中国の軍事力脅威とシビライゼーション


仕事がおちつくまで触るまいとおもっていたのだがCivilization Vをさわってしまい、いつのまにか難易度国王(ちょいむず)でクリアできるようになっちまっていた。クイックモードの極小マップだから数時間で制覇できる。ストラテジーゲーム好きなわしが最近ぐんくつの音が聞こえる中国と日本およびその同盟国の軍事バランスの変化について考えてみたいと思う。

 

中国の軍事投資額は10兆ではなく20兆かけているのではないかという物議をかもす談話が仏壇屋から漏れ聞こえてきた。経済発展と流通をみれば2年も待たず、中国の近代兵器はアメリカ-日本の連合軍だとしても脅威になりえるだろう。
日本という文明国のプレイヤーだとして、近隣に軍事的に脅威なる国があったらどうしたらいいか。軍事とかを話題にすると炎上しかねないのであまり扱いたくないのだが、ゲームとして論じれば大丈夫なんじゃないかと淡い考えでゲームになぞらえてみることにした。怒らないで。

 

1. 他の都市国家の友好度をあげる

中国と国境紛争を抱えている、フィリピン、ミャンマー、ラオス、ベトナムのような国の友好度をあげ防衛宣誓をおこない集団的自衛権の範囲とする。ロシアやアメリカのような単体でどちらに組みするかで戦況を左右させることができる規模の国とは有事協定を結ぶよりない。中国+ロシアvs日本+US+EUのような構図になることがないよう、かつロシアが中国に汲みすることが利益にならない状態をつくるよりない。カザフスタンや、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタンのような遠交近攻は古典だが定石だ。キーはインドとモンゴルのような軍事力もしくは発展性がある中核国。

2. 相手の都市国家の友好度を下げる

中国にとっての遠交はアフリカ諸国なのではないかと思う。アフリカでの中国のプレゼンスは非常に高い。逆に日本は非常に低い状態にあるので改善をめざす。ベトナムやラオスには日本の軍事同盟国であるアメリカが最近まで戦争をしていたのと政情として中国がすでに大きく影響力を持っているので、その影響力に負けないような取り組みが必要だ。

3. 幸福度をあげる/さげる

シヴィライゼーションでは、幸福度と経済のパラメータが他の戦略ゲームと違ってものすごく重要なパラメーターだ。幸福度が落ちると同じ戦力量でも1/4程度のパフォーマンスしか出ないし文明発展速度も低下する。幸福度が低すぎると発展が完全停止する。まるでこの20年の日本のようではないか。これをスマイルセラピーにより改善する。10度,20度、30度!スマイル! ・・・冗談さておき、ゲームのなかですら、いちど下がってしまった幸福度あげるのはものすごく、むずかしい。
他方、ライバル国の幸福度を下げることは自らの文明が滅びないようにするためには重要な戦略であることは間違いない。ライバル国の幸福度を下げる謀略のほうがゲームのなかでは簡単だ。

4. 都市の併合

実際の武力衝突による都市の奪取は、よほどの文明の進歩度(科学力)差および軍事力に差があり、併合をうけいれられるだけ幸福度に余裕がないと難しく、かりに強行したとしても、その先の文明発展が阻害される。住民不満度が他国の併合や傀儡国家をつくると極端に上昇するからだ。東西ドイツのような戦争を伴わない併合ですら困難な道であったように、経済発展などが併合により停止するケースは多い。北朝鮮と韓国がもし併合した場合、韓国は内政にとまどい東西ドイツ以上の障害を前にすることになるだろう。容易な道ではない。そういう意味では北朝鮮のような国を中国が併合せざるを得ない状況ができると、中国の発展や文化発展度は停止させることができるので、作戦としてはありだ。逆に北朝鮮がいずれかの国と戦争状態になりその難民が日本だけに押し付けられたりすると日本の幸福度が下がり文化発展速度が悪化することになるだろう。戦争難民問題は道義的にも国際条約上も受け入れざるをえないがそれが中国や日本、ロシアなどの周辺国で負担が偏るようなことがあってはならない。
ゲームでは開発地に余裕がある場合、反対側の前線に都市をつくりそこに相手の戦力を誘導して都市を攻め落とさせる手をとることがある。都市の陥落のために主だったユニットを潰しておくことが目的で、捨て駒の都市を専守防衛することで軍事力を削ることができるのと、さらに相手国が平定で混乱している間に相手首都を落とす。
今、日本がやろうとしている尖閣諸島には同じにおいを感じる。日本からすると戦略上は重要ではないが、相手国からすると重要な拠点に相手戦力を誘導する。尖閣問題が事変にまで発展すれば国際的には大義名分たりえる。また実際の軍事行動や軍事費の増大は相手国の国民の不満度を一気に増大させることになるだろうし、国内的にも意識を統一しやすい。
ゲームであればその侵攻にあわせて相手国の首都をおとすのだが、これは首都都市が大抵は一番資源タイルを持っているからだ、しかし、現実をみてみると政治の中心である北京と、経済の中心である上海とで大きくその重要度に差があるように感じる。北京より大連のほうがいいし、沿岸部以外に戦略的にも奪取の価値はないのではないかとすら思ってしまう。ゲームであればだが。
現実的には近代武力衝突における都市の併合は無事に行われたことがなく、シリアやイスラエルのような底なしの泥沼内戦状態におちいることは明らかだ。東京や大阪が陥落してもゲリラ戦、テロ報復などの泥沼化は避けられないし、またその逆もしかりだろう。

 

5. 宗教の伝播

日本人がもしこのゲームを作ったのだったら「宗教」というパラメータはそれほど重要な意味をもたなかったのではないかと思うが、シヴィライゼーションでは戦略上もとても重要な要素だ。相手国の宗教を宣教師や諮問官などを派遣して改宗させていく。自国への影響度の増加、幸福度の取得方法として重要な戦略プランになる。というよりゲームなのに宗教抜きには戦争もできないありさまだ。
おそらくこれは中世ヨーロッパがキリスト教を国教として、統治に利用したとか、価値観や道徳の統一のために宗教を利用したという歴史から着想を得ているのだろう。実際に日本では天草四郎のように異なる価値観や宗教観の導入により内乱にまで発展した。内乱の理由は別にあり宗教という形をえて発露しただけだとおもうが、犠牲を伴う戦闘に民衆を掻き立てるのに宗教のごとき盲信は不可欠だ。
現代中国が信仰の自由に制限を設けているのには統治者側の十分な都合がある。ゲームなら大予言者を発生させて、重要そうな相手都市に解き放つところだ。まあリアルでもダライ・ラマがいて、現在のような扱いを受けているのをみると、統一の価値観のもと統治をおこなう大規模統治国家にとっていかにセンシティブな問題であるかがわかる。

 

日本は・・・、まあ、すでにオウム真理教とロシアのような策謀の痕跡だけでなく、政治へ他国からの影響をうけた宗教が入り込むようなことはあるんじゃないのかとおもうので、無頓着でもいけないとはおもうのですが、なかなか認識できないですよね。

6. スパイ工作

ライズオブネイションとかだとスパイ大活躍で、相手ユニット買収したり、都市の防壁破壊できたりするのだけど、シヴィライゼーションのスパイは地味であまりやることがないです。でも、相手国の科学が進んでいたらそれを盗んだり、選挙工作のような不安定化工作をしてくれます。
逆に相手国より文明ですすんでいたりするとスパイを派遣することにあまり意味はありません。なんか日本がやられてることみたいですね。
日本にはスパイ防止法がないといいますが、ゲームのなかではスパイを防止するには法律ではなく自国にスパイを放ちます。もともと法律なんかに従ってくれないからスパイなんだから・・・。
日本の遠隔操作ウイルス事件の顛末を見ていると、日本の捜査機関への不安が募ります。中国軍が関与したと思われるサイバー攻撃がアメリカにあり物議をかもしましたが、この調子だと日本はその攻撃にも気がつことができなそうです。

 

 

防衛省では2013年度概算要求で「サイバー攻撃等への対処」に212億円を計上し、「サイバー空間防衛隊(仮称)」の創設を盛り込みました。これは陸海空3自衛隊の統合部隊で、100人規模で発足されると見られています。
cgs-online.hitachi.co.jp/contents/298_2.html

 

 

いくら金かけたところで新兵しかいない部隊組織したところで機能するまで10年かかる・・・。マジシャン100人の集めたところでウイザードクラス1人のに太刀打ちできないのが現実なのだけれども、それでもトロイに感染して防衛省から情報が中国にながれていました!てへぺろなんて事は防げるようになるかもしれない。すくなくともやられてることにも気が付かないというお粗末な事態からは抜け出せる。
司法取引やおとり捜査、特別警察、諜報機関の法整備は必要なんじゃないかとおもうけど、警察国家にもなりえてしまうのは厄介なところ。
やらない理由は軍事的にはアメリカの傀儡国だったからかな?

 

7. 科学力差、軍事力差

ゲームでは都市陥落のためには相手が木造のカタパルトしかもっていないところに火薬を発明してカノン砲をもっているぐらいの科学力の差が必要だ。でないと、都市攻略に戸惑い疲弊している間に他の国から攻めこまれて自国で防戦にまわらなくてはいけなくなる。これは、日本と中国が衝突して後からロシアがきて美味しいところをもっていくというような事態にたとえられる。
現実世界では、現代までのところ中国の軍事力は人員的物量こそあれど科学的に後進だったため、さほど脅威たりえないものだ。だが宇宙開発が済み、ポンコツ潜水艦とハリボテイージスにも無尽蔵の資本を当時続けるとなると、早晩、脅威になりうる水準の戦略兵器の開発に成功するだろう。たしかにそれは漏れ伝わったように2年とかのオーダーなのかもしれない。
なにせ世界の工場たる中国は各国から合弁企業で技術流入が豊富にあり、また正当な方法以外での技術取得はお家芸だ。ハニートラップは凄まじいものがあるようで機密情報漏れまくりなのだ。ちなみにハニートラップはさすがにシヴィライゼーションにはないw
配備できるユニット数に限りがある以上、投下される資本力の差は、総合戦力のバランスをも崩すだろう。このような膠着状態を避けるためには、相手の兵器を時代遅れの遺物にするぐらいの科学力の差が必要だ。
日本の10式戦車は結構変態仕様で、同士撃ちや重複射撃(オーバーキル)を避ける能力がある。スラローム射撃は圧巻だ。装甲がとりはずせ日本全国どこにでも派遣できるのは戦車に新しい戦略上の意味をあたえた。現段階においてどのユニットをみてもコストはかさむものの性能はとても高いものがある。いざとなればこれらは量産できるんだぞという主張は抑止力たりえる。
たしかに優秀ではあるのだけど、戦車機能の延長線上にあり既存の戦車技術を陳腐化できるほどの差はそこにはない。
他方、アメリカは恐ろしいものがある。

ビッグドッグのような兵站ロボだけでなく、軍人でデータを積み上げたダビンチのような手術マシン。お掃除ロボットのルンバなどは、地雷除去用のマシンの技術を民生用に払い下げたものだ。
DARPA のPETMANみたいのが戦線に投入された日には心が折れますよ。ほんともう。

無人ドローンによる遠隔操作爆撃だとか、レーザーによるミサイル迎撃だとかをみると、本当にこういうのをが配備されたら旧世代の軍備をいくら金をかけて整備したところで、無力化させられてしまうのではないかという畏敬が発生する。先行者でてこい!ってかんじです。
日本の防衛省も丸い飛行物体のような、ああいうユニットの研究がすすめば資力差によらない、相手戦力の無力化ができるので有効なのではないかとおもうわけです。リサーチ&ディベロップメントをしたうえで、あいてにリサーチさせない。これしかない。
でも、ゲームじゃないんだから戦争なんかしないのが一番。
そのためには戦争をすることが利益にならないような環境をつくっていくしかない。

 

 


消費者物価指数ポテチ


「ポテトチップス」は145円から126円になっている。ものすごい価格の下落だ。

実は前者はレギュラーサイズ90gで後者は現在流通している60gサイズだ。
お値段さがって中身も減ってんだけどこれもデフレなのかな?チョコパイやポテトチップスなんかの流通品は中身が激減している。もし日本がチョコパイ本位制ならもしろこれはインフレに相当すんじゃね?

 

ポテチ値段の歴史(wiki 「カルビー」より抜粋)
1975 内容量90g 定価100円
1999 価格据え置きで100g→90g
2007 90gから85gに減量。参考価格145円
2008 85g 参考価格 158円→148円

2013年現在、コンビニで販売されているポテトチップスのうすしおは60gで126円。90g145円の時代にはグラムあたり1.61円であったものが2.1円となっている。30%の価格上昇に相当する。1975年のグラムあたり1.1円と比較すると倍ちかくになっている。しかし、148円のものから126円のものに変化している。これは物価下落?

 

CPI(消費者物価指数)は、総務省統計局(http://www.stat.go.jp/data/cpi/)により毎月発表される。品目ごとに重み付けがされて指数化され、この統計情報をもとに国の施策が決定される。
判断の根拠となるデータが間違っていたら正しい判断などすることができないのは言うまでもないが、間違う、間違っていないというミスの問題であれば改善のしようもあるが、消費者物価指数のように荷重付けを変えたとなると解釈の問題であって、結果の合理性以外で最適解をだすこともできない。
CPIは連続性のあるデータなので、こういうものだと思えば統計情報として十分に利用価値があるものだとおもうし、重要な情報だとおもうのでその存在を否定するなどということはしないけれども、いろいろなものさしがあるなかでたったひとつ本営大発表だけでは心もとないのは確かだ。

 

東京大学 渡辺努教授が、スーパーのPOSデータと連動させた即時性のもった消費者物価指数を発表していく方針であるというニュースがあった。異なるデータソースを使って深刻な統計的エラーは無いとした一方、現在の統計局の発表のCPIより1%近く低い2%近いデフレになっている可能性があるという。(リエティ・ハイライト 44 P28)
異なるデータ・ソースを確保することは簡単な話しではないので、しかもそれを即時性のあるオープンソーシャル、オープンデータ化するのはとても価値がある取り組みなのでぜひやってもらいたいと思うのだけど、冒頭で述べたようなポテチにあらわれている事象についてはなお実態として考慮が必要だとおもう。

 
1930年台のアメリカの大恐慌のデフレは7%相当であったそうだ。だけれどもだけれども、現代は1930年のような物流でもないし、情報密度でもない。

> バターには300点を超える種類があるが、「容量が200グラムのカルトンバターで食塩不使用」という条件を課すことで、約30点の商品に絞り込む。… 売れ筋のバターが事前にわかっている場合は総務省方式が望ましい。
www.rieti.go.jp/jp/papers/contribution/watanabe/05.html

例えば、去年、一昨年とバターが入手できずにパン屋さんやケーキ屋さんやカフェは困りはてていた。
食品卸しはバターを配給制にして既存の取引企業を優先してわりあて、スーパーはお一人様あたりの購入制限をかけた、そもそも入荷がないため、結果価格の上昇はそれほど顕著なものはなかったが、これを連続性のある価格情報としてみていいものだろうか。入荷できなかった商品、その値段では売れそうにないので仕入れの段階で断念された商品は消費者物価指数には現れない。それ以外にも同じ商品、同じJANコードで流通している商品でも、価格維持のために内容物のグレードが下げられているものは多い。

 

>2年で物価2%到達には年間6%強の成長が必要
www.price.e.u-tokyo.ac.jp/img/news/np-006.pdf
2000から2012までのデータをみると、需給ギャップが生じてもその影響が物価上昇に結びつきにくくなっているという。

 

何か特定の商品の供給が減少していも豊富な代替品があるため、先述のバターのように欠品が続いても深刻な価格上昇に結びつかない。しかしこれは代替の脅威というよりは、購入者の脅威だ。事業者は価格をあげたら、購入者がいなくなるので、別の商品を提供するよりない状態にある。「パンが無ければケーキを食べればいいじゃない」で本当にケーキがでてきてしまうのが現代の需給ギャップが価格上昇に結びつかない要因だ。小売をしている事業者の身としても消費者としての体感としても、1%のデフレといわれ、もやっとしてしまうのは多分ここらへんが原因だろう。
イカ釣り業者がストに突入するぐらい一次産業の収支が悪化しているのに、競り価格が下がるのは、冷凍イカが豊富に入荷するからという供給だけではなく、高く競って仕入れてもイカ以外の豊富な選択肢がある状況では売れないからだ。限界がある個人の需要に品目にとらわれないあふれる供給がある。
個人が自由につかえるお金が減っていて、購入消費財にたいしてシビアになる一方、供給のバリエーションは豊富になっている。

提供される商品が一定以上の品質が担保されているため事業者側は競争力を確保する主な主戦場が価格競争になり、結果利益が平準化するギリギリまで値段が下がる。
中間財や上流の原材料価格については明確に上昇しているのに最終消費財の価格が下がっているのは企業努力(競争)の結果といえば聞こえがいいが価格感受性の高い消費者相手に、平衡状態になるまで利益を吐き出させられている状態にほかならない。流通コストが増し内容量を減らしてでも、相手企業にシェアを奪われるわけにはいかないことによる競争による価格決定だ。消費者物価指数には、価格決定されたあと、淘汰されたあとの価格しか現れない。

 

製造原価、取得費用が高騰しているのに、販売価格の硬直性が強い以上、チョコパイやポテトチップスの中身は減るし、イカの値段は上がらない。

 

情報通信機器の値段の下落は著しい。これは技術革新によるものだ。メモリを増設するのに数千万かかった時代もあったそうだが、いまは数ギガがお小遣いの範囲だ。結局これも技術革新による、競争優位の減少、消滅だ。
古い製造設備や技能が陳腐化することにより、独自性や新規性で競争優位を維持できる期間が極端に短くなっていて、価格競争に突入するまでの時間が短くなっている。
現代において小売業界は参入障壁構築のために、原価割れをしてまで販売を続けることがあり、かならずしも標準的な利益を確保していない。コアなし業界のごとき破滅的競争を繰り広げている。小売だけでなく製造業やはたまたサービス産業まで、直面しているのは、際限のある個人の需要と、需要の減少においつかない供給の競争だ。

 

  • 豊富な供給
  • 豊富な代替手段
  • ワールドワイドな競合
  • 新規手法、新商品の出現
  • 消費者価格感応度の上昇
  • 品質の均一化・粗悪商品の減少

 

消費者物価指数は重要な指標であることにかわりはないが、ポテトチップスの中身が少なくなったのは消費者物価指数というものさしでははかりきれないし、取り扱い品目に制限がなく、かつ売掛などで仕入れのリスクも負っていないところを一列にならべて時系列でおってもなかなか数値としての経過を観測しずらいってことがありますよね。

 
んー。小売業者に取り扱い品目の限度数でもないと、こんなんコアなしだよね。仕入れ価格も支払いサイトも異なってきているのに最終価格の連続性はちょいとねー・・・

 

と、思いました。

コンビニだけに絞って店舗あたりの収益に占める顧客平均購買力指数変化とかのほうが時局をよむにはよさそうだよとかおもっちゃったりなんだり。

 
**参考

小売価格調査 主要品目一覧 >> 品目分類 食料 >> ポテトチップスの物価推移
2010年 小売価格調査(ポテトチップス) 都道府県庁所在市及び人口15万以上の市(一覧)
price.color-me.jp/PriceMakers/ListPrice/1783/2010/
d.hatena.ne.jp/shavetail1/20130427
www.rieti.go.jp/jp/papers/contribution/watanabe/05.html

www.rieti.go.jp/jp/about/Highlight_44/Highlight_44.pdf

ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%93%E3%83%BC#cite_note-2

www.bloomberg.co.jp/news/123-M1MDTO07SXKX01.html

www.price.e.u-tokyo.ac.jp/img/news/np-006.pdf

 


日本のエンジニアリングの足を引っ張るものの正体


日本のソフトエンジニアの足を引っ張るものは、参入障壁やら謙虚、母親の存在だとした記事があった。閉塞感を構成する要素ではあるが、これが問題の根幹にあるわけではないと思うので、原因と解決策をかんがえてみたいと思う。

日本のソフトエンジニアの足を引っ張るもの—謙虚さ、慎重な母親の存在・・・
realtime.wsj.com/japan/2013/04/18/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E3%82%BD%E3%83%95%E3%83%88%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%8B%E3%82%A2%E3%81%AE%E8%B6%B3%E3%82%92%E5%BC%95%E3%81%A3%E5%BC%B5%E3%82%8B%E3%82%82%E3%81%AE-%E8%AC%99/

 

1. 新規参入に対する規制のハードル

「政府による参入障壁」は経営戦略の教科書で参入障壁の説明で日本が例として出るぐらい象徴的である。
日本の法律は何か新しいことをやろうとするときに許認可をとらなければいけない。例えばアメリカなどはやってみてそれが問題を生ずるようであれば裁判などを得て判断を積み重ね法律で規制するような根本的な方針の違いがある。

 

どちらもメリット・デメリットがあるのでどちらが正しいということも無いだろうが、日本が採用している許認可制は「新しいことをやる」というケースについては後手にまわらざるを得ない。認可をとろうにも新技術については前例や実例がない、ありもしないものについて先にルールをつくっても機能するわけがない。

 

規制そものが矛盾しあっているので、既にあるもの、既存不適格でしか成立しない。結果として強い既得権益の保護ばかりになっているが、それは結果としてそうなっているだけで、現実問題としては規制を多くしすぎてスパゲティのごとくこんがらがっているだけで、リファクタリングができていないだけだろう。前時代のソフトウエアエンジニアリングよろしく、「動いているから動かすな」の世界だ。新しいことをやるには、法律に附則をつけて但し書きをしていくしかない。結果それは強い政治利権につながる。
現在iPS細胞に関する研究がなされているがその関連で製品化やサービスに展開するときにはかならずなんらかの法規制にぶつかる。もし技術開発に成功しても、日本においてこれを製品化や商品化することはできないだろう。生命工学や情報工学のような倫理や法律に先行する技術について為す術がない。これからの技術の革新スピードはさらに増すので、このような問題にぶつかるケースは増えることになるだろうが、認識できていないかもしれない。

googleの提供した検索エンジンは著作権のフェアユース規定がない日本では違法だった。youtubeの提供した動画提供サービスも同様だ。ustreamは放送法にぶつかる。radikoが出てくるまでに何年かかったことか。この問題は重要度をますことは間違いない。
技術・倫理・法律の問題だ。昨今話題になっている救急医療のたらいまわし問題をみても痛感するが、倫理や法律の進歩スピードがテクノロジーの進歩に対して遅すぎる。
参入規制が問題なのではなく、倫理や法律の合意形成速度だ。

 

 

2. 教育の対象の狭さ

教育の質が教える側の質により左右されすぎていて共通言語を持っていないと感じている。狭い範囲で狭い領域について教えているだけなので、異なった教育を受けたもの同士の会話が成立しない。これを解决するためにテキストの統一化により対応しようとしたのが日本の教育制度だ。

多様性を犠牲にした分、大きくズレてしまっている可能性があり、その軌道修正ができていないようにみえる。教育が現状の環境変化に追いついていない。

「教える・教えられる」という体制だけではなく、自己学習や相互学習の分野においても、取り組みが不十分である。
意欲的な取り組みは多々あるが、その重要度が理解されていないことが課題なのかもしれない。
教育が問題なのではなく、知識習得が軽視されている社会風潮が課題なのだ。

 

3. 失敗への恐れ

恐れて然るべきものだろう。日本は失敗した場合、骨も残らない。
よく中小企業のオヤジが経営に失敗して首をツルなどという話しがあるが、何も企業分野だけではない。
例えば相続などで揉めて、身内に愚かな判断をするものが出た場合、連帯納税義務で「失敗」は連帯責任となる。「こんなハズじゃなかった」で引き返せない道だ。税金が理由で自己破産はできないし、破産しても支払い義務は整理されない。死んであまりある。
連帯保証人の制度が100年ぶりだかに改正するなどの話しがあるが、同じような失敗への社会的ペナルティは一族郎党に及ぶ。会社の役員になれば善管注意義務が私財に及ぶ。私財には配偶者や家族を含む。家族を守るために切腹する社長がでるのはやむない判断だろう。製造者責任、医療過誤は組織の責任ではなく関係者の個人の生命財産に帰結する。再帰は経済的にも社会的にも困難だ。恐れざるを得ないし、まわりも失敗を最大限止めようとする。
無茶をする奴がいても周りが止めるようになる。これは機能している間はメリットだ。
だが、おおきな環境変化がおきると機能しなくなることがある。船体に体を縛りつけるのは荒れた海に放り出されないという点では有効だけれども、船が沈んでるときにやるべきではない。テクノロジーの進歩は人間にとって大きな環境変化だ。

4. 謙虚さ

これは「失敗への恐れ」と同義だろう。こと日本においては傲慢さは失敗への一番の近道だ。
嚢中のキリという諺がある。能力や才能があるひとはその袋を突き破ってしまうものだというものだ。だが、そのような袋、基準に収まらない場合大概は相当な困難を前にする。出る杭は打たれるどころか抜かれるというが、袋を破ったキリは袋を破かないように先を丸められる。先が丸められたキリなどなんの役にもたたない。ならば、能力や資産は隠したほうが活きやすいのだ。

 

5. IT新興企業への就職を思いとどまらせる母親たち

こんなことってあるのだろうか?
母親の価値観ではなく、母親や父親をはじめ、本人やその友人の価値観がそうさせることはあるだろう。
だが、「日経平均株価を構成する優良企業」のお偉いさんは少なくともこのような価値観を持っていないのではないかと思う。なぜなら現在大手企業の重役は、その会社に入った頃はほとんどが会社としてはたいした規模もない会社であったことを知っている。数十年前は石炭などの会社が有望就職先であった。いつの時代もそうだが、人が群がってから群がる人におこぼれはわずかだ。だが困難も少ないのは確かだ。
能力がある人をふくめすべての人が無難な道ばかりを選択していては、群全体としては滅ぶので探索にでる尖兵隊も必要だろう。そのような尖兵に志願するものの死亡率は高く、母親は心配することだろう。
全員が特攻でも滅びるし、全員が安定でも滅びる。割合の問題だが、今は志願兵はすくないと感じる。しかしその原因は母親ではない( ´,_ゝ`)

 

結論:

技術の進歩に対して、価値観、倫理や法律がすげぇ遅行していることが日本のエンジニアリングの足を引っ張ってるものの正体なんじゃねぇの。

 

 

ここで指摘されている問題も同じ要因↓

(ブログ更新)まじめに規則を守って仕事をすればするほど、ダメになっていく日本

d.hatena.ne.jp/Takeuchi-Lab/20130420/1366411326