の人工ダイヤモンドはいよいよもって鑑定士でも天然と人工物の区別がつかなくなってきたそうだ。

もし、何かに特化した「弱いAI」が、確率的に創作したものであっても、アウトプットを受け取る側の人間がその区別をつけられなくなったら、ではいったい本物と偽物の違いとはなんであろうか。出処や来歴?

訓練された人でも区別ができない精巧な偽物と本物の本質的違いとはなんであろうか。

マルセル・デュシャンの「泉」っちゅう便器をおいただけの前衛アートを見て、「○○は意味を理解できない」との作文に、○○にはいるのは、AIだろうかヒトだろうか、作者だろうか観客だろうか。正解は一意に決まるのだろうか。

もしかしたら、創作はオリジナルと、そのイミテーションのイテレーションなのかもしれないが、そんなことはオリジナルがつくれる側の人間がAIを書けるのだから、強いAIである必要すらないのではないか。

ここは弱いAIでもやがて到達できる領域なのではなかろうか。

うん。この項はまだ表現が難しい。まとめきれない。

 

AIは徹頭徹尾数学だけ?

「花子は太郎に好かれている」// その通りの意味を教える道具は少なくとも数学にはありません。// コンピューター上で動くソフトウエアに過ぎないAIは徹頭徹尾数学だけでできているのです P.138

計算機は意味を理解できないというが、ソフトウエアを記述するプログラムは意味を定義したり、動作を記述するための言語で、数学にはない時間変化に応答する方法も持ちあわせている。

 

一般的にBOTなAIをつくろうとしたら、

  • 外部環境などをスキャンする(センシング)
  • 取得できた情報に重み付けする(アルゴリズム)
  • 行動する(アクション、これがアクチュエータ/動作機構になればロボットになる)

簡単に言うと、これの繰り返しである。時間応答のなかで、外部環境の変化に応じて、振る舞いをアルゴリズムに従って変える。

この場合であれば「太郎」「花子」のオブジェクトを定義してあげて、太郎オブジェクトの花子への評価値に「好き」っていう状態を書き加えてあげればよい。

太郎.likes{花子}みたいに配列にぶっこんでいく書き方でもいいし、表現方法は山ほどある。

プログラム作成者ごとに、定義が違ったり、好きクラスを実装するのかとか、そのクラスが何を意味するのか、その後の動作もことなるので文面どおりの「その通りの意味」にはならないかもしれない。

でも、コンパイル(翻訳)も実行も必要ないなら、テキストをそのまま生で保持すればいいだけじゃ??ちゅうか・・・文面通りの意味ってなんだろう?

 

 

すこし横道にそれる。

かねてから思っているのだが、法律などは自然言語ではなく、なぜ論理型言語で書かないのだろうか。

霞が関言語、官僚言葉は比較的そのようになっているらしいが、コーディング規約のない、コード(法律)なんてクソコードだとおもう。不文律に従って成文化するなんてファンキーすぎやしないか。

コードがしっかりしていれば、裁判官や学者ごとのコンパイラによって解釈がわかれたりすることもないだろう。法律の継承関係や、定義がはっきりするから、附則ばかりの法律運用やめてリファクタリングもできる。

循環参照や日本の悪名高いダブルバインドされてて何もできないとかも、テストが書けて、顕在化できるしいいことづくめじゃないか。

法律が論理記述されれていれば、交通事故などぐらいであれば状況データや写真などを数枚食わせるだけでAIが裁判官をすることもできるようになるだろう。 そうなったときに、AIができないでことは、情状酌量の余地があるのかとか昨今はやりの感情を斟酌したり、忖度である。

 

制度なんてものは、数学のようにデジタルに定義できるようにつくっておいて、伸長が必要な情緒の部分は人間がやればいいのにと思う。

「AIってのは駄目だね、粋や酔狂もわからねぇ唐変木だ。」

ここからでいいんじゃないか。20年も経てば「あいつもだんだんわかってきたじゃねぇか」ってなるんじゃないの。だって、準備された教師データ群の比ではない量のデータが世界にはあって、フィールドにこそ神は宿るんだから。

 

 

他、リンクとか

・・・。長くなってるので、そろそろエントリーをわけようかな。

 

他、リンク。

一般社団法人 教育のための科学研究所
www.s4e.jp/

 

遺伝子操作によりマウスの脳を霊長類のように変異させることに成功
sign.jp/be8760e0


AIに聞いてみた どうすんのよ!?ニッポン


AIに聞いてみたどうすんのよ!?ニッポンという番組がNHKで放映された。
www.nhk.or.jp/special/askai/

この番組は「40代ひとり暮らしが日本を滅ぼす」というキャッチコピーで、放映前からSNS界隈で問題視されていたけれども、案の定なかなかの問題作で放映後はさらにTwitterなどを中心に多くの声があがった。

 

 

最近、政治界隈でくりひろげられるマスメディアの残り少ない信用を積極的に売り飛ばしていくポストトゥルースやら、オルトファクトだかの流れ、喧伝、扇動はちょっと目に余るが、だがまあ、政治界隈はイデオロギーや信念に基づいたり利害が直接結びつくのでわからなくもない。だが、誘導したところで利益を得る人もすくないであろう社会分析系の番組、しかもスポンサーへの利益誘導が必要でもないNHKで、魂を売り飛ばしていくのはさすがにここまで来たか感がある。

 

 

センセーショナルな見出しをつけても、視聴率がちょと上向いて物議をかもすぐらいの効果しかないと思うけれども、なんかもうそれぐらいの挟持なんだなと憐憫。

 

 

番組内でAIからの提言とされた5項目

01.健康になりたければ病院を減らせ
02.少子化を食い止めるには結婚よりもクルマを買え
03.ラブホテルが多いと女性が活躍する
04.男の人生のカギは女子中学生の“ぽっちゃり度”
05.40代ひとり暮らしが日本を滅ぼす

 

はぁ・・・。

番組の問題点を簡単に指摘すると、擬似相関でしかないものを因果関係にあるかのような文脈に載せてそれをAIがこう言っていますと発信してしまっていることだ。

 

過去30年分の社会データを700万件分食わせてディープラーニングさせたそうだ。
この簡単な触りからしか、手法が推測できないが、ほんとただディープラーニングで相関係数を出して、相関度が高いところをforce-directed graph(力学モデル)とかでネットワーク表示させただけなんじゃないかと思う。データを食わせるために整形するのは大変だけれども、別段新しいことをやっているようには見えない。

 

 

技術人が相関関係と因果関係の違いや、擬似相関を知らない程度の知性で相関を出せるわけはないので、本の執筆者が編集者に売れるためにタイトルを勝手につけられて泣くというような強烈な編集ハラスメントが番組でもおこなわれたのだろう。

 

 

おそらく、ディレクションの段階で安易な誘惑に負けた(負された)んだと思うが、だからといって「健康になりたければ病院を減らせ」とかをAIからご信託がありましたとかやってしまうのはモラルとしてアウトだ。完全に暗黒面に落ちている。

 

相関関係

 

例えば、小学生の学年(Y軸)があがるほど身長が高くなる(X軸)という分布はこのようになる。
このような関係を強い正の相関があるといい、小学生の学年は因果関係で言うところの原因で、身長が高くなるというのは結果だ。
因果を取り間違えると、学年をあげたければ身長を伸ばせという論になる。

グラフは適当。 bl.ocks.org/mbostock/3213173

 

相関関係の強さ

例えば、高校生ぐらいになると身長の伸びも緩やかになるので学年と身長などになると相関関係が弱くなる。なってばらつきが出て来る。こういうのを弱い相関があるという。

 

 

 

 

無相関

で、社会人の年数と身長ぐらいになると、ほとんどこの2つの指標は関係なくなるのでたぶん無相関となる。もしかしたら世代的な意味で逆相関はあるかもしれないが、ばらつく。

 

 

 

 

擬似相関

で、小学生の「身長」と「読み書きできる漢字の数」などを調べるとこういうようなグラフになるはず。
本当は学年の変化(潜伏変数)があって、この年令が身長と漢字の数に交絡しているので、この2つに相関が生まれているのだ。

 

 

 

 

 

 

擬似相関は慎重に取り扱えれば直接は観測できないものの兆しを観測することができる。

たとえば中国にはザーサイ指標なるものがあるそうだ。
1.ある都市に肉体労働者が出稼ぎで集まってくる。
2.肉体労働者は塩分補給のためザーサイを買う。
3.出稼ぎにくるほど経済が成長している。

 

  • 1→3(相関、因果)
  • 1→2(相関、因果)
  • 2→3(擬似相関)

 

3を誰よりも早く予見したいがために、2を先行指標として調査するのだ。
風が吹けば桶屋が儲かるというような、三段論法だ。直接統計などを取りにくい、因子を観測するために先行指標としてよくわからないものを採用することはままあることだ。

 

 

で、最初の問題に戻る。

「経済成長にはザーサイを売れ」とやってしまうのは、因果も取り間違えているし、しかもそれただの擬似相関だしみたいなトンチンカンな議論になる。

しかも番組がAIが提言したとするものは、過去データから抜き出した(バックテストからの)相関であって、おそらくそれは未来(フォワード)にはマッチしないような項目ばかりなのがさらに頭を抱えたくなる。

 

 

それを踏まえて、身も蓋もなくマーケティングAIを腐しておく。

 

 

×健康になりたければ病院を減らせ

○病人を追い出したければ病床数を減らせ

日本の入院という仕組みが健康寿命を著しく悪化させるエビデンスだとするのであれば、もしかしたら、あたりの相関かもしれない。
終末期医療で無為に点滴などしないで、十二分に枯れさせてから看取るみたいな話しが石飛幸三さんの 「「平穏死」のすすめ」にあるように、もしかしたら、
結構リニアな潜伏変数かもしれない。
バナナの売れ筋については高齢者の嗜好の問題じゃないかな。

 

×少子化を食い止めるには結婚よりもクルマを買え

○車が売れた時代には子供が生まれた

これは過去30年のデータを食わせたからでしょう。
子供が増えた時代は車が売れてた時代なので、相関が出ますよね。
それよりも一個手前にあった付加価値額のところはかなり本質的なところで、社会統計でみるとこの付加価値額が日本はずっと落ちてきているんだよね。酷いんだ。日本の停滞のほとんどがここに起因していると言ってもいいぐらい。
より労働生産性と付加価値創造に転嫁できる社会なら安泰だよね。

 

×ラブホテルが多いと女性が活躍する
○女性の社会進出でラブホテルの需要が増えた

これもどうなんだろうね。
昔から女性は活躍してたわけで、女性の活躍を年収とかで量るより狭義になっただけだと思う。

 

×男の人生のカギは女子中学生の“ぽっちゃり度”
○女子高生の栄養バランスが悪化すれば男の人生なんかままならない

炭鉱のカナリアとは言い得たり、そのまま擬似相関の先行指標であろうと思う。

 

貧困と肥満は確か世界的にもかなり強い相関があったと記憶している。
肉や魚、野菜、果物などは比較的高価で摂食する機会が減り、安価に腹が膨れるお米やパン、小麦、芋が中心の食生活になるからだ。炭水化物が主となる食生活は肥満につながりやすい。

 

 

これら食生活にビビットに影響を受けるのが育ちざかりの女子中学生なのだろう。
男子中学生は二次成長期だから皮下脂肪じゃなくて筋肉で消化されちゃうから女子中学生より反応がぬるいのだろう。

 

で、「経済の悪化」という隠れている潜伏変数があったとして、
これに起因して、子育て世帯の家計の悪化、炭水化物食生活になって、太る。
そんなところではないだろうか。
擬似相関だが先行指標としては悪くない。
男の人生のカギはとかいう文脈に載せてしまうのが、最悪なだけだ。

 

×40代一人暮らしが日本を滅ぼす。
○40代一人暮らしが増えるような社会は滅ぶ。

擬似相関な上に因果を取り間違えている典型的な例だ。
年齢というファクターを無視して「成績をあげたければ身長を伸ばせ」ぐらいのトンチンカンさだ。

なんかよくわからないけど日本が滅ぶようなファクターがあって、
それが機能するような状況では、40代一人暮らしが増える。ただそれだけだ。

で、全部それらはつながっていて、結局のところ日本の場合は付加価値額の減少でしょ。
中小企業の産業別付加価値額の偏差を算出すれば、今何がおこっているのかわかるよ。

 

 

価値あるものを作り出して、それを何に再投資して、次の価値を作り出していくかっていう社会の営みで、種籾を食い荒らしたり、稚魚を根こそぎ乱獲するような強欲な奴がいれば、滅びのフラグがどんどんたつだけだべさな。

 

AIのせいで終わらせてはいけない。


生産性の変革で戦争はおきた


あけましておめでとうございます。年初そうそう重テーマ。

昨年はAI元年だったなー、だとするとまた産業革命がおきて生産余剰とかがうまれるのかなー。余剰がかさなると戦争になるのかなーー、とか、漠とおもったんだけど、なんでそういう結末になったのかよくわからないので言語化。

IT革命、人工知能により生産性の革命がいままさにおきようとしている。
かつて生産性に革命がおきたときどうなったのか?

 

おサルの生産性

去年の干支でもあったサルは自然菜食であるので、サルの生産性イコール「自然からどれだけ食料を確保できたか」である。サルの生産性が高まり、群れが充分な食料を確保できると個体数が増える。

群れを構成できる自然限界数(ダンパー数)は50頭程度であるそうなので、これを超える前に群れが分裂する。

サルの時間移動距離は時速数百メートル程度で、縄張り圏内に別の群れがあると生存競争のために生死をかけた争いが生じる。ちなみに人間などにより給餌がおこなわれた場合はボス猿が誕生するそうだ。なわばりが衝突しても餌が充分にあるからかな?

 

人間のダンパー数は報告によると148名であるそうだ。

狩猟採集から農耕になった約1万年前より定住し社会構造を得た。縄張りが重複するのでこちらも「ボスヒト」が発生する。ま、豪族、館を中心とした、氏族により利害調整をおこなわれるような感じ。ボスヒトのボスが誕生し、さらボスヒトのボスのボス(ヒトキング!)が誕生し立憲君主制に至る。中世までキングの役割は収穫地、農地獲得のための領地獲得が戦争の主な目的であった。

 

人間の時間移動距離は街道が整備されている状態で時速4〜5km程度。詳しく調べていないのだが、おそらくこの時間内移動可能距離圏内に郷(村)が形成されてきたはずだ。高低差がない場合30キロが1日の歩行移動可能圏であるので、江戸期など中世における街道における宿場などはこの単位で整備されており、それにともない宿場町が形成される。後の中核都市。

職業軍人が生まれる前まで戦争は農閑期におこなわれた。この当時の戦争はこのままでは食い扶持に困る若く血の気の多い余剰人員の処分先でもあった。勝っても負けても口減らしの合理がある。この理はサルの時代のそれとあまり変わらない。

近世。ヒト類は「空気からパンを創る」科学技術の発明により自ら食糧問題を解決した。短時間あたりの移動可能距離も格段に伸びて食料問題はエネルギー問題になった。農地問題が解決されたので、都市化がすすみ、限界までつきつめた最密構造の居住空間でも生活を送れるようになった。群れの利害は食料から快適さに移行した。
企業は、子会社化や事業部制をとり、擬似的な群れをつくることでダンパー数をなんとかこえないように合従連衡をおこなう。争いは企業間による経済戦争や政治家による利益誘導に代替されるようになった。

だが、武力を伴った戦争もまだ人類の歴史から戦争がなくなったわけではない。
争いの目的はなににシフトしたのであろうか?エネルギー??快適さ??他人を使役できる経済力??

 

ヒトの近世

ここ300年ぐらいの歴史をざくっと考えてみる。

  1. 生産性の大規模改善により人口増、社会に対して多くの余剰人員が生まれる。
  2. 余剰人員が新たな技術を開発したり科学を探求したりして産業を興す。
  3. 産業構造の変革により継代事業は立ち行かなくなり、新興が台頭し旧家の多くは没落する。
  4. 社会保障としての公共事業や公共事業的性質の兵用がおこなわれる。
  5. 新天地に移民政策、棄民政策がなされる。
  6. 戦争が大衆から望まれるようになり大規模戦争。文化衝突。

 

1700年代 農業革命(輪栽式農業/新大陸からのじゃがいも流入)で農作物の生産性の大幅改善。
1800年前後 産業革命で自動紡績機、蒸気機関の発明。
1810年 缶詰の発明
1811-17年 ラッダイト運動
1857年 生産余剰で穀物価格が急落、世界恐慌
1914年 第一次世界大戦

 

ヨーロッパの超長期人口推移

www2.ttcn.ne.jp/honkawa/9010.html

 

2〜300年前は世界的な天候不順や噴火による飢饉(1839天保の大飢饉 1845ジャガイモ飢饉)があったので、戦争以外に人口増を抑制する因子が多くあった。新大陸アメリカ(1776年ごろ〜)やニュージーランド(1830年ごろ〜)、オーストラリア(1770年ごろ〜)への移民も多く出たので生産余剰や余剰人員を新天地の開拓に転用できた。もっとも新天地では恐ろしく多くの命が失われたが・・・。また、黒人奴隷の輸入により経済で他人を使役することもできた。

 

 

日本についてみてみる。

人口の超長期推移

www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1150.html

 

おもしろいのは農業生産性が大幅に向上し、これだけ人口が増えた日本において、江戸末期(5000万石=150Kg×5000万=750万トン)と現在のお米の生産量(798万トン)がほとんど変化がないことだ。一石は一人の人間(一日3合)が1年食べるのに必要な量だという。お米のみが基準になった場合、750万人が日本の適正人口だが、ま、食料は米だけではないので江戸末期には3,000万人が居た。
江戸末期は男性の平均身長は155cmと栄養状態はあまり芳しくなかったが、今は栄養状態を改善したうえに12,000万人分の口を糊することができている。これは、畜産業や水産業の進歩、そして海外からの食料輸入ができるようになったからだ。

 

1839 天保の大飢饉(長期の天候不順、東北の冷害) → さつま芋、じゃがいも、かぼちゃなど
1849 伊豆韮山反射炉、1850 佐賀藩鍋島築地反射炉
1858 日本開国(日米修好通商条約)→ 金銀貨為替による財の流出、紡績などの技術の本格流入
1868 明治維新 → 蒸気機関、鉄道、人口爆発
1870 ガソリン自動車の発明
1876 電話の発明
1878 電灯の発明
1903 航空機の初飛行
1906 アンモニア合成の成功(人工肥料)
1908 ブラジル正式移民開始
1914 第一次世界大戦
1931 満蒙開拓移民開始
1939 第二次世界大戦
1939 核分裂実証実験
1945 原子爆弾投下

技術革新による遠洋への進出、長期保存可能な食品加工技術、鉄道の敷設により内陸部の食糧事情も大幅に改善。内陸部では余剰生産人口を絹産業などのの産業に向けることができるようになった。
さらにそこからも余る余剰人員は満州や、中南米への棄民政策とまで揶揄された移民政策で、解決しようとした。家長制度下で相続できなかった次男、三男などが新天地を求めて旅立った。また工業化により、集団就職など農業以外の仕事でも食っていくことができるようになった。

第一次世界大戦まではそれは功を奏し、日本でも人口は爆発的に増えた。人々に豊かさを享受し。そして戻れなくなった。で、次の戦争が望まれた。第二次世界大戦はエネルギー問題に端を発するものである。

人が人を殺せるようになるまで誕生から最低でも15年かかるが、技術がヒト殺しの兵器になるまでは数年。論理から実証に10年。民生化に30年といったところかな。戦争は生存競争であるため科学技術を大幅に押し上げてきた。技術が押し上げられたから戦争がおきたのか、戦争がおきたから技術がおしあげられたのかはわからん。

んー。なにが言いたいかわからなくなった。ま、少なくとも人類は第二次世界大戦により、大量生産が可能な工業化と核エネルギーを手にいれることができた。戦争で磨かれたレーダ技術は漁業に転用され、戦後の高度成長期の胃袋を支えた。

 

ヒトは余るのか

多くの先進国において人口の抑制政策はうまくいっている。

少子化対策がおこなわれた結果ではなく、少子化対策を行った結果が現在の少子化なのだと思う。

我が国の総人口の推移(出生中位(死亡中位)推計)

www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/whitepaper/measures/w-2015/27webhonpen/html/b1_s1-1-2.html

 

内閣府のデータ。母体数の減少をみないまま出生率をコホート無視した人口に掛けているので、低位の出生率でもちょっとシナリオがちょっと甘すぎるんじゃないかとおもうんだけど、今回はちょっとおいておく。そのうち計算してみたいな。

日本の場合は人口オーナスがついて、これからかなり激しく生産年齢人口を減らす。老齢化は深刻ではあるが、だが、同時に希望でもあって、もし革命的な技術革新がこれからあったとしても生産余剰力は生まれないだろう。

むしろ、豊かな暮らしを維持するために都合のいい労働力がほしいぞとばかりに移民をさせろとか言っているぐらいだ。しかし、これは技術革新で解決できる余地がある。足りないのがわかっているものは手がうてるが、余りそうなものはなんともできないのだ。

 

realtime.wsj.com/japan/2011/11/15/%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E4%BA%BA%E5%8F%A3%E5%8B%95%E6%85%8B%E3%82%92%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%88%E3%81%A7%E7%A2%BA%E8%AA%8D/

 

natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/080600214/
世界の人口は約73億人で、2050年までにアジア、アフリカで主に増え97億人にまで増加する見込みだ。

最近、百年ぶりに新たなアンモニア合成方法が発見された。材料科学や遺伝子改良技術は、不毛地帯を農地に変えるだろう。温暖化が悲観視されているが、植物には朗報だ。人類はあとちょっとくいっぱぐれずに生きれるかもしれない。

だが、人はパンのみに生きるにあらず。

小人閑居して不善を為すというが、ただいたずらに人を貯めれば大きな戦争もおきよう。
無用人間の絶望感は戦争に向かうのだ。日本ではない、いくつかの経済大国ではその気配がある。

 

わかっててやってそうだから、質が悪いよね。

人工知能のまえに等しく無用途人間に争わなくていいだけの些細な用途を。

 

参考

徒歩旅行
ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%92%E6%AD%A9%E6%97%85%E8%A1%8C

 

石 (単位)
ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3_(%E5%8D%98%E4%BD%8D)

 

2100年の世界人口は112億人、国連予測
natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/080600214/