平成最後の夏期講習PoliTech高齢者について考える


今回はCの島のC:高齢者について、ポリティカル&テクニカルに考えてみる。

高齢者ネタかぁ、真面目に考えるとおっかねぇ事いっちゃいそうで怖いわ。
でも、ま、あえて過激な論調とらないと高齢者問題については、道義と現実で乖離がうまれつつあるから踏み込まないとだめかもね。有識者達の議論を聞く限りはただのおためごかしでつまらんかったし。

まとめテンプレ

  • 今までの分野の課題
  • 今後の分野の課題
  • 問題解決の指針(何をどうしたら)
  • ポリ(政策的に解決するには)
  • テック(技術的に解決するには)
  • その分野の未来ビジョン

C:高齢者

第一回 平成最後の夏期講習(社会科編)C:高齢者

2018/7/31 第一回平成最後の夏期講習(社会科編)
テーブルC<高齢者>
「高齢者が最期まで可能な限り自立して、社会参加しながら、
 幸せに過ごすにはどうすれば良いのか?」
★株式会社メディヴァ 代表取締役社長 大石佳能子
・理化学研究所 網膜再生医療研究開発プロジェクト プロジェクトリーダー高橋政代
・新潟大学大学院現代社会文化研究科 教授 鈴木正朝
・NPO法人あい・ぽーとステーション代表理事(恵泉女学園大学学長) 大日向雅美
・株式会社シルバーウッド 代表取締役社長 下河原忠道
・NPO法人 町田市つながりの開 DAYS BLG ! 代表 前田隆行

議論ピックアップ

高齢者ドライバーについて
75歳以上の交通死亡者数は全体が減少しているのに減っていない
75歳以上の認知症テスト
街プロ(まちづくりプロデューサー)を養成している
コネクティッドカー(市場性がない)
高齢者問題がすべて認知症にしない
高齢者の視覚障害
地域相互連携
免許更新時、眼科や認知症の医療情報と連携できればいいのに

今までの高齢者の課題

超高齢社会になって自助共助公助では支えきれない年寄りが増えること。

9月17日の敬老の日で70歳以上の割合が20・7%、人数は100万人増の2618万人となったそうだ。我が家もことほぐなんちゃらで内閣総理大臣と都知事から贈答品が届いた。100歳以上は7万人近くいるらしい。そのうちの1人だ。

自分の血縁は父方母方いずれも長生きで早死で97歳とかだ。おそろしい。100歳越えも耳が遠くなって足腰が弱っている以外は頭もしっかりしているし病気も抱えていない。頭のしっかりさで言えばたぶんそこらの70歳とかよりもしっかりしているように見える。
養護施設には七十いくつでもう前後不覚よいよいになっている方たちも多くいるが、施設のなかでも最高齢がかくしゃくとしているのに、その子供年齢のほうがもうボケちゃってるのはわびしさひとしお。ばあちゃん曰く「本当にいろんな人がいるのよぉ頭が(手を開くゼスチャー)になってしまってたり。」100歳に気を使われる若年寄りさん達。

介護離職などという言葉があるように、ボケもせず自然老化で養護施設に厄介になるなどというのは稀有な例だと思う。健康寿命が寿命より先に尽きて、入退院を繰り返したり、それを支える経済的基盤がなかったり、そもそも介護できる家族が居なかったりなど、介護問題は少し見聞きするだけで解のないエピソードに溢れている。そう、この問題に正解などないのだ。

加齢は何人も避け得ぬ自然現象である。ここに加齢由来の痴呆や傷病が重なる。一昔前であれば、自然淘汰の中で老齢期まで生存するのは困難であった。しかし今の日本人の平均寿命は[女性が87.26歳、男性が81.09歳][2]である。

一番少子高齢化が進んでいない東京都でみても、老齢人口は22%を越える。

老年人口(65歳以上):3,005,516人 (22%)
生産年齢人口(15歳~64歳):8,734,155人 (64%)
年少人口(0歳~14歳):1,518,130人 (11%)

高齢化が顕著な秋田県ではなんと33%にも及ぶ。

老年人口(65歳以上):343,301人 (33%)
生産年齢人口(15歳~64歳):565,237人 (55%)
年少人口(0歳~14歳):106,041人 (10%)

東京だと働き手1人あたり0.34人のお年寄りの食い扶持を稼ぐ必要があり、
秋田だと働き手1人あたり0.6人のお年寄りの食い扶持を稼ぎ介護する必要があることになる。

今後の高齢者の課題

なにせ少子高齢化だ。将来に生産年齢に移行する子供の数も少ないので、将来になればさらに負担は増大する。
東京都の2045年推計では

老年人口(65歳以上):4,175,687人 (30%)
生産年齢人口(15歳~64歳):8,023,423人 (58%)
年少人口(0歳~14歳):1,407,573人 (10%)

秋田県の2045年推計では

老年人口(65歳以上):301,422人 (50%)
生産年齢人口(15歳~64歳):255,932人 (42%)
年少人口(0歳~14歳):44,295人 (7%)

東京だと働き手1人あたり0.52人のお年寄り、
秋田だと働き手1人あたり1.18人のお年寄りとなる。

この負担割合は出生率が改善しない限り、どんどん増加していく一方だ。
稼ぎ手の生産余力を年寄りに割り振っているのだから、出生率が改善するわけがない。
現在の出生率のままいくと、消滅する自治体や日本人そのものが絶滅危惧種になる。

問題解決の指針(何をどうしたら)

これが樹木の話しなら簡単な問題だ。
葉も実もつけなくなった枯枝が若枝の成長を邪魔しているならば切ってしまえばいい。動的平衡を維持するためにも新陳代謝や世代交代は重要だ。

しかし人間は道徳観からなのかなかなかそういうわけにもいかない。

いくつかの生物種は育児という仕組みを発明し、種の生存率をあげることに成功した。そのうち霊長類のホモ・サピエンスのうち先進国に属する人類は介護というものにたどり着いた。介護は人類の未来のなにに貢献するだろうか?決して回復し得ない老いという加齢現象に対して、人間という社会動物は群れとしてどこまで資源を割いて対応するべきなのだろうか?

古希(こき)はその古さの稀を讃えたものであるが、今や70歳なら現役、若造扱いされても珍しくもない。生き字引で年寄りが群れの中でも希少価値があったのは数世代前の話である。医療が急激な発展を遂げ、幼児死亡率や平均余命が大幅に改善したのは戦後になってからである。

姥捨て行為がおこなわれたのはそれほど昔しの話しでもない。尊属殺人という忌避感からか、手を汚さずに環境淘汰にまかせていたのだ。現在の法律でいえば保護責任者遺棄致死だけれども、飢饉時などであれば緊急避難にあたるのだろうか?当時は同時に子供の口減らしなども状態的に行われていた。

食べ物を飲み込めなくなり意識朦朧でも胃ろうなどで生かされる。殺すわけにもいかず、見捨てるわけにもいかない。雪山で遭難した登山隊が共倒れしないためには、どの段階で仲間を見限るべきなのだろうか?法律で線引すべき問題なのだろうか?どこまで自活してもらい、どこまで家族や地域が支え、どこからは国などの制度が助けるべきなのだろうか?
介護を苦に無理心中などの痛ましい事件はこれからさらに増えるだろう。
立法が線引が難しいならそれらを礎に司法の判断を判例法に運用していくよりない。しかしそれではあまりに、あまりすぎる。

ポリ(政策的に解決するには)

LGBTには生産性が無いといって炎上した国会議員が居たが、老齢化問題はまさにコストと生産余剰リソースを天秤にかけた撤退戦である。得るものはないので、どこまで失地を広げないかだけの議論になる。しかし、年寄り人口のほうが多くシルバー民主主義下の多数決では改善のしようがない。大鉈をふるわない限り将来世代を食いつぶしてまで老齢世代に投資せざるをえないだろう。
政治家が耳障りよく社会保障でどこまでも面倒見ますよというのはたやすい。しかしそれはあまりに未来に対して無責任であろうと思う。

オランダは安楽死法を制定しているが、日本も尊厳死については政治的検討をおこなう時期であろうと思う。少なくともサマータイムよりは優先的に。
介護度5にもなると寝返りもうてず、食事も排泄も自分ではおこなえなくなる。しかもこれは加齢によりひきおこされた事象で現代医学では改善の余地もない。胃ろうを始めてしまうと辞めたときに殺人罪に問われかねないので、生命維持装置を外せないなどという論はナンセンスだと思う。法的に医療機関や親族を保護する立法が必要だ。

介護度3~4でも調理や掃除などがおこなえず、常に誰かの助けがいる状態だ。この状態の老人を独居させておくのは危険であるので、つきっきりの介護が必要となる。養護施設などに入れないと介護離職などにつながる恐れがある。待機児童の問題も深刻であるが、待機老人も出すべきではない。個別に対応しては、全体が沈むのでもっと高効率な運用体制を見直すべきだ。現在の制度はこれからの老齢人口の増加に対応を見越しておらず、将来への進展性がない。

要支援、介護度1~2が買い物支援などが必要になるのだと思うが、このボリューム層をいままでの生活を維持させたまま個別に支援しようとすると資源が足りない。年寄りが多く、働き手がすくなくなるからだ。若者の比率が減るのであるから、高効をあげて運用する手立てを講じるよりない。

生前財産処分や、空き家対策特別措置法などを活用して財源確保をしてはどうだろうか。老齢人口の保護を年金や生活保護のような資金投与で運用するのではなく、国営の老齢保護施設をつくり老齢者用の保護シェルターをつくっていくべきではないだろうか。豪華な新築でなくてもよい。老人長屋を街の一角につくるとか、とにかくバラバラに対応するより、どこかにまとめるよりない。

日本は税による分配はそのほとんどが社会保障によるもので現金による分配がほとんどない。そのほとんどないうち年金は現金でおこなわれる。まだ可処分所得もすくなく子育てなどで消費が必要な若年生産年齢人口の所得から現金を徴収して、老人へ再分配をおこなっているのだ。消費意欲が旺盛な若者へは現金による再分配をおこなって、消費行動や将来への投資行動がない老人は社会保障による分配にするべきではないだろうか。逆だろ逆。なんで日本は逆やってんの?わざとか?参勤交代か??

テック(技術的に解決するには)

限界村落を自動運転の地域巡回カーを回らせるというのは、まあ正統的な高齢化社会対策。というか、都市部でもミニバスとかの自動運転の巡回カーほしいよね。

あとは見守り技術。遠隔カメラや、電気ポットやトイレにつけた見守り装置。買い物支援をおこなえるスマートフォン的な端末。空調や体温などを管理するモニター装置類。あとは、スマートスピーカーを兼ねたテレノイドのような会話BOT。

介護士用のウエアラブルなパワーアシストスーツ。腰を傷めての離職率が高いらしいのでこれの普及で結構結果違いそうだよね。

あとは住宅技術かな。
家族が同居もしておらずフォローしきれなくなった独居している老人の見守りや巡回が大変なのであるからこれを物理的に一箇所にまとめるよりない。老人専用の集合住宅施設ってあまりデザインされていないよね?介護ステージに応じたリトリートアパートのようなものが開発されるかもね。

高齢者の未来ビジョン

未来がないのが高齢者。途中で死ななければ高齢者になるのが未来。

夢のないこと書いちゃった・・・。

未来の老人モデルケース

加齢により自炊が困難になってきたので自宅を引き払って老人用シェアハウスに入居。それぞれ自活はできるが、お風呂に入ったまま出てこないことがないよう見守りを兼ねている。老老介護未満の老老見守り住居だ。
一定額の財産処分と年金返上をすることで、死ぬまでお金の心配をすることなく利用できる。最後の交通費として六文ぐらい残しておくだけでよいので将来の心配がない。

新しい環境への移動と新しい人間関係はストレスだが、環境適用はできるだけ若いうちのほうがいいというので、70代から移住。要介護度があがってしまったルームメイトは専用介護施設に転居した。
遠からず自分も介護施設に入居するだろう。介護度が5にあがった際には尊厳死を適用してもらうよう手配済みだ。

こんな感じ。

つか、もしかしたら、あと数十年もしないうちに若返りの薬とか出回るかもしれないけどね。災害や戦争、飢饉もおきないなんてことはないし、意外と別の問題で上書きされることで、高齢化には対応しなくてもいいかもしれない。木が倒れるなら古枝の心配はしなくてもいい。倒したくないなら台風の前に古枝は落とせ。

まあ全体論と、個別論は違うよね。やっぱ最後は支える家族の問題じゃね?

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[平成最後の夏期講習PoliTechスポーツ健康について考える](https://kuippa.com/blog/%E5%B9%B3%E6%88%90%E6%9C%80%E5%BE%8C%E3%81%AE%E5%A4%8F%E6%9C%9F%E8%AC%9B%E7%BF%92politech%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%84%E5%81%A5%E5%BA%B7%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E8%80%83%E3%81%88/)

平成最後の夏期講習PoliTech教育コミュニケーションについて考える

[1]高齢者3557万人 70歳以上は総人口比初の2割超え
[2]平均寿命、男女とも過去最高 2017年厚労省


歴史上のイノベーションを越え汎用技術にいたったもの


「ICTによるイノベーションと新たなエコノミー形成に関する調査研究」を読んでて、これだけ独立した項でまとめたくなった。

汎用技術(GPT)とは

広い範囲で多様な用途に使用され得る基幹的な技術は汎用技術(GPT:General Purpose Technology)と呼ばれているそうな。

情報通信白書でも話題にしたが、プロセスとプロダクトの切り分けがよーわからんなという図表。インターネットのあとでバイオテクノロジーとか、ナノテクノロジーが同じ階層で並んでいるのも気になるところ。

歴史的な観点からみてもちょいちょい残念。

植物の栽培をプロセスにいれるなら4~5世紀ごろの接ぎ木などによる品種改良とか、その後に続く18世紀の農業革命(ノーフォーク農法)とかをいれるべきだし、鉄で最後にするべきではなくてジュラルミンとかの合金発明とか、その後のカーボンなどの材料素材化学、なにより半導体をいれなかったらその後のコンピューターにつながらないじゃないか。という気になった。

大量生産が組織ではいるなら現在の半導体などでおこなわれている無人生産とかをプロセス改革にいれるべきだし、あれやこれや言いたくなる。

乗り物系プロダクトも飛行機が最後か。このあとは宇宙船とか、自動運転カーとか、セグウェイ的なパーソナルモビリティとか、ビッグドックみたいなロジスティクスロボットになるのかな?

農業や世界最古シリーズのwikipediaみておもう。

中世ヨーロッパにおいては、農業は「7つの機械技術 (seven mechanical arts)」の1つに数えられた(他は、機織り、鍛冶、戦争、航海、狩猟、医)。

そうだよね。戦争や機織りがないのもおかしい。
おかしいおかしいばかり言っていても生産性がないので、いろいろ追加したり世界最古にGTP化した時期などを調べつつ、材料・生産・組織・生命・流通・情報・破壊・動力と分類でくくり直してみた。

材料

  • 元前8000- 7000年 鉱石の精錬
  • 紀元前2800年 青銅
  • 紀元前1200年 鉄
  • 紀元前1世紀 ガラス焼成
  • 19世紀 樹脂合成
  • 20世紀 有機・窒素合成
  • 21世紀 ナノテクノロジー

ナノテクは生産にいれるべきか悩んだけれどもナノテクによりもたらされるものは代表的には材料化学なので、材料に分類した。んー。もしかしたら生命工学かもしれない。

窒素合成の発明により、人工肥料などがつくれるようになり生産に大きく寄与するが、人工肥料の発明とするよりはハーバ・ボッシュ法などの素材としての発明としたほうがよいだろう。

生産

  • 紀元前20000年 粘土焼成
  • 紀元前19000年 陶器
  • 紀元前9000- 8000年 植物の栽培
  • 紀元前8500- 7500年 動物の家畜化
  • 紀元前2000年 人工授粉
  • 06世紀 接ぎ木
  • 17世紀末 18世紀初頭 家畜の品種改良
  • 18世紀 紡績機・飛び杼
  • 19世紀初頭 工場
  • 20世紀 ベルトコンベアー
  • 20世紀 リーン生産/セル生産
  • 21世紀 オンデマンド生産
  • 21世紀 無人生産

これは生産性の向上に大きく寄与した発明などを記載した。
接ぎ木は紀元前前後には発明されていたようだが、柑橘類や葡萄などが産業として接ぎ木をされた時期とした。ガラスの焼成が材料で、粘土の素焼きは生産にしたのは微妙なところではあるが、セラミックよりもケイ素の加工技術の発明として捉えた。

生命

  • 16世紀 帝王切開
  • 18世紀末頃 予防接種
  • 20世紀 抗生物質
  • 20世紀 遺伝子組み換え
  • 21世紀 人工多能性幹細胞

家畜化や植物の品種改良と分けるべきか悩んだが、人間の生き死にを生産性にくくると倫理的な問題がうまれそうなので、生命というジャンルにした。バイオテクノロジーという枠はあまりに大雑把すぎるの分けた。

組織

  • 紀元前4000年 身分制度
  • 紀元前3500年 都市
  • 紀元前3000- 2000年 宗教
  • 紀元前2500年 奴隷制度
  • 紀元前2000年 法律
  • 紀元前400年 裁判所
  • 6世紀 企業

ちょっとどれも成立時期があやしい。
王政とか君主制とか民主主義とか社会主義、共産主義などをいれるべきかもしれないが迷ったすえ入れないことにした。正直、他のジャンルと比較して組織はイノベーションがあまりおきていないように思う。
治世という結果の差こそあれ、イノベーションという意味ではここ4000年ぐらいあまりイノベーティブじゃない。AIによる評価裁定などがおこなわれるようになったら、人民裁判以来の大きな変更かもしれないが、まだそういうのは起きていない。ちなみに世界最古の企業は建設会社の金剛組である。

動力

  • 紀元前4000年 馬の家畜化
  • 紀元前2世紀 水車
  • 18世紀末 19世紀初頭 蒸気機関
  • 19世紀終わり 内燃機関
  • 19世紀末頃 電気
  • 20世紀 原子力
  • 20世紀 太陽光発電(アモルファス半導体)

20世紀の終わりごろにかけて大きなイノベーションがいくつもあった。

破壊

  • 紀元前1200年 戦争
  • 13世紀 火薬
  • 14世紀 生物兵器
  • 15世紀 銃
  • 20世紀 化学兵器
  • 21世紀 無人兵器
  • 21世紀 レーザー兵器

どのようにくくるか悩んだ。組織論でもあるし、生産活動の真逆の略奪、簒奪活動なので破壊としておいた。
火薬は動力にしてもよかったかもしれない。火薬は歴史のエポックではあるが、化学的にみれば身近な酸化反応でしかない。
生物兵器はABC兵器にくくられる近代のものと隔絶があるかもしれないがペストの死体を投げ込むなどの戦略が14世紀には一般化していたのでそれを採用した。

流通

  • 紀元前7000- 6000年 印章
  • 紀元前4000- 3000年 車輪
  • 紀元前4000- 3000年 貨幣
  • 紀元前700頃 硬貨・鋳造貨幣
  • 11世紀 紙幣
  • 12-3世紀 債権
  • 12世紀 証券取引所
  • 15世紀 遠洋航海術
  • 17世紀 株式市場
  • 18世紀 商品先物市場
  • 19世紀半ば 鉄道
  • 19世紀半ば 鋼製汽船
  • 19世紀半ば 金本位制
  • 20世紀 自動車
  • 20世紀 飛行機
  • 20世紀 管理通貨制度
  • 20世紀 ロケット
  • 21世紀 自動制御運転
  • 21世紀 仮想通貨

物流と商取引を分けるべきか悩んだが流通として纏めた。
また、元ネタには3本マストの帆船とあったが、羅針盤とかいろいろなものが相まってのイノベーションであるので遠洋航海術としてまとめた。
自動運転については最近は自動車のレベル4の自動運転などを連想しがちだが、モノレールとか、航空の自動管制とかを考えればすでにある程度は枯れた技術であるのでGTPとした。

情報

  • 紀元前4000年 文字
  • 紀元前3400- 3200年 筆記
  • 紀元前1世紀 製紙
  • 12世紀 複式簿記
  • 16世紀 印刷
  • 19世紀 磁気記録
  • 20世紀 報道
  • 20世紀 コンピュータ
  • 20世紀 軌道衛星
  • 20世紀 インターネット

情報という表現が的確か悩ましい。ここでは伝達手段とか記録手段を複合したものを情報とした。
報道についてであるが、読み売などのかわら版を入れると18世紀に遡るが、報道となると歴史は浅く20世紀の株式市場成立後にまで下るようだ。
不揮発性メモリとか揮発性メモリとか、いろいろ入れたくなったがこらえた。また別のエントリーに譲ることにします。

こんな感じ。どう?

MECE、抜けなく漏れなくかな?


AI vs. 空気をよまない大人たち(2)


前回の投稿から4ヶ月ほど下書きのまま保存されているのをみつけた・・・。そうだこの続きも書こうと思ったままになっていた。

 

教科書が読めない子供たち

前回の投稿の続編。

 

 

AI vs. 教科書が読めない子どもたち 新井 紀子著

 

曰く、教科書を読んでも文意を汲み取ることができない、教科書を読めない子どもたちがかなりいるそうな。なんとその数、約3割。おもえば中学2年の頃、数学の教科書に書かれた「任意」の使い方に納得できず、学校から教科書会社に電話してしまった口なのだが、たぶんそういうガチ中二病が3割とかそういうことではないようだ。

 

それまで誰も疑問をもっていなかった「誰もが教科書の記述は理解できるはず」という前提に疑問を持ったのです P185

・・・えっと、教科書を読んで素直に頭にはいってしまうエリートさんも問題だとは思うのだが、読んでも意味を汲み取れない人がいることに気がついていなかったということには新鮮な驚きを覚えた。

 

下手の考えサイコロのほうがまし説

AIには「同義文判定」「推論」「イメージ同定」「具体例同定」がまだ難しいそうだ。

そこで人間について調べたのだそうだが、一部のひとについてはいっそ考えないで答えてもらったほうがましという答えが出てしまった。

図3-8 P214

回答選択肢を適当に選んだときよりも、低いスコアを出す受験者数の割合。学年別ランダム率を示した図。

推論や同義文判定など考慮せずに選択肢を選んだほうが得点が高くなる分野がある。逆に、係り受け、照応のランダム率は低く、ディスクレシアなどのなんらかの障害があることが考えられるとのこと。

 

推論や同義文判定ができなければ、大量のドリルと丸暗記以外、勉強する術がありません。(略)「一を聞いて十を知る」ために必要な最も基盤となる能力が推論なのです。 P215

 

 

問題文が読めない

一般にテストは信頼性、妥当性、客観性が求められる。

同じ人が同じような問題でなら何回でも同じ点数が取れるかどうかという信頼性と、用いる評価方法が測定対象となる能力や行動を測定できているかの妥当性、採点者が変わっても結果が同じかどうかの客観性が必要だ。

表3-10 P220


高校の偏差値と読解能力値の平均値と相関係数

ランダム化率の高い推論やイメージ同定での相関係数の高さが注目すべき点。

 

この相関係数の高さから、同じような能力値のひとが同じような結果を返すテストの信頼性はとかく高そうだ。もしかしたら、学校の入学試験などというのは「数学の能力」などよりも、設問を読めるかという読解能力値に評価妥当性があるのかもしれない。

 

図3-1

偶数奇数問題の証明の問題正答率である。典型的な誤答が国立S級以外の大学生に異様に多く、逆に言うと、国立S級の大学の子は、この手の問題に適応化、最適化されている子があつめられているとも言える。

 

能力値別に誤読させてフィルタできる、綺麗なトラップが作れるようだ。

この綺麗なひっかかりを見ていると、錯視に近い文章読解について脳の認知機能があるような気もする。

聞いたこと無い単語をまぜてスポット的に認知を歪め意識を逸らさせたり、修飾語を離して読者をミスリードさせる方法とか、そういうバッドノウハウが文章問題作成という分野で蓄積された結果なのではないか。

 

幼児期における発達で、自己と他者は異なるという比較認知やメタ認知力の成長がある。回答者の能力に差があるとすれば出題者の設問意図の斟酌。つまるところ忖度力の差なのかもしれない。

ということは、強いAIが生まれるかどうかは、AIが己と他を認識できるようになり、忖度できるようにならないといけないということだ。

原生生物から進化するために、自己と非自己の認識が必要であったが、AIも進化のためには自己の範囲を認識できるようになる必要がある。

 

 

教育環境と遺伝

近代工業化以降は、マニュアルに定めたとおりのオペレーションができるひとを社会に供給するために機能し、評価してきた。日本の教育はそのような点で効果的であったと理解している。

就学補助率と能力値との強い負の相関です。
//
就学補助率が高い学校ほど読解能力値の平均が低いことがわかった
//
貧困は読解能力値にマイナスの影響を与えています。
P227

ここには極めてセンシティブな問題がある。

親の文化資本にアクセスできないからという、環境要因と、そもそも遺伝的に発言しない形質としての認知能力、生物学的要因だ。

「中高生は教科書を読めているか」という事実を考えようとも、調べようとしなかったのでしょうか
//
ビックデータに基づくサイエンスを教育に適用したのです
P239

経験上わかっていても、解決策がなければ蓋をして見なかったことにするのは日本の事なかれ主義では王道だ。サイエンスが教育に適用されたとき、もしかしたらそこに待っているのは現在の社会では差別とされるような区別かもしれない。

遺伝的に長距離走に向いていない筋肉を持つひとや、短距離走に向いていない筋肉を持つ人がいるが、遺伝的配向でそもそも学ぶことができるアクセスを制限されてしまう可能性がある。

エビデンスベースドラーニングは、教育を高効率なものにするかもしれない。しかし、他方でいままで勉強が足りないものとしていた建前も崩してしまうかもしれない。

 

ITやAIでは代替不能な人材、意味がわかり、フレームに囚われない柔軟性があり、自ら考えて価値を生み出せるような人材
P258

AIに絶対に代替できない仕事の多くは、女性が担っている仕事です。子育ては汎用AIが登場したとしても、最後まで人間がすべき高度知的労働として残ります。
//
男性社会は女性が担っているというだけの理由で、介護や育児やアノテーション設計のような知的な仕事の担い手に対して、十分な地位と対価を支払っていません。
P259

ここでの対価が貨幣経済的なものであるのであれば、それはそのとおりなのかもしれない。東京医科歯科大学の入学試験でのハンデキャップのようにアンフェアな競争下にあるのも事実だ。

しかし、他方でその男性社会が形成するような評価生態系の中にはいりこまず、女性による評価社会があるのも事実。母親としての地位はお金や組織の肩書で交換可能なものではない。代替不能なものである。
AIに代替されないものというのは、そのような代替の脅威にさらされない役割なのだとおもう。

 

貧困と遺伝子

教育と親世代の年収に強い相関があり、教育格差「やむをえない」が6割を超えるそうだ。

教育格差「当然」「やむをえない」6割超 保護者に調査
www.asahi.com/articles/ASL3S5VPYL3SUTIL014.html

交通事故と学歴に相関があることを保険会社がみつけて、保険の掛け金を変更するという現実は半分来ている。統計上の相関は破産や事故に結び付けられて考えられ、保険のような事前に結果の担保をするような仕組みにも影響を与えることだろう。

 

AIは人間と同じ感覚器を持ちうるや

人間が社会生活のなかで獲得している明文化されることのない暗黙知。これを理解と呼ぶのであれば、その獲得に必要なのは、人間と同じような社会生活である。

つまり、感覚器を有して人間と同じ生活を送ることでしか外部環境、外部情報はセンシングできないので、もし、演算能力や記憶容量が増えたとしても、そこからは人間のようなAIは生まれない。

暗黙知を教師データとして与えるにはデータ化が必要。ディープラーニング以前は、人間による職人的なチューニングが必要で、その過程でどうしても情報密度が落ちる。センシングの部分で人間の生体センサー並みの感覚器を、人間と同じようなタイムラインで保有してストックできるようになれば、AIの暗黙知と人間の暗黙知が揃うことがあるかもしれない。

だが、現段階では計算機はそのような感覚器を持っていないので無理である。味覚センサーも、臭気センサーも、半導体が解決するより先に、生体組織で解決されるかもしれない。視覚器、聴覚器については人間のそれを超える性能が実装されてきている。映像解析や音声解析からAI化が進むのも自然な流れだろう。

 

個体差としての認知能力

コンテキストが認識ができず、ただひたすら暗記するよりなかったとしたら?

中学生ぐらいで100走でいえば12秒代で、水泳でいえば100メートル自由形で70秒切れるやつとかがいる。走れる人間なら、トレーニングを詰めば10秒代に乗るかもしれないし、60秒も切れるようになるかもしれない。でも9秒を切ることはないだろう。

言語、共感性や、運動能力で人間の能力というのは正規分布に広がる。賢さも同じようなレベルの生体機能でしかない。

生体には限界や加齢もある。
人工頭蓋変形で知能をあげるというような、文化風習があった歴史もあるが、遺伝子操作でもしないかぎりは、人間は生物学的なホモ・サピエンスのくびきの中にいる。しかし、AIは生物学的な制限を受けない。

足の速さの価値が車の経済的価値におきかわったように、同じように代替されるものだとおもう。

AIと人類の比較は、お米とガソリンの比較に似ている。
同じジャポニカ種の、ササニシキとかコシヒカリとか、同じ料理法、似たような風味であるから比較ができるのであって、まったく異なるものとの比較品評に意味があるのかと似たようなものだ。カロリーベースで比較して意味があるか?

思考は外部デバイスにまかせてしまえばよいやという時代がきたら、どれだけ早く入眠できかとか、視力のよさとか、皮膚の感度のよさや、味覚や嗅覚などの外部と接しうる器官の生体性能のような、現代ではおおよそ賢さとは関係ないものが賢さという意味にかわる時代がくるかもしれない。つまりのび太くんこそがAIに代替されない優秀さを持つことになる。