線をひけばすぐわかるヴォイニッチ手稿のイラスト


いきなり結論。

こんな珍妙な形の植物は存在しないので、
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このように 線をひけばいい。

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ただの時系列での観察スケッチじゃねコレ?

7-voi
以上。これが見てすぐに気がついた所。

 

ヴォイニッチ手稿とは

400~600年ぐらいまえに書かれたと考えられている謎の植物と文字で構成された、未だに誰も解読していないという謎の奇書ヴォイニッチ手稿。かの天才ノイマンも解読に失敗したんだとか。だがしかし、その文字列の繰り返しの出現頻度やアクセントの付け方が音楽のシンコペーションっぽいので演奏手法が併記された文字譜、つまり、これって楽譜じゃねぇのと以前ブログにちろりと書いた
同じように、挿絵のイラストを眺めてたら比較的にすぐに気がついたことがあるのだけど、ま、これまた大した事とも思えなかったので、そのままにしてたんだけど、最近新しいヴォイニッチのページが復元されたとかで、それを見た人が「これって絵が下手なだけじゃねww」なることが言われているのを見かけたので作者故人に成り代わり反論いたしたく候。

作者の観察眼と知性

作者は絵が下手なわけではない。写実的な表現ではないので美術的な評価は得られないだろうが、うまいと思う。なんで上手いのかをこれから説明いたすでござる。イラスト部分。本編は何パートかに分かれているが、後半にある12星座のパートからみていきたい。ここではイラストは附則的につけられていて、植物のパートに比べると かなーーり小さく 雑 に描かれている。
ここで注目するのは魚座の魚と山羊座のヤギの絵だ。
星座パートに書かれているスペイン語っぽい単語の綴りを見るべく絵を拡大したときにあることに気がついた。

これは主題が魚座や山羊座の星座であるので、魚は魚と認識できる程度でよいし、ヤギはヤギと認識できる程度でよい。絵はおまけだ。
しかしながら、魚というモチーフを書こうと思って描いたのであろう絵を見てみると、魚には鮭(マス、鮭に代表されるサケ目サケ科)と思しき生物学的な特徴があることがわかる。立派なくちびる、くちばしと、そして背びれと尾びれの中間にある脂ビレだ。

1

脂鰭(しき・あぶらびれ)を持つ魚類は少ない。(wikipediaによればサケマス類やナマズ類、カラシン類だそうだ // 正真骨下区(Euteleostei)の8目 salmon.fra.affrc.go.jp/event/column02fin/column02fin.htm

そしてこちらはヤギのイラストだ。
このような小さな絵の殴り書きであってもウシ科ヤギ目の特徴である「ケヅメ」がきちんと書き込まれている。

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イラストを見てわかるようにこれは静物写生ではない。観賞用の美術作品でもない。

だが、魚のイラストで脂ビレを描く、ヤギを描くのにけづめを書く。いくらそれが生活の身近にあったものだとしてもイラストを描く訓練をうけていないものが描いているのだ、普段からの観察眼とそれをイラストに再構成する力(抽象化力)をそれなりにもった描き手だということがわかるだろう。これらが創作上の偶然ではないことは2匹の魚のヒレの数が揃っていること、すべての足に蹴爪がついていることからも十分に推測できるだろう。このような人物の出現割合は現代の平均的な日本人に照らし合わせても上位5~10%程度には相当するのではないだろうか。手本をみせず「鮭を描いて」と、中学生の一クラスの子どもたちにお願いしたら、パック入り切り身を描く子より脂ビレを描く子の方が多いとはとてもではないが思えない。

14~16世紀のような生物門の体系化が終了していたわけではない時期にこれを記せるという背景を鑑みて、描き手に相応の知性があることを伺わせるに十分である。馬鹿じゃぁない。そして絵が下手なわけでもない。

ありえない植物がなぜ描かれたのか

さて、描き手の知性は標準以上。そして、科学的な観察眼がある人物だと仮定しよう。異論はあるかもしれないが、まず仮定だ。
作者は観察眼があって、標準以上の知性がある人物だぞ。っと。
それを踏まえたうえで、あらためて「ありえない植物」のイラストを見てみる。

植物学者が「こんな植物は実在しない」と言明するのはなぜか、または逆にこの程度のイラストなのに明言できるのは何故か。答えはシンプルだ。花の特徴から同定できる植物と、葉の特徴から同定できる植物が既知のそれと異なるからだ。言い換えればこんな植物は存在しないと言えるほどに植物特徴が列挙されているとも言える。

これは最初のほうのページにある植物のイラストである。
こういう植物は一見ありえそうである。

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www.bibliotecapleyades.net/ciencia/imagenes_manuscrito/manuscrito006.jpg
(線をみやすいようにトーンカーブを弄ってあります。)
花が伝える特徴、立ち上がった花弁、飛び出た雌しべはユリの花の特徴を抑えている。

では、現代の人たちが美術的に描いたユリの花をみてみよう。
検索キーワードは「百合 日本画」で画像検索してみる。
参考までにスクリーンショットを貼っておこう。
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www.google.co.jp/search?q=%E7%99%BE%E5%90%88+%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%94%BB&espv=2&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=UaaJVJvyOuO-mwWIiIDYCA&ved=0CAYQ_AUoAQ&biw=1920&bih=842
なんで「日本画」というキーワードが追加されているかについては、お察しください・・・百合で検索するとえらいことになるんよ。

 

比較して気がつくことはあるだろうか?
そう。葉っぱが違う。

ユリ目は「単子葉植物綱」である。しゅっとした細長い葉っぱが特徴である。現代でユリを描いた人々は誰しもがそのように葉も描いている。
だが、ヴォイニッチ手稿のユリのイラストではまあるい葉っぱとなっていることに気がつけるだろうか?

ユリは単子葉植物綱、ユリ目、ユリ科、ユリ属の植物である。ユリ網と現すこともあるほど単子葉植物綱の代表的な植物である。その代表的な植物がなぜに双子葉植物綱のような、網レベルで違う植物の葉をつけているのだろうか?
花が伝える植物としての特徴と、葉が伝える植物としての特徴がまったく異なりすぎている。尖った花弁に丸い葉??
さらに根の部分。ユリ根、食されたりすることでも有名であるが、ユリは「球根草」である。これどうみても球根ではないよね。まあ同じユリ目のヤマノイモ科の根とみることもできるかもしれないけど、だとするとこんどは花に芋の花の特徴がない。つまり異なる特徴を同時に持つこんな植物は普通に考えればデタラメなのである。

継ぎ植物

しかし、前提を思い返して欲しい。これは特徴を書き表すことができる聡さをもった人物が書いた絵なのだ。
「この絵のおかしなところはどこだい?」と、師匠から問われているのだとする。
あなたはなんと答えるだろうか?
「お師匠、この絵は花と葉では特徴がまるで違います!」
ここまで答えて及第点なのではないだろうか。
まあ、そんな弟子へのクイズ用にお師匠さんが夜なべしてつくったイラストかもしれないが、それにしては凝りすぎているので、もう少し踏み込む必要があるだろう。

花がユリと同定できるレベルに特徴を平面に再構成し、葉や根も花の特徴とは結びつかないことがわかるように表現されている。
そうわかるように描かれているのだと仮定しよう。
つまり、この絵が書き記したものが全て正しいと仮定して、どうしたらこのような植物が実在するか、できるかについても考えてみようではないか。

花と葉の特徴が一致しない。そんな植物はありえるのか?

 

ある。

1花と葉を「継げ」ばいいのだ。
もしかして、これは「継ぎ植物」のイラストではないだろうか?

つまり、この絵にはここに線を引くことができる。
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そう新たな仮定を持って、再びその他のページを眺めてみよう。
新たな発見はないだろうか?
あるページに、こんなデタラメな根を持つ植物のイラストがあった。

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www.bibliotecapleyades.net/ciencia/imagenes_manuscrito/manuscrito075.jpg

気持ちの悪い根だ。こんな根っこはみたこともない。存在しそうもない。まさに異世界植物ww
なるほどね。
でも、聡い人物が観察可能なものを描いたのだと仮定したとすると、絵への感想もかわってくるはずだ。
いったい何を描いた絵なのだろうか。何を抽象化し再構成した絵なのだろうか?

根の部分をよくみてみよう。
なんだろう、この生えかけの芽は。
右に行くほど、伸びている?

もしや、これはパラパラ漫画よろしく、時系列を表現するイラストを一枚の絵に再構成したものではないだろうか?
時間経過をつなげてひとつの植物にまとめてしまっているので珍妙な形状になってこそいるが、これも線をひけばすぐわかるのではないだろうか。
線をひいいて現代風にしてみよう。

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我々が慣れ親しんでいるコマ割りに変換するだけで、これが何を書かんとしたのか、どのような意図で書こうとしたのかがわかるようになったのではないだろうか。

なんでつなげた!と説教したくもなるが、「色をぬるときにめんどくさかったから繋げたった」ぐらいのものなんだろう。400年前の人間なんだ、悪意があるとも思えない。現代人がそう見ることに慣らされているイラストの体裁なぞの常識が400年前の人間に通じるわけもあるまい。この作者が創意工夫をして時系列観察図をこのような独自形式を発明したうえで記したのだ。むしろがんばったね作者と褒めてやるべきだ。下手くそと言われようとも、何人かはわかってやらなきゃダメよダメダメ!

こうやって改めて見ると切られた茎が再生途中に花が継がれた時系列のイラストと見ることはできないだろうか?
観察眼がある人間が書いたとわかれば、同様に他のページもいろいろと発見することができる。意味のわからない文字列に注力し惑わされてはいけない。

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www.bibliotecapleyades.net/ciencia/imagenes_manuscrito/manuscrito139.jpg

ブドウの取り根

前にも書いたけど、こういう気持ち悪い一見意味のわからない絵のだって、女の人達がワインをつくるためにやるブドウ踏みの絵なのではないかと思う。ブドウというなら、この血管のパイプみたいなやつは、「取り根」(もしくは「取り木」)なんじゃないかとか。いろいろ類推できるようになると思うのです。

ブドウは挿し木のように切り口を土につけてやることで根を再生して株を増やすことができるのだが、茎を切らずとも外皮に傷をつけてやって、絵のように茎の途中で植木鉢のようなもので覆ってやると、茎の途中から根が再生する。挿し木のように切ってから根がつくかわからないというリスクを犯さずにブドウの苗を増やすことができるわけだ。

ぶどう盆栽 「小川式鉢植えぶどう育成専用パイプ棚」


blog.livedoor.jp/gospel_ogawa/archives/cat_32070.html

 

キウイのとり木


e.gmobb.jp/siki-sora/sasiki.html

右上の蜂の巣みたいなのはとてもブドウには見えないが、ブドウのピクトグラムが丸いつぶつぶになったのは現代人がそれをブドウだと認識するアイコン表示に慣れているからだ。現代に流通しているブドウ以外にもいろいろな種類のブドウがある。
最近すこし見かけるようになってきたマニキュアフィンガーとか、欧州系ブドウのマリオとか、こういう形をしたブドウの房は現代でもまあ見かけないでもない。(それが、どんな形か気になるひとはぐぐれ)
現代人の我々は房切りされて形を整えられたブドウを見ていることを思い出さなければいけない。

thebeast.com.au/wp-content/uploads/2010/10/wine-grapes.jpg ワイングレープ

植物キメラ

こうやって全体をあらためてみると、ヴォイニッチの著者は継ぎ木とか、挿し木とか、その手の研究でもしてたのかもしれないなとおもえてくる。
いってみれば実験ノート。
STAP細胞のあれこれで話題になりましたが、あれは動物の細胞外環境からのストレスで初期化をどうこうというものでしたが、生物学の歴史を愚弄しているとまでいわれたその歴史を数百年遡れば植物は細胞外環境からの刺激で分化状態を初期化できるというのが大発見だった時期があったわけです。例えば人参の切片を水に着けておくだけで、切り口から根や葉に再分化再生する。それが発見だった時代にさかのぼったに過ぎません。

キメラ動物は現代でも難しい技術ですが、キメラ植物はちょうど1600年ごろには最先端の技術でした。
ナスやトマト、ピーマンなんかは現代でも台木に苗を継いで育てられます。現代でも園芸などをやるひとには馴染みのあるものですが、あたりまえすぎて逆に知られてないのかもしれません。キメラというと、遺伝子操作がどうこうというイメージがあるかもしれないけど、植物の場合はカミソリでスパってやって洗濯バサミでつなぐだけで融合がおこります。イギリス人が柿を喰わないのは渋柿の根に甘柿を接ぐ方法をしらなかったので渋柿しかないからだ!(たぶん)
食べられない果物を食べられるように変えたり、弱い植物を強く変えたりするのに不可欠な技術なのです。これがあるとないとで食文化がかわるほどです。それほど植物を継いでつくられたキメラ植物は現代の我々の生活とは切っても切れないほど身近なものになっているのです。

現在、果菜類ではキュウリ、スイカ、メロンなどのウリ類と、ナス、トマト、ピーマン(一部)で接ぎ木苗を利用した栽培が行われています。

www.takii.co.jp/tsk/y_garden/spring/point03/

接ぎ木で人工的に作り出したキメラ (中略) 1664年にフローレンスで初めて記録されたビザリアオレンジが、その最初期の1つとされています。
www.jspp.org/cgi-bin/17hiroba/question_search.cgi?ques=true&quesid=0465

1600年ごろは植物の継ぎや交配などの技術はもちろん現在のようにな水準にまで達してもおらず、体系化もされていないので、失敗を繰り返しながら観察したものの実験ノートとして記録を残すことにも価値があったものと思われます。ちょうど1600年ごろから地球規模で気候が安定しだしたので、文明レベルが一気呵成に伸びました。ヴォイニッチがつくられたと思われる頃は植物キメラの研究こそが人類未踏の最先端領域なので、科学的探究心がある人が挑むにはちょうどよいテーマであったように考えられます。

で、まあ文字の部分については、やっぱりページ内の構成からも、あまり重要さを感じません。絵が先だったり、文字が先だったりで絵と文章を同レベルの重要度で書いたとも思えないんです。文字にイラストのキャプションや補足的な説明がはいっているとも思えず、紙が高価だったから使いまわしたった程度のことなんじゃないでしょうか。唯一交じり合ってるのがブドウ踏みの絵だとおもうんだけど、これもブドウ踏みが音楽的だからなんじゃないかな。おじいちゃんが残したイラストに孫が余白に楽譜を書いたとかそんな程度なのかもしれないし。あんま関連性はないと思うのです。文字は文字。絵は絵で考えたらだめなんでしょうか? こういうことを書いちゃうと、また、ヴォイニッチ・クラスタの人たちからこれまでの研究を愚弄しているとか言われちゃうのかもしれないけどね。まあ謎のままのほうがロマンがあるかもしれませんが。でも、植物キメラの実験ノートって言えば、それはそれでロマンがあるでしょ?

どうしてもイラストと文字っぽい何かを関連付けるのだとしたら、暗号じゃなくて、やっぱりこの繰り返しの多さからフィボナッチ数っぽい何か、例えば「葉の間隔」とか「維管束」を記したものとかかな?人間が心地よく感じる音楽もそうだけど、植物の葉の間隔の出現率や、間隔比率、自己相似性、繰り返しは似たようなもんがあるから、そういうものかもね。
ただ。この文字が暗号だとしても非圧縮っぽいし、自然言語だとしても表音文字だろうからイラスト以上の情報量が文字にはいっているとも思えない。絵がキメラ植物の合成のスケッチだとしたら、得に補足的な説明がいるわけでもないですし、きゅうり× ナス○とかその程度の実験結果が書かれてるぐらいなんじゃないかな。

そんなわけで作者はイラストが下手なわけではないと私は擁護したいと思います。

まあでも、こんな絵を見ると、頭が途中でおかしくなったのかもしれないけどねw
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www.bibliotecapleyades.net/ciencia/imagenes_manuscrito/manuscrito063.jpg
頭から植物生えちゃいました。てへっ。

ところで、この文章の下書きに「会質値他」と書かれてたんだけど誰かこの暗号をといておくれよ。なんのメモだっけかな・・・。
ちなみにヴォイニッチ手稿は↓のURLで見ることができます。
www.bibliotecapleyades.net/ciencia/esp_ciencia_manuscrito07.htm#top


ヴォイニッチ手稿に書かれたスペイン語


またまたヴォイニッチ手稿。以前ブログにヴォイニッチ手稿は楽譜だよと書いたら結構あれこれ反論をいただいている。こちらの論はふわっとしたものだし反論もらっても別に実証もしようがないので、ふわっと同士ぶつかっても、わーーふわふわだぁぐらいの心持ちだったのだけど、面白いコメントがあった。

無名さん
ヴォイニッチ手稿の半分あたりのところに女性が円状になって特定の動物、もしくは人を取り囲むページがいくつかあります。その中心の動物や人物の近くをみると、明らかに名詞と思われる単語がでてくるのです。

おー、なんか論拠ある反論が!と思ったので、見てみたら別のことがわかったので報告しておきます。
あ、これスペイン語ですじゃ・・・。

 

まず、円形になってでてくる女の人達がいっぱいでてくる70ページ目あたりから注目しました。よくわからない絵がつづいて、魚、なんかやぎっぽい動物が書かれています。違うヤギだけど足元に書かれている語は一緒です。
って、あれ・・・これ、単語どころかまんま、アルファベットじゃねぇ・・・!?

スクリーンショット 2014-01-19 02.32.46 スクリーンショット 2014-01-23 01.16.03
abinl,aburl,abril…?

読みやすそうなページを探します。
同じようなのが続いて・・・

スクリーンショット 2014-01-19 02.33.00
octebra?

 

スクリーンショット 2014-01-19 02.32.54
novebar??
( ゚д゚)ポカーン

おくとーばー?のーべんばー?

 

はっ!?
グーグル先生、スペイン語で月名をお願い!! ぐぬぬ。

ぉー!? 一発目でビンゴ

 

スペイン語で月の名前
1月 enero
2月 febrero
3月 marzo
4月 abril
5月 mayo
6月 julio
7月 junio
8月 agosto
9月 septiembre
10月 octubre
11月 noviembre
12月 diciembre

念のため、ポルトガ語の月名も調べておく。

ポルトガル語で月の名前

1月 JANEIRO
2月 FEVEREIRO
3月 MARCO
4月 ABRIL
5月 MAIO
6月 JUNHO
7月 JULHO
8月 AGOSTO
9月 SETEMBRO
10月 OUTUBRO
11月 NOVEMBRO
12月 DEZEMBRO

おぉ、やっぱりこれスペイン語じゃね?

改めてかすれて読みにくい絵を順にみてみる。

スクリーンショット 2014-01-23 03.11.09

これ1月 enero ってよめるよね?

スクリーンショット 2014-01-23 03.12.36

スクリーンショット 2014-01-23 03.17.57

4月 abril

スクリーンショット 2014-01-23 03.16.54

スクリーンショット 2014-01-23 03.16.16

スクリーンショット 2014-01-23 03.17.41

スクリーンショット 2014-01-23 03.19.51

もともとも解像度がわるいのでよみにくいけど、 5月 mayoかな?

 

スクリーンショット 2014-01-23 03.19.57

7月 junio ??

スクリーンショット 2014-01-23 03.21.35

10月 octubre

 

スクリーンショット 2014-01-23 03.21.44

11月 noviembre

スクリーンショット 2014-01-23 03.22.30

最後にでてくる絵はもはや読めないけど、順番的には 12月 diciembre
あれれ〜
なんか、抜けてるところもあるけど、やっぱり、これって月名ぽいぞ?綴りも違うところもあるけれど、出現順序は月名にそうし、ラテン語族でAprīlisのpをbにしてしまったのはスペイン語とポルトガル語みたいな左っかわの国ぐらいじゃ?なんかすげぇスペイン語圏っぺぇ。でも確実にイタリアとかのほうの綴りではない。またポイとかいうと、適当なこといいやがってって怒られそうだけど、っぽいよね!
ここだけペンの太さが違うので、別時代であとから書き足されたものなのかもしれないけれど、これがスペインのものだとすると個人的にすごく腑に落ちたのでした。
中学生のころ一生懸命練習した、イサーク・アルベニスのアストゥリアス リアンダを連想してしまったわけです。両の人差し指で黒鍵を連打するという変態奏法と、そのエキゾチックな音楽が中学生のクラス中に伝播し、うちのクラスはみんなこぞって練習してました。イサーク・アルベニスは1860年の生まれの人でスペイン民族音楽の影響をうけて作曲したといわれています。現代音楽からするとかなり型から外れてはいますが、ヴォイニッチ手稿が楽譜だとするとバロック音楽以前。この繰り返しの多さと徐々に展開していくパターンはまさにアストゥリアスを連想します。

 

ご存知ないかたのために、ギターのほうの演奏映像。

 

 

一口にスペイン語といっても、ガリシア語、アストゥリアス語、カスティーリャ語があり、さらには8世紀に北アフリカからイスラム教徒がイベリア半島にわたったという歴史経緯もありその文化背景は多様におよびます。この綴りの違いを言語学者がみたらどこらへんか当てることができるのではないでしょうか。

 

音楽もダンスも盛んで、その多様さは北イタリアと双璧をなします。ヴォイニッチ手稿はそもそもイタリアで発見されたそうですが、ラテン語やイタリア語で書く月名とくらべてもわかりますが、原本はいちどスペイン語圏を通過しているものであることを伺わせるのに十分な査証なのではないかと思いました。

 

 

そしてこの円でかかれたページ。
文章であればそれをどこから読み始めるのかは最重要です。

 

こちらの初めてでてくる同心円の図には10時の位置にうすいせんがみえて、8awPo8みたいな注釈もあります。
www.bibliotecapleyades.net/ciencia/imagenes_manuscrito/manuscrito112.jpg

スクリーンショット 2014-01-23 02.26.46
しかし、ほかの円にかかれたページにはそれらしき開始点もない。楽譜であってもダルセーニョは必要なのにです。
だけれども、冷静に考えると、音楽には開始点や終了点を必要としないものもあります。
それはループ音楽です。
たとえばインドネシアのケチャに代表される宗教音楽と舞踏劇は多様なリズムパターンを組み合わせた音楽。リズムパターンは単純な構成でループします。ループしあうものを組み合わせて音楽をつくります。

打楽器であればバスドラムのように、基礎打ちのほうが音数がすくなくなるので、ループ音楽を同心円で記すのはとても理にかなっています。この円の図では他ではでてこない絵のような装飾密度の濃いラインがでてきますが、これは演奏形態が違うなにかを表しているのではないでしょうか。

スクリーンショット 2014-01-23 03.38.17

この濃い鉛筆塗りみたいな部分。 よくみると※ごとにくねくねと、ギザギザを繰り返しています。ギギギギ、ギロギロ、ギギギギ、ギロギロと繰り返すしているようです。これ、楽器のギロじゃね?

 

わたしには実は、仏教の読経すらも坊主のソロリサイタルなんじゃないかとおもってしまうんですが、木魚叩きながらの単調なリズムループとときどき鳴らすおりん、倍音と抑揚を効かせた読経は人間をトランス状態に導きやすくさせます。

そのため中世においては、洋の東西を問わず幻覚作用のある植物をつかったり、煙をたいたり、光を調整したりして、より幻覚を呼び寄せやすい環境をつくってきたわけです。そういう意味において、もともと月名はギリシャ神話の名前からきていますし、時代背景から音楽や舞踏と宗教性を切り離すことはできません。

 

で、思うんだけど、この絵をみて、このひとたち踊ってるよね?
音楽にのってダンスしてるんじゃないの??というかこれなんのことはない、カゴから出たりはいったりしているパラパラ漫画だったりしない?

スクリーンショット 2014-01-23 03.43.40
いちがつーはいちがつーで鮭がとれるぞー!しがつーはヤギをくって、じゅういちがつーは・・・ぇ、これなに?カワウソ?? ぇ、ぇ、なにこの動物!

 

 

ま、これらの絵が、なんのこっちゃ、わかんないことが謎を呼ぶんですよね。問題を複雑にしている。でも、ちょっと幻覚みちゃったときに出てきたものを書いているのだけだったりして。

 

植物のほうの絵については、ハーブ屋さんとして明確に思うところがあるので書こうと思ったけど、余白がないのでまた近いうちに。
平たく書いておくと、これ作者が連想しているのは、世間一般で言われている、お風呂とかじゃなくてブドウと足踏みと接ぎ木とか取り木なんじゃないかなと思います。また、こんど時間があるときでも書くね。

ほか、なんかあればお気軽に。

 

 

追記 1/23:

ご指摘をいただいたよ。スペイン語論は英語のwikiに載ってるんだって。読みに行ったよ。

a series of diagrams in the “astronomical” section has the names of ten of the months (from March to December) written in Latin script, with spelling suggestive of the medieval languages of France, northwest Italy or the Iberian Peninsula.[17] However, it is not known whether these bits of Latin script were part of the original text or were added later.

スペイン語とは限定されていなくて、中世フランス語、北西イタリア、イベリア半島の綴りなんじゃないかって。後から書かれたものかは不明って、ここらへんはまんま同じだね。
(from March to December)になってるけど。鮭さんはMarchなのかな?んー。ここはあまり賛同できない。まあ、日本人が読んですぐスペイン語じゃねぇか気がつくぐらいだからあちらの人なら見たらすぐ気がつくわな。でもこと、この綴りだけに関してはイベリア半島ものにしてしまっていいとおもうんだよね。abrilの上にウムラウト記号っぽいのがあるのは気にはなるけども。

 

スペインの楽器について追記 1/23:

アーティスト?のシシド・カフカがバスク地方のチャラパルタという民族楽器にハマっていると発言があった。フランスとスペインにまたがるところにバスク地方がある。遊牧民族が持つチャラパルタという伝統打楽器のようである。チャラパルタ(Txalaparta)の演奏を聞いておもしろいなーとおもいました(小学生並感想)
スペインの民族音楽には、同じ音を細かく発する流れがあるのかもしれない。

 

 

参考:

元記事:
ヴォイニッチ手稿はどうみても楽譜
kuippa.com/blog/2013/06/27/%E3%83%B4%E3%82%A9%E3%82%A4%E3%83%8B%E3%83%83%E3%83%81%E6%89%8B%E7%A8%BF%E3%81%AF%E3%81%A9%E3%81%86%E3%81%BF%E3%81%A6%E3%82%82%E6%A5%BD%E8%AD%9C/

ヴォイニッチ手稿
www.bibliotecapleyades.net/ciencia/esp_ciencia_manuscrito07.htm#top

 

【世界の月名の表記】1月から12月(9カ国語:日本語、中国語、韓国語、英語、ラテン語、イタリア語、スペイン語、フランス語、ドイツ語)+α 四季
iso-labo.com/labo/month_of_the_year.html

 

来年に向けて今から覚えておきたい12個のスペイン語!
spaingoblog.com/dias/2892/

 

スペイン語の月の名前

spanglish.seesaa.net/article/36718053.html

 

ポルトガル語の月の言い方

www.mucha-suerte.com/spanish/portugues3.html

イサーク・アルベニス
ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%99%E3%83%8B%E3%82%B9

www.enforex.com/japanese/culture/spanish-dance-history.html

 

取り木

vintagefarm.blog134.fc2.com/blog-entry-52.html

www.bibliotecapleyades.net/ciencia/imagenes_manuscrito/manuscrito139.jpg

 

余談:
ページ上部にあるふぁべっとが見えない?
www.bibliotecapleyades.net/ciencia/imagenes_manuscrito/manuscrito033.jpg


はじめてのレヒニッツ写本


半年前のエントリーがぷち炎上状態。なぜ今日になってヴォイニッチ手稿がバズったのか。謎い。やたらとツイッターのメンションが飛んでくるので眺めてて「挿絵がかわいい」というレヒニッツ写本なるものの存在を知る。画像検索。なるほど、かわいい!
何ページか見る限り、なんかこれなら普通に読めそうじゃね?という気になっている ← いまここ

    ___
   |・∀・|ノ  よっこい
  ./|___┐
    /  [ 調子 ]

      .___
    ((ヽ|・∀・|ノ  しょっと
      |___| ))
       | |
      [ 調子 ]

 

おっさんの感想

  • 挿絵かわいい。挿絵だけみてても話しが読める。
  • 神話を交えて王家の戦いを権威付けした戦記ものかな?
  • 作者左利きだね?
  • 右から左に読むのかな?
  • 文章は上から下に読むね。
  • これは暗号ではない。文法構造そのまま残っている、なんで解読できないんだろ?

www.dacia.org/codex/original/original.html

ページ上部に書かれた187というのはページ番号。後世に書き足されたものだと思われる。
ページ番号を書いた人は右利きだろう。右利きのひとは中心線より右に倒れる傾向がある。他方、左利きのひとは、中心線より左に倒れるクセが出やすい。比較しやすいようにグリッドを引いてみた。

grid1

 

 

 

文字がこのような特徴を持つというよりは、この傾きは記し手個人の手癖だとお見受けするでござる。
元の言語仕様かわからないところだがこの文章は右から左に書かれている。これは行頭が揃っていて文末が揃っていないことから推測した。

grid2

右側は揃っているが、左側は不揃いになっている。書き出しを不揃いにして行末をそろえて書くのは書き手の難読化という意図を必要とする。無意識下でおこなわれることではない。cなどが逆になっている形状が多く見受けられるがレオナルド・ダ・ヴィンチがそうであったように著者は鏡文字を書く人物だったのかもしれない。鏡文字は左利きの人間に多いといわれている。
文章を上から読むのか、下から読むのか。
正直判断しきれないのだがアルファベットに似た文字だとするならばこれはもしかしたら鏡文字のうえ上下さかさまに書かれている可能性もある。wikipediaにもそのような事が書いてあった。レヒニッツ写本をみるのははじめてなので予備知識も別にあるわけではない。ぱっと見では判断しきれない。これは改行を含むセンテンスが上に続くか、下に続くものがあるかないかで判断したい。

 

少し苦労したが、ざっと探した範囲ですぐ見つけた。

grid3

 

 
www.dacia.org/codex/original/optm_23.jpg

23ページ。
色の違う下線を引いた部分が同じ内容だということがわかっていただけるだろうか。三行目にある連語が、4行目、5行目にもまたがって出現している。故に進行方向は上から下だ。ついでに、この連語の発見により右から左に読むということも証明された。ちょっと探せば見つかるので、むしろ、なんで誰も検証しなかったのか問い詰めたい勢いだ。
文章構成。
典型的ないわゆるアルファベット語圏、ラテン語圏の文章のようにみえる。個人的に挿絵が可愛いものを分析したほうが楽しいので、それをネタにする。
テキストの41ページをひらいてください!

このお花をもっている王様「っ×」と、クワガタを持っている訪問者「nI N」のページをみてみよう。
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この挿絵は訪ねてきた人が「王様〜!このクワガタとなんか交換しない?」「じゃ百合の花でど?」と言っている光景である。たぶん。


冗談がすぎるので、すこし話題をそらす。
文字は大別すると音を表すアルファベットやカタカナのような表音文字と、その意味までを表す漢字のような表意文字がある。これは前者の表音文字であろう。表音文字は文章を構成するときに字数は増えるが、その分、記載のための形状がシンプルになるように進化するのが一般的だ。しかし、このレヒニッツ写本を何ページか見た限りシンプルな文字のなかに出現頻度はすくないものの、挿絵かと思うぐらい複雑な形状のものが混じっている。複雑な形状が表すものは、おそらく地名や家名のような固有名詞であるものと考えられる。ヨーロッパの王室が結婚を繰り返すたびに家紋が複雑になるように、そのような合成意があるのではないかと思われる。それ以外にもどのような行動をとったかその動作を記したかのような文字も見受けられた。

仮説をさきにたてる。他のページの挿絵からこれを戦記モノだとする。背中に天使とかがでてきているので聖戦の権威付けをしているのだろう。受胎告知のような光景や茨の冠、十字架もでてきているので以外と近代のものなんじゃないかなと思う。
写本全体をみるかぎり部分的に一致するのに少しづつ微妙に異なる単語が頻出するのだがこれは家族名を含むファミリーネームと個人名なのではないかと想像する。続く数字のような楔文字は兵の数かもしれない。複雑な表意文字は家紋であろうか。さて、仮説はこれくらいにして、テキストにもどろう。
頻出する単語がその文章において重要な意味を持つのは洋の東西を問わない。どんな単語がでてくるかをみるために、お題のページでマーキングしてみた。2音程度の単語は助詞か接頭辞にあたるものだろうので文意をよみとくにはあまり重要ではないので今回は省く。

grid14

 
色分けしてみた。残念ながらこのページ内ではあまり重複している単語はあまりないようだ。
登場人物は王と訪問者「nI N」だ。あとその従者と、塔から覗きこむ人物という伏線あり・・・と。城の上にはなにやら場所名らしき見出しがついているが、このページの文中には同じ単語はないようだ。「っ×」は挿絵で王様っぽいおっさんの上にもででている。なのでこれを「王」とする。王という前にALI(ILA)という単語も頻出している。これはただの定冠詞の可能性以外に、国名という可能性もある。「nI N」は他のページでもでてくる、が、このページではその出現頻度から主人公はあくまで王だ。なのでALIを国名と仮定する。もうひとつでてくる 「「」みたいな文字はALIと出現頻度が同程度ででてくる。これも国名に相当するものかもしれない。
あとは動詞と、それがどのように動いたかの形容詞、名詞なので、他のページにもでてくる単語を潰して置き換え可能な単語帳をつくれば、極普通の翻訳手順で解読が完了できるのではないかと思うのであります。この1ページをみるだけで十二分な情報があるのでこれが数百ページもあれば、あとはマンパワーさえかければ十分な単語帳がつくれるんじゃないかと思います。それがいままでできていないってことはなにか障害があるのかもしれないけれど、そもそも下から読むのか右から読むのかもわかってないレベルというだけだから、まじめに分析しようというポジションで読まれたことがないだけなのかもしれないね。
はじめてみたのでよくわかってないけど、これは解ける問題なんじゃないかなと思いましたよ。

 
おまけ。
ヴォイニッチ手稿へのコメントで、ちゃんと研究しているひとへの冒涜だとかあったけど、共通の言語体系をつかっていても文意を汲むって難しいよね。そもそもここに書いている内容なんて、与太話の延長線。その与太話を戯言以上のものにするケイパビリティ(能力+経済+時間)は、残念ながらわしにはないのです。それを踏まえたうえでの、レヒニッツ写本への戯言なのでお情け賜りたく。

あと、音楽はけっして無作為な文字列の羅列じゃ残念ながら聞ける音楽としては成立しません。楽曲として成立するにはそれなりのルールがあります。参考にとりあげた1ページをみても、思いつきで書かれた曲ではなくて何度も演奏され、こなれた曲であるような印象をうけています。文中にキーと書いたのは通奏低音のことで、補助コードといったのは和音として成立しうる組み合わせのことです。12平均律が確立した現代音楽と1500年以前の音楽は基本的に音の数から異なりますが、和音や音の繋ぎは周波数の組み合わせの問題なので、無作為には成立させるには天文学的な施行、確率が必要となります。逆に音楽として成立するものには音楽の文法にのります。決して意味のない文字列にはなりません。言語と音の関係については、あれこれ言える気がするんだけど寝言にちかいのでむにゃむにゃむにゃ。

あと、遺伝子の、いわゆるジャンクコード。個人的にはこれにも意味があるものと思っています。無用の用ってね。発現するだけが遺伝子じゃないし。例えば、なにかしらの転写エラーではじめて役に立つデジット的な意味があるとか、DNAにダメージがあるとそこから先に切れるとかそんな意味があるとおもっています。機能しているはずのコードが転写ミスで違うものになってしまったときにはじめて読めるようになるとか。そんなものなんじゃないかなと。
ただ、本当にただリファクタリング(再構築)されていないだけのジャンクコードもあって、線虫とかハエとかのほうが人間よりゲノムベースで長いんですが、これはだからこの下等生物め!というわけじゃなくて、より転写の際にエラーが起きやすい長ったらしい構造を維持しているのだとおもいます。そうすることで急激な環境変化に対する適応能力が優れるのかなと。個体としてではなく種として持っている遺伝子の糊代なのかなとおもいます。まさに無用の用というわけですね。
遺伝子解析とかバイナリコードとか、はたまた会社の決算書とか。世の中にはパッと読めないけど意味があるものがたくさんあります。
奇書の類でも、言語の体裁をとってくれるなら近い将来電算処理で読めるようになるんじゃないかな。まあ、失われた言語だとかここらへんの形態解析は発生からシュミレートすることで、意図的に難読化されていないものはそう遠くない将来に解読できるようになるものと思うわけです。

  • 第一世代:文字→結果/出来事を抽象化することで知識などの共有がされる。小説の主人公に想像し感情移入する。
  • 第二世代:メディア像→映体などを通して体験を抽象化し受信者に想起させる。映画の主人公の追体験。
  • 第三世代:思考経緯を抽象化、思考プロセスそのものから共有できる(次世代)

戯言だけれども