穢と女人禁制とお相撲


外見だけ似るだけで悟る人がいない時代のことを末法というそうだ。伝統や作法、様式というものは経験から合理を悟ったものにより体系化されるものが多いが、時が経ち様式を真似るばかりで形骸化され、真髄から遠のけばまさに末法の世。悟るものなしの世の中である。

大相撲舞鶴場所で、土俵上で多々見良三市長(67)があいさつ中に倒れ、心臓マッサージなど救命処置をしていた女性たちに、女性は土俵から下りるようにとの場内アナウンス

主催した実行委員会の説明では、会場に待機していた消防署員が自動体外式除細動器(AED)を持って処置を交代したため、日本相撲協会の関係者が「下りてください」とアナウンスしたとしている。

 

実行委員会の説明は、現場からそのように報告され説明したのかもしれないが動画で検証されるご時世にこの言い訳はあまりにつたない。

 

土俵上で挨拶の最中に倒れた元医師である市長。駆けつけた緊急救命中の看護師でもある女性に土俵は女人禁制だから降りろと場内アナウンス。呼び出しをするだけの予定であったアナウンス担当の行司にそこまで責任を求めるのも酷ではあるが、よい機会なのでいろいろ検討してみよう。

 

救命曲線

女性はわずか数秒で取り囲むだけの人をかき分け、初見で心肺蘇生の救命処置を開始している。歴戦がなせるすばらしい判断力と行動力だ。

卒倒の原因を考えるに大別して貧血、脳卒中か心臓だろうが脳か心臓かは素人目には(プロにも)区別がつかない。一次救命処置としては、「意識も呼吸もなければ、原因にかかわらず、まずは胸骨圧迫心臓マッサージをする」のが正解だそうだ。

ドリンカーの救命曲線やカーラーの救命曲線が示しているとおり、救命処置開始時間が早ければ早いほど生存確率があがる。今回は衆人環視のもと倒れた&市長が元医師で仲間の看護師が来ていたという不幸中の幸いが効いて、この対応の速さなのだろう。市長も命に別状はないという。通常はこうはいかず、後遺症がのこったり生命を落とすことになる。

どうみても場数を踏んでる救護処置中の女性を退けさせるような行為は、この場合においては生命維持装置を外すようなもので、結果によっては保護責任者遺棄致死や殺人罪に問われてもおかしくない。アナウンスのタイミング的には後から駆けつけた直接救命には携わっていないスカートの女性達に気がついて言ったのかもしれないが、緊急救命は交代でおこなわれるべきで、ここでも判断を誤っていると言わざるをえないのだろう。

 

近代国家は、罪刑法定主義のもと運営され法律に反するルール、例えば奴隷契約を科すような従業員規則などは無効となる。規範や習慣も同様で、たとえ信教の自由が認められた権利だとしても、それは法の範囲内においてであり、生贄として殺人をおこなえば法により罰せられる。

 

ある特定の組織の規範が法律の上にくることはなく、もし、組織内の金科玉条を法律の上におけば、不法団体である。暴力団や狂信化した宗教団体のように、法体系から公然とはみ出る組織でないならば、改善するべきであろう。閉鎖性、集団凝集性が強い脳筋組織だと、うっかり法の枠を越えても気が付かないことがある。伊調馨選手におこなわれたパワーハラスメントのレスリング協会もそのたぐいかもしれないですな。

 

 

横綱 男女ノ川

女と相撲で思い出すのだが戦前、戦中、男女ノ川という横綱がいたそうな。おとこおんなでも、だんじょでもなく、みなのがわである。

この横綱、なんと我が家のお隣さんだったらしい。

空襲の匂いが色濃くなってきた頃、この横綱のお屋敷が道を挟んであったで横綱の屋敷があったので敬意をはらって家を離して建てたと聞いている。この横綱、選挙に出たりなんだりして、身を持ち崩してしまったり、いろいろ悲壮感漂うお話しがあるのだが、それはまたのお話。ググると伝え聞いている話しと違う感じなのだが、本を読んだわけでもないので、おあずけ。

相撲界に伝統があるとすれば、横綱が引退後しくじることなのかもしれない。

 

女人禁制と興行

神事の相撲もあるかもしれないが、木戸銭(入場料)が儲けられているのであるからそれは興行である。神事相撲と勧進相撲はわけられるべきものだろう。江戸時代には「一年を二十日で暮らすよい男」と謳われた力士も、いまでは全国津々浦々年中興行三昧である。こんな過密スケジュールじゃぁ格闘スポーツ化も厳しかろう。

慣例として女性が禁じられているもののなかに、歌舞伎役者がある。歌舞伎も始めは出雲の阿国という女性がおこしたものであった。河原で踊られていた歌舞伎も、やがて劣情を催す踊りに過激化し、抱きに行けるアイドルが如き遊女の見世物になり、売春巣窟となってしまった歌舞伎茶屋にたいして幕府がとうとう役者の女人禁制を言い渡したのは1629年のことである。

 

相撲という言葉も史書に最初に登場するのは采女による女相撲であったそうだ。

これも1648〜1673年頃には、勧進相撲、辻草相撲が幕府により禁じられている。女性が裸にまわしをつけて相撲をとったり、女人と男性盲人による取り組み、男女が裸で観客に劣情を催すように相撲をとるなど過激な見世物と化した結果、禁じられてしまったのだ。

その後、勧進相撲は再び許されるようになるが、女人禁制はおそらくそのころの自主規制の賜物であろう。興行でとにかく人を呼ぶことだけに気をくばれば、「ノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチ」のようにひたすら過激化していくよりない。うちはストロングスタイルで売っていますんでグロいのもエッチなものもないですと言明するのに女人禁制は便利な言葉だ。

 

ルールの形骸化

女子高生youtuberが道行く人におっぱいもませて捕まるご時世になってしまったが、View数稼ぎたいやらかし素人が無茶をするように、ルールは自己抑制できない人には必要なものだ。

賢者は歴史に学ぶというが、賢者は稀にしかいないから賢者なのであって、だとすると大半のものは体験に学ぶのが常道だ。細かい失敗の体験や失敗の共有は有意義。

ルールや法が厳しすぎると、事件が未然に防がれてしまうので、やらかしは減るが、結果への接触が減るので、なんでそのルールがあるのかわからなくなる。山火事がおきていない地域の山火事は大規模になりがちだ。ルールの緩和と、そこでやらかされる体験を繰り返して人類はちょっとづつ前にすすむのがよいのではないか。

 

各地の風変わりな俗習にしても、それがなす効用をわすれると、様式だけ伝えのこすことになる。

形骸化された習慣、型だけ残ってその真意は忘れられてしまうものである。

なんで男女で相撲をとってはいけないのかとか、子供にかんたんに言い含めるのが難しいことでも、女人禁制だからとか、神様が怒るからとか、宗教を利用して規範化するのは洋の東西歴史を問わずおこなわれてきたことである。ダメなものはダメに次ぐ便利ワードがそこにはある。

 

穢(けがれ)と神道

まず日本は明治維新という反乱革命があったことを思い出さなければならない。

明治維新の神仏分離によって廃仏毀釈運動をおこなった背景には、幕府(前政府)が寺請制度、過去帳などで住人を管理していたため、それをそのまま利用すると幕府の影響力を排除しきれなかったということがある。そこで、明治政府は神社を寺から分離独立させ、氏子制度をつくった。神社の祭神改めもおこない、二礼二拍手一礼のような参拝儀礼もこの当時様式統一されたものである。

神道自体はとても古いものであるが、明治維新により一旦一つの宗派(国家神道)にリセットされたような状態である。様式の形骸化や真意の断絶もこのとき進んだものと考えられる。

 

神道の「桟れ思想」では「死」「血」「出産」をそれぞれ「死桟(=黒不浄)」「血桟(=赤不浄)」「産桟(=白不浄)」という桟れとみなし,忌避する。そのさい,桟れには,触れることで伝染するという「触桟観」が古くからあったことから,黒不浄や赤不浄,自不浄の状態にある人々を一定期間隔離するという習慣があった。 [相撲における「女人禁制の伝統」について]

現代のバイオハザードな観点からみても、病原菌やウイルスの感染から守るために、物理的封じ込めである隔離は最も効率的かつ初歩的な正しい選択肢である。

電子顕微鏡もなかった頃に、百万分の1メートルの菌や、十億分の1メートルのウイルスを人間がみつけることはできないが、発酵や醸造の先進国である日本は、それらをノウハウ的に蓄積していたのかもしれない。お酒の醸造において、コンタミ(汚染)を避けるため、納豆(枯草菌がうつる)を食うなとか、今でもそういうノウハウ生きているのではないか。

 

死桟、黒不浄

死亡の判定は医学が発展した現代でも医師にしか許されていない、それなりの技能を必要とするものである。

いわんや中世をばである。死者が蘇った、棺桶の中から出ようとした跡があるなどの怪談奇談が伝わるのは日本だけじゃない。

 

人が死ぬときの原因は、現代のように心筋梗塞や癌などではなく、よくわからないものを食ってとか、流行り病にかかってとかそういう原因が多かった。

ペスト以前、抗生物質も死体を焼くというバイオハザードに対する生物学的封じ込め方法をもたなかった時代、宿主が死んでしまうほどまでに培養された菌や強力なウイルスは、まさに死体からも接触感染していた。現代においても、エボラ出血熱が西アフリカでなかなか収まらない理由のひとつに死者に触れて弔うという俗習が悪さをしているのである。知識があり完全防備の医療団ですら感染者がでる強力な感染力を持つウイルスの前に無防備すぎる。

正体不明の原因で病死した死体は、近代設備の整った監察医でも油断ならぬものであろう。

天然痘、結核、ペスト、コレラ、赤痢、チフス、マラリアを前に、中世において取れる技術は隔離と熱湯消毒、アルコールや塩を撒く、ぐらいしかない。

神道では修祓式で、酒や塩で清めた大幣(おおぬさ)で頭を払うが、本当に物理的にハタキのように大麻ではたいていたら疫学的にはそれなりの効果は見込めそうだ。現代のクリーンルームにはいるときのエアシャワーのようなもので、口に近い部分を手を使わずに払うことには大きな意味がある。

神道には手や口の禊の様式が多いが、こういうのも効果的である。手水舎での最後に柄杓の柄の清め方などを見るに、これが中世から教育されていたのであれば、公衆衛生的には大きな効果が見込めそうだ。

 

血桟、赤不浄

血液をタブーにしている宗教は多い。ゾンビ映画だと、噛まれたり体液を浴びたりすると感染するパターンがあるが、これも当たり前で、ウイルスの感染経路がそのようなものに代表されるためだ。

肝炎ウイルスのように、経口感染、傷口などを通じた血液感染があげられる。AIDS、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)は皮膚からの接触感染や飛沫感染はしないが、血液感染する(精液や母乳は血液が変化した体液)。血液に百万分の1メートルの菌はいないが、十億分の1メートルのサイズのウイルスはいるのである。ウイルスに皮膚を突破するような運動組織はもっていないが、傷口や、目や口、性器などの粘膜からであれば感染できる。

 

日本の中世において、屠殺が穢多の専業であった理由には、倫理的忌避感以上に、中世より世界でも最も人口密度の高かさを維持するために生まれた、おそらく公衆衛生的な合理的理由があるのではないか。

インドにいまだのこるアウトカーストにも屠殺や糞尿汚物処理を専門とする職業があるが、吐瀉物や糞尿もまた病気の元(ウイルス)の塊なのである。日常的に触れていれば、活ワクチンを日常的に打っているようなもので、ウイルスに低曝露しつづけるとその獲得された免疫から病気にはならないかもしれないが、そうでない免疫をもたないものが触れてしまうと感染する恐れがある。現代で言うならインフルエンザに感染しているのに、発症しないまま歩き回るスーパースプレッダーだ。ゴム手袋もなかった時代、触れると穢れる(触れると伝染る)はある意味で正しかった知見なのではないか。

菌は塩で殺せるケースがあるが、ウイルスを不活化させるのにはアルコールや、またはただ単に洗い流すことが有効である。土俵のそばにはそのどちらも用意されている。

ただノロウイルスのようにアルコールが効かず塩素系でしか不活化できない場合は、中世は為す術なしだな。ま、現代もだけど。

 

産桟、白不浄

初宮参りは生後31〜33日の頃におこなわれるので、白不浄はこの頃にあけるものだと考えられる。新生児が自己の免疫を獲得をするのがちょうどこの頃だと考えられる。

新生児がこれより前に人混みにでたりしてしまうと、まだ免疫を獲得していない赤ん坊や、産褥期(産後6~8週間)の母親には身体生命にかかわる重大な問題となってしまうだろう。

穢はまるで、そのものが汚れている、ご不浄かのように扱われるが、できるだけ触らない、隔離することで守られる命もあるのだ。

 

感想、その他、参考等

触らぬ神に祟りなしというが、どんな強烈な菌やウイルスも触らなければおおよそ障ることもあるまい。古の賢人の知恵は大したものだと思う。穢れとかになってしまうと、歴史的にセンシティブなので、あまり深掘りされないが科学と俗習はいちど突き合わせをするべきかもしれない。

今回の大相撲の女人禁制や、穢は、先人が後人達の命を守るに役立つであろうから作った戒めで、よりにもよって、それをつかって生命を危機に晒すようなことはしちゃならねぇと思うのでござんす。

 

人種差別や、職業差別につなげてはいけないが、どのような理由があってそのような俗習や慣例がうまれたのかを想像することは大切だなとおもう。

もしかして昔しから砂糖が豊富にあれば、土俵に撒くのは怪我の治りも早く殺菌効果もある砂糖だったかもしれないしね。

 

参考URL

ミックスファイト
ターザン後藤&デスピナ後藤VSリッキー・フジ&工藤めぐみ戦が、日本国内で初めて行われたミックスファイト
ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%88

 

相撲における「女人禁制の伝統」について
s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/bitstream/123456789/933/1/59-1-zinbun-06.pdf

女相撲
ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B3%E7%9B%B8%E6%92%B2

末法思想
ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AB%E6%B3%95%E6%80%9D%E6%83%B3

救命中「女性は土俵から下りて」 大相撲巡業、市長倒れ
www.kyoto-np.co.jp/top/article/20180404000146

意識も呼吸もなければ、原因にかかわらず、まずは胸骨圧迫心臓マッサージを
www.j-circ.or.jp/about/jcs_press-seminar/index06.html

「史上最弱の横綱」一代記
www.enpitu.ne.jp/usr6/bin/day?id=60769&pg=20070527

出雲阿国
ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%BA%E9%9B%B2%E9%98%BF%E5%9B%BD

ドリンカーの救命曲線
www.daiichi-g.co.jp/hotai/info/educare.asp?cd=070302030000


知性と遺伝


知性と遺伝をからめて扱うときは気をつけなされぇとコメントをもらって、たしかにぃとおもったので、ちょいと書き書き。結論などない。
最近、相模原障害者施設殺傷事件(やまゆり園)で発生した、知的障害者の大量殺人事件もあったばかり。

トランプ、ドゥテルテ、ムカベとか世界もいろいろきな臭くなってきた。第二次世界大戦下でナチス・ドイツがおこなった優生思想に基づく民族浄化政策や、KKK(クー・クラックス・クラン)による白人至上主義団体など、遺伝を絡めると、わりと簡単に人類のタブーにたどり着ける。人類の暗部はすぐそこに今もある。

 

人種差別的偏見が認知力の低さに相関があると調査論文がでたのは皮肉なことであるが、そのようなやり過ぎジェノサイドも含め、過ちを繰り返すのも人類の本質の一部であると心するよりほかない。知能指数、IQなんちゅうものはそもそも年齢と比較しての発達をみるためのものでしかなく、同じスケールで計測できている段階でIQ80も120も単なる個体差にすぎない。同じモノサシの上にのっているものだ。

 

クジラとウシは兄弟

遺伝については世間的な認知度が人によって大きく異なるので、ちょっと遺伝的多様性について、ひいた所から書いていく。極端な例から詰めていくよ。
クジラもウシも同じ鯨偶蹄目である。

カラスはスズメ目で、犬はネコ目だ。

体重3キロ以下のチワワも体重100キロを超すセント・バーナードも同じイエイヌ亜種である。
羽生善治も吉田沙保里も同じホモ・サピエンス・サピエンス亜種で、どちらも日本人だ。
クジラは賢いから食べちゃだめだというが、遺伝的にはウシも同じ目なんだよね・・・。

カラスは賢いというが、遺伝的にはスズメさんのお仲間だ。チュンチュン。燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんやっていうけど故人が鴉と類さなかったのは慧眼だよね。
生物は進化や分岐の分類で、界>門>亜門>綱>下綱>目>亜目>下目>上科>科>亜科>族>亜族>属>種>亜種のようにわけられる。ヒトを簡易的な分類で見ると次のようになる。

界 : 動物界 Animalia
門 : 脊索動物門 Chordata
綱 : 哺乳綱 Mammalia
目 : サル目 Primates
科 : ヒト科 Hominidae
族 : ヒト族 Hominini
属 : ヒト属 Homo
種 : ホモ・サピエンス
亜種 :ホモ・サピエンス・サピエンス

現生人類はホモ・サピエンス・サピエンスのみ現存している。

黒人(ネグロイド)や白人(コーカソイド )、黄色人種(モンゴロイド)などは歴史的人種分類概念もあるが、これら外見上の肌の色や瞳の色は、単なるメラニン色素の量によるもので遺伝的にみると、約31億ある塩基配列のうち、わずか1~2ヵ所が異なっているに過ぎない。(と、現在までの科学では知られている。)

 

人類だいたい兄弟

身長は親子間で比較的つよい遺伝影響があるのは体験的にも実感があると思う。

背の高い親から生まれた子供は、背が高くなる可能性が高い。しかし、その身長の高さは子は平均に近くなることも知られている。

 

ちょっとこの理由を誰にでもわかるようにひとことで説明をするのがむずかしいのだけれども、これは分散の問題。偏差値で表現すると、たとえば身長偏差値75の親から生まれた子は、身長偏差値65ぐらいになって、さらにその子は55ぐらいになるというように、たしかに平均よりは高いけれども、より平均値、最頻値に近づく。

簡単な理由をあげると、交配しているからなんだけど、もし、遺伝で身長偏差値が85、95とどんどん離れる方向に動くなら、それは種の分化だ。遺伝的多様性は交配によってその種のなかでは収斂していく。

あと、江戸時代の平均身長が男性155~158cmなかったことからもわかるように、遺伝以外の環境要因も強く作用する。

 

遺伝由来の頭の良さ悪さが資質としてあったとして、同じスケールで測れる範囲であれば、そんなものは進化の系譜のなかでは個体差にすぎない。逆に突然変異種になってしまうぐらいの遺伝的変化が発生した場合は、そもそも同種と交配ができないか、交配してもその子がF1種や、ライオンと虎の子のライガーやロバと馬の子のラバのようにその子供が繁殖能力がなく結果絶えてしまう。

 

数個前のエントリーで破局噴火について書いたが、トバ・カタストロフ理論によれば、今から7万年前から7万5千年前に人類は大量絶滅をしている。その時に生き残れたのはわずか1,000組~1万組ほどの夫婦である。1万組が72億人の現在人口のオリジナルの版下だ。江戸時代末期に3千万人しかいなかったのが平成の1億2千万人のルーツである。なので、本質的には兄弟種で、遺伝的にはほぼ同じものといっていい。

 

だが、ほとんど同じであるからこそ些細なところを比較することができるのだ。そして同質でありすぎるが故にその些細な違いが目立つのだ。

 
ここでY染色体ハプログループをみてみる。


一番最初のA~Bタイプの分岐が20~26万年前。

Bタイプの分岐が60,000~65,000年前。

Kタイプの分岐が47,000年前。

東南アジア、日本人にも多い、Oタイプへの分岐が23,000~32,000年前

 

ヒトの繁殖間隔を仮に15年で1世代とすると、20万年で1万3千世代。6万年で約4000世代となる。
※縄文人の平均寿命は14.6歳、15歳まで生きたヒトでも男性16.1年、女性16.3年だそうな。

 

暗黒品種改良

京都大学で60年もの間、まったくの暗闇で育てられているハエが居るそうな。

暗闇に適応できないと死ぬ、適応できれば有利に繁殖できるとという過酷な環境下で約1400世代を重ねた結果、通常のハエと比べると約5%の遺伝変異があるという。もともとヒトの肌の色が違うのはメラニン色素の量の問題だ。人間は紫外線を浴びることでビタミンDを合成するが極地と赤道付近で日照量が異なるために外部環境に適応が必要だった。まあわずか数千世代前の話。

 

農業をはじめたであろう最古のギョベクリ・テペで約1万年前。縄文後期で紀元前4500年ごろ。縄文人と現世人類はせいぜい300世代ぐらいしかなく、ぶっちゃけ変化がおきたとは考えにくい。どうにも日本人は海藻を消化できる遺伝子を手に入れているぐらいの変異ぐらいかねぇ。

 

知性と遺伝を並べたのは、同じイエイヌ亜種のなかで同じ犬種でもバカ犬と、賢い犬がいる。同じ親から同時期に生まれた子達でも性格が異なる。躾の効き方も違う。愛玩動物だけでなく、サラブレッドや家畜などでも血統証明書管理され、人為的な選択、選び出しによる、掛け合わせ、品種改良がおこなわれる。

 

遺伝的資質がほぼ同じだからこそ些細な違いを比較できるのだ。

 

交配によって最頻値に収斂していくのが自然の摂理なら、その摂理になんとか抗おうとするのが品種改良だ。より賢い犬、より乳がでる牛、早く走れる馬、肉付きのいい豚。そうやって些細な差を大きくすることが求められた。

 

どの文明にも見られる本人の意思に関係ない縁談や身分制度などは、人類の品種改良の歴史でもある。文官は頭の良さに、武官は体力に、農民は胆力に、職工は器用さに、商人は財力とかに特化しようとし縁談を組み、あれこれしてきたんじゃないかな。まぁここらへんもまだまだ配慮を要する分野か。ちょっと暴論すぎたね。

 

現代社会は自由競争の名の下、賢く利他するものよりも敏く強欲なほうが機会を得る。

 

評価基準も記憶力や定型条件下での問答の応答速度であったりする。まあ、そのようなことが得意なヒトもいよう。だが、それは局所最適にすぎない。全員をそのモノサシに乗せ過ぎれば人類の家畜化だ。遺伝的同質化が極端に進むと、過剰最適しているようなもんで環境変化とかの外部要因で簡単に大量絶滅に陥る。とても危険なことだ。

高いIQを求めるのは、成長が早熟であることを求めるのと同義であるが、そればかりを求めて、いったいぜんたいどのような次世代を作りたいのだろうか。十把一絡げにそれぞれの長短を潰してまで遺伝的収斂を急ぐ必要はまったくないとおもう。遊びのぶぶんたいせつ。

 

選択による品種改良のほか、もっと直接的に遺伝子組み換えもできるように我々は手段を手に入れた。社会的モノサシ、評価基準が最終的に経済に帰結してしまうような軸1つ2つしかもたないのは、いささか危険すぎる。

 

まあ、なんども歴史は繰り返しているので、そうやってちょっと遠回りするのも人類。もしかしたら行き過ぎたらアルジャーノンがなんとかしてくれるかもしれないし、黒い頭のネズミが全部喰らいつくしちゃうかもしれない。
ま、なんとかなるさ(楽観)

 

参考

「IQの低さと偏見・人種差別主義の傾向に関連」カナダの研究チーム
news.livedoor.com/article/detail/6237319/

 

Bright minds and dark attitudes: lower cognitive ability predicts greater prejudice through right-wing ideology and low intergroup contact.
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22222219

 

レファレンス事例詳細(Detail of reference example)
肌の色について「個人差」と「人種による違い」の2点がどのようなメカニズムで起こってくるのか、についての資料を探しています。
crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000142944

 

トバ・カタストロフ理論
ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%90%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%95%E7%90%86%E8%AB%96

 

Y染色体ハプログループ
ja.wikipedia.org/wiki/Y%E6%9F%93%E8%89%B2%E4%BD%93%E3%83%8F%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97
暗黒バエ
ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9A%97%E9%BB%92%E3%83%90%E3%82%A8

 

縄文人の平均寿命、男女ともわずか14.6歳だった
karapaia.com/archives/51581310.html
レファレンス事例詳細(Detail of reference example) 江戸時代の男女の平均身長はどれくらいか。
crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000013899


おれてきSTAP細胞4月まとめ


笹井氏の会見を見て、個人的には謎に思っていたところがいろいろ回答されてて結構すっきりした。例え寄せ木のいくつかのブロックが抜けても論文のほうが筋がとおってると思っていたのだが、やっぱり与太より、数段しくりくる。確度も高い。
でも、冒頭のエクスキューズの多さをみて大人だなーと思った。
ま、そんなわけでみなさん飽きてるとおもうけど、非科学的にまとめてみた。

 

STAP現象
├現象はよくわかんないから発表者に注目
│  └小保方
│    ├割烹着→正直怖かったですは正直な感想
│    ├私大理系だから→学閥原理主義
│    ├AO入試→ペーパーテスト至上主義
│    ├リケジョお姫様扱い←嫉み
│    ├若くして偉業←妬み
│    ├女性の活躍→ジェンダー問題
│    ├謝罪会見
│    │├こりゃまずい←急性ストレス障害出てます
│    │├私は信じるよ→同情的
│    │├許した→上から目線
│    │├許せない→女の涙にトラウマ派
│    │└許されない→地獄の業火に焼かれるべきものである
│    ├不適切な関係が→ゲスリング部
│    └守護霊!→宗教
│
├現象に注目
│  ├万能性獲得がすごい
│  │  ├iPSとかとの比較←行き過ぎた感
│  │  └再生医療分野→お金の匂い
│  ├追実験←いきなりヒト細胞をやってる奴らが居る…
│  ├詳細なプロトコールなど→今回は騒動に巻き込まれたせいで科学的な部分が停滞
│  └細胞外刺激による惹起がすごい→専門家たちは冷静だが混乱中
│      ├ストレスによるエピジェネティクス的な変質なのか?←素直な疑問
│      ├未解明の幹細胞のセレクションなんじゃないか→Muse細胞などのスクリーニング?
│      └さらに未知の何か←もうお手上げ
│
├論文に注目
│  ├問題点が指摘される
│  │  ├博士論文が発掘される←どう考えても黒歴史
│  │  │  ├研究室の卒業生まで炎上←流れ弾全弾被弾
│  │  │  └日本の博士量産問題→あまり議論されず
│  │  ├取り間違えだ→本人談
│  │  ├データを纏めたり体系だてたりが苦手なヒトだ→愚かさに理由はない
│  │  ├捏造だ
│  │  │  ├小保方プロデュースだ→佐村河内派
│  │  │  ├裏幕がいるに違いない→2時間ドラマ派
│  │  │  ├証拠を出すんだ→刑事ドラマ派
│  │  │  ├奴が犯人だ→頭脳はほげほげで体は子供
│  │  │  └実験が不正
│  │  │    ├ES細胞/TS細胞他の幹細胞とすり替え混同があったのでは←笹井氏による反論
│  │  │    ├実験すらしてないのでは→空想実験ノート
│  │  │    │├実験ノート数冊って←君仕事で最近何冊ノート書いた?
│  │  │    │└成功200回ありえない!←生命化学の実験したことねぇだろ…
│  │  │    ├死滅細胞による多能性マーカーの自家蛍光←笹井氏による反論
│  │  │    ├偽陽性で説明がつく←なにそれ妖精?
│  │  │    └データをいじくったのでは←その後のそれを証明するための実験はまるっとできないね
│  │  │  
│  │  └取り下げる?
│  │    ├著者達→今の騒ぎがからは開放されるかもね?
│  │    ├小保方、バカンティ→諸々の権利を失う
│  │    ├追実験をする科学者→追実験をする論拠や予算を失う
│  │    ├ライバル→発見者になれるチャンス
│  │    ├医療・創薬→理論環境の変化により発生しうる経営上の問題を先送りできる
│  │    └Nature誌→論文を重要な発見として一般公開に指定したまま
│  │
│  ├ネットの纏めなどでみた→専門外のヒトの大量流入
│  └論文上の不備は看過できない→専門外だけど科学者←まっとうな反応だけれども集まりすぎ
│
└組織に注目
  ├理研
  │  ├理研コンツェルン←GHQにより解体された財閥
  │  ├わかめスープ←理研ビタミン
  │  └理研の人たちが理研”筑波”ですとかいうのをみた
  │
  ├総合科学技術会議/特定国立研究開発法人
  │  ├スター研究者→日本も研究者を世界標準の待遇をできるようにしよう←頓挫
  │  ├若手研究者育成問題→ほとんどが死ぬようなストレスを与えて生き残ったやつが万能社員だ←ブラック
  │  └税金の無駄ぁー←ロングタームを公助しなかったらなんのための徴税か
  └メディア
    ├報道の質→びっくりするレベル
    ├記者会見などでの質問の質→うわーww
    └有名ブロガーによるありやなしや論→結局ただの悪口、ひどいなー、ひどいなー

個人的にはその後の関連実験がどのように分担されていたのかがわかっただけで、確度は数段あがる。
世間の考えているSTAP細胞というものと、発表者達が伝えたかったSTAP現象というものに、相当の齟齬があったのは確かだが、やはり、この細胞外の刺激によるリプログラミングを考えた時に、刺激惹起というのは確かに有力な仮説であると思う。

 

仮説に戻ってしまったのは残念だが、それはいたしかたのないことだ。だが、Natureが取り下げておらず、本人も取り下げるつもりがないものに対して、取り下げろと世論を形成し圧力をかけるのは科学ではなく政治的な振る舞いであるように感ずる。

もし、反証する仮説やデータがあるのであれば反論の論文を書けばよいのであって、無いことを証明する悪魔の証明とは根本的に次元が異なる。ES細胞との混入であるとするならば、混入したときにどのような振る舞いをするかは実験が可能である。またMuse細胞なのではないかという仮説があるならば、それも実験をすることは可能だ。それらの体系建てた論立ても実験もされていない論については、結論は待ちたい。

細胞外刺激によって、遺伝子に変質変様がおきているのかいないのか、それとも、もともと確率的に混在しているものが効率よくセレクションするための手段として細胞外刺激があるのかというのは、現段階では判断を得ない。多能性マーカーが蛍光することを考えると一言でスクリーニングといってしまうのはどうかなと思うが、生後1週間のマウスを使わないと再現できないとというコツが、…気になる。
ストレスと表現されているが、DNAメチル化されたフタがぶち壊わされるなんらかの機構があるか、もしくは、例えば成長ホルモンや酵素などの少量の何かが固定していた分化のためのフタの材料とか器具を細胞外からの環境ストレスで壊わせるからなのか。ぶっちゃけさっぱりわからない。でも、多能性マーカーとかLiveビューイングとか、そういう観測技術が向上したおかげで、いままで未知であったここにも何かが見つかる可能性もあるし、そこに着想し根気よく実験をされた小保方氏には敬意を評したい。

 

論文には何箇所かケチがついたようだけれども、あくまで個人の感想だが、それでも凄いなと思う。そして論文もケチがついているところ以外にも可能性を潰すために実にいろいろな実験をこの仮説立証のためにしている。

 

だけど、本人会見を見る限り、どう見ても心療内科医の出番だと思うので、ちょっとゴシップを振り払うために、海外とかで静養が必要なんじゃないかなと思いました。研究者が研究以外のところで、足元すくわれる現実とか不幸でしかないよね。

 

STAP細胞論文に関する笹井芳樹副センター長の会見時の資料について
www.riken.jp/pr/topics/2014/20140416_1/